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第十九話


ヘラの一件から数日が経った。


その際に負った火傷も魔法によって癒えた頃、クラーメルは図書室に入り浸っていた。


「…よし」


読んでいた分厚い本を置き、隣へ視線を向ける。


「…?」


隣で童話を退屈そうに読んでいたヘラは、首を傾げた。


スッ、とクラーメルは腰に下げた鉄の杖をヘラへと向ける。


「『ディスペル』」


呟くと同時に杖から小さな光が放たれ、ヘラに触れた。


蛍のように弱く温かな光にヘラは目をパチパチしている。


「確認だよ。君は僕のことを今、どう思っている?」


「ん? クラ先輩のこと? 勿論、大好きだよー?」


「…はぁぁぁ」


不思議そうに答えたヘラの言葉に、クラーメルは崩れ落ちた。


ここ数日、柄にもなく熱心に勉強して身に着けた反魔術であっても、失敗した。


普通の魔法はともかく、反魔術の才能だけは親からも認められる程だと自負していたが、どうやらそれは自惚れだったようだ。


「どしたの、クラ先輩?」


とは言え、真実はそもそもヘラは魔法になど掛かっていないのだが。


自己評価も低いクラーメルは、ヘラが本心から好意を抱いている事実に気付かない。


ヘラが好意を向ければ向ける程に、それは魔法による物だと考え、自己嫌悪に陥っている。


「クラ先輩? せんぱーい?」


「…ヘラヴィーサ。そのクラ先輩と言うのは、何なんだい?」


「え? 嫌だった? 呼び易かったからさ」


素の姿である、十二歳の姿のままヘラは無邪気な笑みを浮かべる。


「ヘラのこともヘラって呼んでよ。もう知らない仲じゃないんだしー」


「…人聞きの悪いこと言わないでくれ」


がっくりと肩を落としながらクラーメルは言った。


元々クラーメルは少し異性が苦手だが、流石に六歳も年下の相手に緊張することは無い。


同時に、そんな相手に恋愛感情を向けられても非常に困るのだが。


「やあ、十二歳の婚約者がいるクラーメル。元気か?」


「人聞きが悪すぎる!? 分かってて言っているだろ!?」


背後から聞こえた声に、クラーメルは勢いよく立ち上がった。


そこにいたのは、ニヤニヤとした笑みを浮かべた友人だった。


「あ、ロゼ先輩。こんにちはー」


「こんにちは、ヘラ。大丈夫か? クラーメルに変なことされていないか?」


「大丈夫ー! むしろ、バッチ来いだよー!」


「…君ら、いつの間にそんなに仲が良くなったんだい?」


妙に仲が良い様子の二人に、クラーメルは不思議そうに呟く。


今まで接点は無かった筈だが、何か共通の話題でも見つけたのだろうか。


「ロゼ先輩、ロゼ先輩。どれだけアプローチしてもクラ先輩が全くデレないんですー」


「お嫁さんになりたいってアプローチが悪かったのかも知れないぞ?」


「と、言いますとー?」


「クラーメルは実家を嫌っているからな。お婿さんになりたいのかも知れない」


「なるほどー!」


「なるほどー、じゃない!? ローゼン! この子に変なことを吹き込むのはやめろー!」


共通の話題(クラーメル)は悲鳴のような声を上げた。








「そこは赤色…いや、やっぱり白のままで良いわ」


「はーい。分かりました」


中庭にて、二人の声が上がる。


鼻歌混じりに作業を進めるパーシーと、それを少し離れた所から眺めながら指示を飛ばすアルチナ。


「ふう。結構疲れましたけど、そろそろ完成しそうですね」


「そうね。残りは私一人でも良いわよ」


「いえいえ、ここまで付き合ったんですから最後まで付き合わせて下さいよ」


こちらも、いつの間に仲良くなったのかそんな会話を交わす二人。


「アルチナとパーシー? 何か珍しい組み合わせだな」


そこへやってきたローゼンは首を傾げながら、二人を交互に見る。


そもそも、アルチナが人間と好意的に接している所自体が珍しい。


人間嫌いかつ男性不信のアルチナだが、同性には多少寛容になるのだろうか。


「いえ、以前私がアルチナさんの壺を壊してしまったので、そのお詫びに付き合っていたんですよ」


「壺?」


その壺は確かローゼンが壊した筈だったが、


壺を盗んだ自身にも責任があると思っているのだろうか?


相変わらずパーシーは律儀と言うか、自罰的と言うか。


苦笑を浮かべながら視線を向けたローゼンは、思わず言葉を失った。


「…何だコレ」


「何だとは失礼ね。私の新しい壺に向かって」


中庭の初代学院長の銅像にも匹敵する程の、巨大な壺がそこに置いてあった。


何度も見覚えのある斑点模様のアルチナの壺だ。


「私は考えました。壺を作っても作っても、壊されたり盗まれたりするなら、そう出来ない物を作ればいいじゃないっと」


「私、付与術師エンチャンターだからマジックアイテムとか作るの得意なんです」


胸を張りながらそう告げる二人。


「………」


一体どんな魔法を使って、たった数日でこんな巨大な建造物を作ったのかとか。


こんな所にこんな物を置いたら皆の迷惑だとか。


言いたいことは色々あったが、そもそも…


「…アルチナ。アンタって、何で壺を作ってたんだっけ?」


「何言っている? それは当然、森に張った結界を復活させる為………」


そこまで言って、アルチナは固まった。


そう、アルチナが欲しかったのは森の結界を維持する為の魔法の壺だ。


こんなに大きな壺では、森に運ぶことが出来ない。


本末転倒とは、正にこのことだ。


「後はここの色を塗れば完成ですねー。私達の汗と涙と友情の証が…」


「ああああああああ!」


話を聞いてなかったのか、感慨深げに壺を眺めていたパーシーの前でアルチナが拳を振り上げる。


そのまま狂乱したアルチナの拳が振り下ろされ、巨大な壺は音を発てて破壊された。


「ななな、何てことするんですか!? 私達の友情の証がー!? また裏切られたー!」


憐れなパーシーは完成間近で破壊された壺を前に、半泣きになる。


この意味不明な壺を作る謎の作業も、案外楽しんでいたのかも知れない。


(…何と言うか、不憫な奴だな。相変わらず)








「そう言えば…」


崩壊した壺の撤去作業が終わった後、ローゼンはパーシーに言った。


アルチナの姿は既に中庭には無い。


長い作業が無駄に終わったのが余程ショックだったのか、自室に篭ってしまった。


「な、何ですかぁ?」


こちらも若干まだショックが残っているパーシーが返事をする。


「いや、あれからアンタの妹はどうなったのかと思ってな」


「ああ、その件ですか」


服の汚れをパンパンと払いながら、パーシーはローゼンの方を向いた。


「お陰様で、病気は殆ど治ったみたいです。学院長から貰った薬が良く効いたみたいで」


「そうなのか。それは良かった…」


自分のことのように笑みを浮かべてローゼンは何度も頷く。


会ったことも無い相手だと言うのに、少し過剰な反応だった。


「手紙を見る限りだと、少し元気になり過ぎたみたいで。お母さん達も苦労しているみたいです」


「何歳くらいなんだ?」


「今年で十歳ですね。遊び盛りだから、まだ歩けないのが不満みたいで」


苦笑しながら頬を掻くパーシーは少し嬉しそうだった。


それだけ妹のことを心配していたのだろう。


「まだ完治はしてないんだろ? なら、お見舞いを送らないとな! その妹さんは何が好きなんだ?」


「え? そんな、悪いですよ」


「病人には優しく接するべきだ。そうだろ?」


病人、と言う言葉に何か思う所あるのか、普段より積極的にローゼンは言った。


「花とかは好きか? 十歳だったら、それより玩具とかお菓子の方が良いか?」


「そうですね…」


結局、好意を無下にすることも出来ず、二人でパーシーの妹への見舞い品を考えるのだった。

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