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第十八話


「あの、コレ…」


「ああ!? それは…!」


差し出された銀のロケットを受け取り、三つ編みの少女は声を上げる。


「ずっと探していたんです! いつの間にか無くなってたから、また落としたと思って…」


「…?」


その言葉に、銀のロケットを返しに来たヘラは首を傾げた。


杖が壊れたことでヘラがこの少女に掛けた魔法も解けている筈だが、どうやらヘラがロケットを取ったことは覚えていないようだ。


「見つけてくれて、ありがとうございます!」


「あ、えと…」


困ったように頬を掻くヘラ。


クラーメルと交わした約束を守る為、この少女に謝罪するつもりだったが、その機会を逃してしまった。


普段ハキハキと喋るヘラには珍しく、口をもごもごさせている。


(…と言うか、そもそも人に謝るのって、どうやるの?)


生まれてから一度も人に謝ったことが無い為、ヘラは非常に困っていた。


「父から貰った大切な物だったから、見つかって本当に良かった…」


「…ッ」


「本当に、ありがとうございました!」


三つ編みの少女の笑みを直視できず、思わずヘラは視線を逸らす。


この少女が銀のロケットを大切そうにするのを見る程に、それを奪い取った自身の身勝手さを思い知る。


「あ、う………そ、そんなに大切な物なら、簡単に渡したら駄目でしょ…」


「え? 今、何か言いましたか?」


「…何でもない。それより、あなた!」


小声で何か呟いた後、ヘラは三つ編みの少女に顔を近づける。


今のヘラは魔法が解けて、十二歳の姿になっている為、自然と見上げるような体勢になった。


「その服と言い、肌と言い、あなたはもう少しお洒落したら良いと思うなー、ヘラは!」


「そうですか? 私、地味だからそう言うのは疎くて…」


「そう言うこと言うから地味なんだよ! ちょっとこっち来て! ヘラが化粧してあげるからー!」


「え、ええ…?」


ぐいぐいと引っ張りながらヘラは叫ぶ。


未だ本人は自覚していないだろうが、ヘラは罪悪感を感じていたのだ。


この少女が覚えていなくても、ヘラが行った事実は変わらない。


ヘラはヘラなりに、自身の罪を償おうとしていたのだ。








「全て不問とする」


事態を知った学院長はあまりにもあっさりと告げた。


「親父、判決を下すのが早すぎないか? まあ、最後にはそう言うだろうとは思っていたが」


相変わらずの子供への甘さに、ローゼンは苦笑いを浮かべる。


「ふむ。魔法に関するトラブルは基本的に人にどれだけ被害を与えたかで処分を決める」


「ああ」


「今回の一件、被害を訴える者は一人もおらんかった」


「…へ? どう言うことだ?」


「良くも悪くも、ヘラヴィーサは幼い子供だったと言うことじゃな。生徒達を洗脳したところで、やったことと言えば、お菓子を盗み食いしたり、遊びに付き合わせたりする程度」


ヘラの持つ魔法は強大だが、持ち主は十二歳の子供だ。


そもそも、彼女には力を振るっている自覚すら無く、何か悪さを働こうとする野心が無かった


「自分達が操られていたことを知っても、本気であの子を憎む者はおらんかったよ。子供のままごとに付き合わされただけだと、苦笑いをしていた」


「まあ、アイツの本当の姿を見たら、そうなるか」


無邪気な子供そのものなヘラを見て、操られた怒りを保つことが出来る者も少ないだろう。


「ちなみに、あの子を姉さまと慕っていた取り巻き達じゃが、幼い姿になった彼女はそれはそれで可愛い、とまたファンになったそうじゃ」


「…それで良いのか」


丸く収まったと言えば、その通りなのだが。


これではアレだけ本気でヘラと戦ったクラーメルが浮かばれない。


「ん。そう言えば、年齢を詐称していた件は学院としては問題無いのか?」


「学院の入学条件は『初めて魔法を使った日から五年以上経過している』じゃ。生まれた時から魔法を使いこなしていたあの子は十分に条件を満たしている」


身分を偽っていた件は問題がありそうだが、それは『寛大な措置』と言うやつだろう。


学院長の性格もそうだが、この魔法学院は優秀な生徒にはやや寛大な所もある。


「これからは手綱を握る者もいる。問題無いじゃろう」


「………」


(アイツも厄介なのに好かれたなぁ…)


学院唯一の友人を思い、ローゼンは苦笑いを浮かべた。


クラーメルには気の毒だが、あの問題児の面倒は彼に任せよう。


「ただ、少し気になることはある」


「…?」


「調べた所、ヘラヴィーサは生まれた頃から幻惑術を得意としていたようじゃが、それでも一度にこれほど多くの人間を長期間操ることは出来なかったようじゃ」


「何…?」


「ここ最近になって、魔力が急激に増えておる。理由を聞いても、本人は分からないと」


確かに、気になる話だ。


魔力とは生まれながらの本人の素質であり、基本的に増加することは無い。


未熟だった精神が成長することで制御できる魔力量が増えることはあるが、ここまで急に増加するのは明らかに不自然だ。


「誰か、手を貸した者がおるのかも知れん」








「はぁ? 『カヴン』を辞めたくなっただと?」


ヘラの自室にて、黒いフードの男は苛立ちを隠さずに言った。


「そうなの。ヘラ、もう無暗に魔法を使わないって約束したからさー」


特に悪びれもせず、ヘラは軽い調子で言う。


「力を貸してくれたあなたには悪いけど、もうあなたに協力出来ないよ」


「………」


ぴくっと男の身体が僅かに震えた。


暗いフードの中に浮かぶ青い瞳に、明確な怒りが宿る。


「そう言われて、はいどうぞって言うと思っているのか! お前、この猫のことをなめてるだろ!」


「猫は舐めないよー。猫は撫でるものだよー」


「そう言うこと言ってんじゃねえ!? ああ!? これだからガキは嫌いなんだよ!」


本気で怒ったように、黒いフードの男は地団駄を踏む。


ガキ扱いされたことにムッとして、ヘラは男を睨んだ。


「確かにヘラは子供だけど、じゃあ、そのヘラよりも小さいあなたは何なの?」


「うるせえ! とにかく、カヴンを裏切るって言うならそれ相応の代償を払ってもらうぞ…!」


黒いフードの男は袖に隠された右腕を持ち上げた。


暗い闇が広がる長い袖の中から、鋭利な爪が光る。


「考え直すなら今の内だぞ! 言っておくが、この猫はクソ強いぞ!」


「………」


「もう一度言うぞ! 考え直すなら…」


「『ファイアボール』」


「ぎゃあああああああ!?」


ヘラの持つ杖から放たれた火球が男に命中し、ローブが燃え上がる。


悲鳴を上げながら、男は慌ててそれを消火した。


「な、何故だ…! 杖は壊された筈…!」


「予備」


「ち、ちくしょうー!? つーか、室内で火なんて使うんじゃねえよ! 常識がねえのか!」


黒いフードの男は半泣きでそう言いながら、窓から飛ぶように逃げていった。


「ここ、三階なんだけどなー?」


不思議そうに首を傾げて、ヘラは窓の下を覗き込む。


そこには既に、黒いフードの男の姿は無かった。








日も落ち、空も僅かに暗くなってきた頃。


ローゼンは一人食堂で夕食を食べていた。


「うっぷ…流石に多すぎたか」


口元を抑えて、気分悪そうにローゼンは呟く。


テーブルの上には、まだ骨付きの肉が幾つか残っているが、ローゼンの腹は満たされていた。


調子に乗って、こんなに頼まなければ良かったと後悔するローゼン。


「残すのも勿体無いな。さて、どうするか」


クラーメルでもいれば、全部押し付けるんだが…


そんなことを考えながらローゼンは食堂の窓から外を見る。


「ん?」


そこには何故か、黒い猫がいた。


全身黒いが、胸元だけ白い髑髏のような模様がある猫だ。


誰かに飼われているのか、首からは金の鈴を提げている。


器用に窓の淵にしがみ付き、ローゼンの方を真っ直ぐ見ている。


「…に゛ゃー」


「…何か、やけに低い声で鳴く猫だな。どうした? 腹でも減っているのか?」


骨付き肉を手にしながら窓に近付くと、猫の腹からぐぎゅるるるる…と凄まじい音が響いた。


それに苦笑を浮かべ、ローゼンは骨付き肉を投げ渡す。


猫は投げられた肉を器用に両手でキャッチし、窓の淵にぶら下がったまま食べ始めた。


「随分腹が減ってたみたいだな。飼い猫じゃないのか?」


「そこで何やっているの、君」


熱心に肉を頬張る猫を眺めていると、ローゼンは背後から声を掛けられた。


「窓の外に何か…」


そう言って、トレイを持ったアルチナは訝し気な顔で窓の外に視線を向ける。


そして、猫を発見して露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「君、猫なんかに餌やってたの?」


「?」


「食堂に入れないでよ。私、猫嫌いなんだから」


不機嫌そうに言うアルチナに、ローゼンは首を傾げる。


「どうしてそこまで嫌うんだ?」


「…昔、変身魔法でネズミに変身したことがあってね」


猫を視界に入れないようにしながら、アルチナは言う。


「私、変身魔法は苦手な物だから戻れなくなって、そしたら猫に…」


「ああ…」


猫に捕食されかけた、と。


それは確かに、トラウマにもなるかも知れない。


「と言うか、そもそも何でネズミに?」


「え? だって、ネズミは可愛いじゃない」


「そ、そうか?」


魔女独特の感性と言うやつだろうか。


ローゼンとしては、ネズミよりも猫の方が可愛いと思うが。


「とにかく、その猫は私に近付けないでね」


「分かったよ。アルチナ」


「よろしい」


そう言い、アルチナは満足そうにテーブルへ歩いて行く。


その時、カランと何かを落とすような音が聞こえた。


「ん? もう良いのか?」


「………」


骨付き肉を落とした猫は何故か真っ直ぐアルチナの方を見つめていた。


身体はカタカタと震え、冷や汗を滝のように流している。


明らかに異常だ。


「どうした? 寒いのか?」


「…ッ」


声を掛けたローゼンに反応することも無く、猫は窓の外へと去っていった。


まるで何かから逃げるように。

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