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第十七話


「…どうやら、あなたには本当に魔法が効かないみたいだね」


中庭に着いたクラーメルを不思議そうに見つめながら、ヘラは言った。


「僕はこれでも魔女狩りの末裔だ。魔法抵抗力は常人より高いと自負している」


鉄の杖を片手で握り締め、クラーメルは真剣な顔でヘラを見る。


魔女狩りとは、魔女や魔法と戦い続けてきた者達。


拷問器具を思わせるこの杖だけではなく、その血にも魔女と戦う力が受け継がれている。


「なるほどねー。だからこそ、あなたは魔法が嫌いなの? 先祖を苦しめた魔女を思い出すから」


「違う」


きっぱりとクラーメルは否定した。


クラーメルは魔法を学ぶことに消極的だが、別に魔法自体が嫌いだと言う訳では無い。


先祖が敵対していたからと魔女や魔法使いに敵意を持ってもいない。


「僕が嫌いなのは、君だ。君のように魔法を悪用する魔女ウィッチだよ」


種族としての魔女では無く、悪しき女と言う意味でクラーメルは『魔女』と口にした。


魔法自体が悪なのではない。


本当の悪とは、魔法を悪用する人間の方だ。


「…人に嫌われたのなんて、生まれて初めての経験だよー。少し新鮮な気分かも」


好奇心に満ちた顔で、ヘラは笑った。


今まで、何の不幸も知らずに生きてきたのだろう。


誰もがヘラを愛し、認め、赦した。


ヘラの望む物は何であろうと、必ず手に入る。


これまで全て思い通りに生きてきた。


「これからも、きっとそうなるんだよ」


「そうはならない。僕は君を倒し、あの子に心から謝罪させる」


「悪いけど、それは無理かな? これまで一度も人に謝ったことなんて無いからね!」


悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ヘラは玩具のような杖をクラーメルへ向けた。


先端に付いたハート型のガラス細工から放たれるピンク色の光が、空中にハート型の線を描く。


元素術エレメンタル…『ファイアボール』」


ハート型に固定された火球が放たれた。


それに対し、クラーメルは鉄の杖を翳す。


悪しき魔女に鉄槌をマレウス・マレフィカルム


クラーメルの口が血濡れの呪詛を囁く。


棘の付いた鉄の杖が鈍い光を放ち、クラーメルの前方に光の壁が展開される。


反魔術アンチマジック…『スペル=ブレイク』」


パキン、と氷が割れるような音と共に火球が弾けた。


形を失った火は元の魔力にまで分解され、跡形もなく霧散する。


「無駄だよ。僕に魔法は効かない」


「今のはほんの小手調べ、だよ!」








「初めて見たな。アレがクラーメルの魔法か」


魔法をぶつけ合う二人を興味深そうに眺めながら、ローゼンは呟く。


クラーメルとは入学してから一年以上の付き合いだが、魔法を使っている所を見るのは初めてだった。


ローゼンの豊富な知識でも分からないあの魔法が、クラーメルの家系に伝わる秘術なのだろうか。


「厳密には、魔法じゃないわよ」


「何?」


反魔術アレは彼の持っている杖に秘められた力。彼は、自身に流れる魔女狩りの血によってそれを操っているだけよ」


アルチナはクラーメルの持つ鉄の杖を睨むように見つめながら、そう答えた。


魔法を無効化する反魔術アンチマジックを放っているのは、クラーメルではなく杖の方だと。


「マジックアイテムってことか?」


「それも少し違うわね。マジックアイテムは本来魔女や魔法使いが作る物だけど、アレは一切魔法を使わずに作られている」


不気味そうにアルチナは顔を歪めた。


「人間の信仰と執念の結晶とでも言いましょうか。魔女を憎む人間達の思いと犠牲者達の血が魔法と似て非なる力を鉄の塊に授けた」


「そんなことが本当に?」


「…たまにあるのよ。人間の妄執が、魔法すら超える奇跡を生むことが」


思う所あるのか、鉄の杖を見つめるアルチナの視線はいつにも増して険しい。


ヘラが放つ火球を次々と防ぐクラーメルを忌々しそうに睨んでいる。


「姉さま! そこです!」


「ああ!? また防がれた!」


二人の戦いを見ているギャラリーはローゼン達だけでは無い。


ヘラが連れてきた取り巻き達も、ハラハラしながらヘラを応援している。


「あの男、変な魔法ばかり使って…!」


「姉さま、早くそんな奴倒しちゃって下さい!」


(…ギャラリーが増えている?)


辺りを見回しながら、ローゼンはふと気づいた。


最初にヘラが連れていた取り巻きだけでは無い。


二人が戦っているのを目撃したのか、段々と人が集まってきていた。


十を超え、そろそろ二十に届きそうな観客達。


その全てが一心にヘラを応援していた。


「私のタリスマンは持っているわよね?」


「あ、ああ」


アルチナに言われ、ローゼンはポケットに手を突っ込む。


その中にあるタリスマンを確かめるように握りしめた。


「絶対に手放さないように。それを手放した瞬間、君もあのファンクラブの仲間入りよ」


「まさか、魅了チャームを? どうしてこっちに…」


未だクラーメルと交戦しているヘラを見て、ローゼンは呟く。


クラーメルに魅了を放つならともかく、どうして目の前の敵を放ってこちらに魅了を使っているのか。


「…常時発動型? ってことは、あの子の魔法は魅了チャームじゃなくて…」


何かに気付いたように呟くアルチナの視線の先で、ヘラは子供のように笑みを浮かべていた。








「ふぅ、何だか、少し疲れてきちゃったなー」


額の汗を手で拭いながら、ヘラは無邪気に笑った。


先程から結構な数の魔法を放っていると言うのに、あまり消耗した様子は無い。


(だが、魔力量には限りがある。このまま防ぎ続ければ限界が来るのは向こうが先…)


「ふふふ…あなたの方も疲れてきたみたいだねー」


「何を…」


言っている、と続けようとしてクラーメルは言葉を失った。


クラーメルの手から鉄の杖が離れ、地面に落ちて音を発てる。


「な、何だ? 手が…?」


手に力が入らない。


よく見ると、いつの間にかクラーメルの右手には酷い火傷の跡があった。


困惑するクラーメルが可笑しいのか、ヘラはクスクスと笑った。


「魔法は無効化出来ても、その熱は残るんだよ? ヘラの魔法を受ける度に、あなたの手は少しずつ残り熱で焼かれていった」


(馬鹿な。どうして今まで気付かなかったんだ…?)


自覚した途端、右手が痙攣し、痛みが走った。


今まで気付かなかったのが嘘のような激痛に、クラーメルは顔を顰める。


「…そうか。幻惑術イリュージョンか」


「ヘラの魔法はチャームを超える幻惑術『テンプテーション』…ヘラの放つ『蜜』を嗅いだ瞬間からあなたの眼も耳も心も、痛覚さえも全てヘラの玩具だよ」


クラーメルに魔法は効き辛いが、全く効かない訳では無い。


そうでなければ、わざわざファイアボールを防ぐのに反魔術を使う筈がない。


それに気付いたヘラはひそかに『蜜』の濃度を上げ、クラーメルに魔法を掛けた。


ヘラの魔法の正体は、匂い。


目に見えない甘い毒は、戦いの中でクラーメルの感覚を鈍らせ、痛みを忘れさせた。


「見た目より、頭が回る…」


「あ、ひどーい。これでもヘラ、魔法の天才なんだからねー。この魔法だって、蜜の濃度を最小限まで低くして制御しておくの結構大変なんだからー」


甘い匂いを纏ったヘラは拗ねたように言う。


それを見ながら、クラーメルは無事だった左手で鉄の杖を取った。


「まだやる気なの? 今、素直にごめんなさいすれば許してあげるよ?」


「…お断りだよ。謝るのは、君の方だ」


「………」


ヘラはやや困惑したようにクラーメルを見つめた。


どうして、ここまでするのか分からないのだ。


今までこんなにも自分に逆らった人間を見たことが無かった。


誰だって、自分の思い通りになった。


ほんの少し力を振るえば、誰だって従順だった。


それなのに、この男だけが言うことを聞かない。


「君はあの子の大切な物を奪った。心を操り、奪い取ったんだ」


「…だ、だから、コレは貰ったものだって言ってるでしょう!」


「本気でそう思っているのか?」


「…え?」


キョトンとした表情でヘラは首を傾げた。


「それはあの子にとって父親の形見だそうだ。君ならどう思う? 大好きな父親から貰った物を無理やり奪われたら、どう感じる?」


「それ、は…」


ヘラは初めて、表情を苦い物に変えた。


そんなこと、考えたことも無かった。


他人がどう感じるか? 自分だったらどう感じるか?


他人の心を自分に当て嵌めて考えることなど、一度も無かったからだ。


「う、うるさい!」


癇癪を起した子供のようにヘラは叫ぶ。


自分でも分からない感情に苦しみながら、ヘラは杖をクラーメルに向けた。


「皆、喜んでた! ヘラが我儘を言えば、皆が笑っていた! ヘラが好きなように生きていれば、それだけで皆が幸せそうだった! それの何がいけないの!」


ヘラは一度も嘘をついていなかった。


自分の我儘を聞くことが、他人の幸せになると本気で思っていた。


皆が浮かべている笑顔が、自身が無意識の内に放つ蜜によって作られた物だとは思いもしなかった。


誰からも愛される才能を持つが故に、歪んでいた。


「『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』」


「『スペル=ブレイク』」


連続して放たれた火球を同時に防ぐクラーメル。


しかし、それだけだ。


次々と放たれる火球を防ぐのが精一杯で、クラーメルはその場から一歩も動くことが出来なかった。


消し損ねた熱がクラーメルの左手さえも焼き、ジクジクとした痛みに顔を顰める。


「は、はは…偉そうなことを言っても、何も出来ないじゃない。やっぱりあなたの方がおかしいんだよ。誰もヘラには逆らえないんだよ!」


自分に言い聞かせるようにヘラは叫んだ。


(…自分が何か間違えていることに、薄々気付いているのか)


それでも、まだ認めることが出来ない。


ヘラの魔法は絶対だ。


それが破られない限り、ヘラは自身の過ちを認められない。


(なら、教えてやるしかない。君は特別でも何でもないってことを…)


クラーメルは鉄の杖を翳す。


再びクラーメルの前方に光の壁が展開された。


(僕の、もう一つの反魔術で)


悪しき魔女に鉄槌をマレウス・マレフィカルム


呪詛を唱えると共に、白い光を放っていた壁が赤く染まる。


「酷い怪我をさせるつもりは無いけど、少々痛い目に遭って貰うよ!」


「知らない知らない! あなたもヘラの物になれー!『テンプテーション』」


「『スペル=リフレクター』」


ヘラの杖から放たれたピンク色の光がクラーメルの展開した壁に触れた。


その瞬間、反発するようにヘラの魔法が反転した。


「な…」


驚く間もなく、弾き返された光はヘラに衝突し、吹き飛ばされる。


負荷が掛かった為か、ヘラの握っていた杖が音を発てて砕け散った。


「杖、が…」


尻餅をついたまま、ヘラはそれを呆然と見つめる。


杖を壊された事実よりも、自身の魔法が破られたことがショックなようだった。


「君は天才なんかじゃない」


「!」


「油断をして僕みたいな男にも負ける、普通の女の子だ」


クラーメルは諭すようにそう告げた。


この戦いを仕掛けた当初は、火傷くらいは負わせるつもりだったが、ヘラの言葉を聞く内に段々とそんな気は無くなっていた。


ヘラには悪意が無い。


それで全てが許される訳では無いが、本人に悪いことをしている自覚が無いのだ。


誰も教えなかったから。


誰も否定しなかったからこそ、ここまで歪んでしまった。


「君は皆と同じだ。君がされて嬉しいことは皆も嬉しいし。君がされて悲しいことは皆も悲しい」


「…誰かの大切な物を、取ることも?」


「ああ、悪いことだ」


「そう、なんだ」


静かに頷くヘラの身体が光を放ち、段々と小さくなっていく。


杖が壊されたことで、今まで使用していた魔法が解除されたのだ。


周囲の人々に掛けていた魅了の魔法が解け、自分自身に掛けていた魔法さえも解除された。


「君は…」


光が収まった時、そこにいたのはヘラによく似た幼い少女だった。


年齢は十二歳程だろうか、前の姿よりも魔法少女染みた格好がよく似合っている。


「あはは…本当の姿、見られちゃったー」


気恥ずかしそうに頬を掻くヘラ。


ヘラが年の割に幼稚で我儘、自己中心的な性格だった理由は、実年齢を偽っていたからだった。


「そう言うことだったのか。色々と納得したよ」


いくら特異な人生を送ったからとは言え、あそこまでやりたい放題だったのは精神的に未熟で自分を抑えることを知らなかったからだろう。


少女趣味な格好も、今なら年相応に見える。


「はぁ。誰にも見られたくなかったのにー。こんな貧相な姿」


「まだこれから成長するさ。肉体も、精神も」


「本当にそう思う?」


「ああ、良い子にしていれば、ね」


「………」


クラーメルの言葉に、無言で考え込むヘラ。


しばらく迷う様に唸った後、何かを決意したように顔を上げた。


「決めた! ヘラ、これからは真っ当に生きるよ! 三つ編みの子にもコレ、返しに行く!」


「そうかい」


「それで真っ当に生きて! さっきみたいなナイスバディに成長して!」


ニッコリと笑みを浮かべてヘラは告げた。


「あなたのお嫁さんになる!」


「………………はい?」


ピシッとクラーメルが石化した。


何でこんな展開に、と言うか今まで戦っていたのにデレるなんておかしい…


(ん? 戦い?)


ふと気づき、クラーメルは左手に握る杖に目を落とす。


あの戦いに決着を付けたのはスペル=リフレクター。


相手の魔法をそのまま反射する反魔術だ。


「ま、まさか…さっき反射したテンプテーションに」


最後に放ったテンプテーションを自分が受けて、ヘラは魅了されてしまったのだ。


魔法を反射したクラーメルに。


だらだらと冷や汗をかき始めるクラーメル。


「お疲れさん」


その肩をローゼンが優しく叩いた。


顔にイイ笑顔を浮かべて。


「それと、おめでとう」


「や、やめてくれ!? これじゃ、僕は十二歳の女の子を洗脳して侍らせている外道じゃないか!?」


「ヘラは美人に育つよ! 将来絶対に得するよ!」


「ああ、君はもう黙ってくれ、お願いだからー!?」


クラーメルは情けない叫び声を上げた。








「ロリコンの犯罪者とか、魔女狩りよりもよっぽど極悪人では…? 僕は、僕は何てことを…!」


「やれやれ、重傷だな」


膝を抱えて、ブツブツと呟きだしたクラーメルを見ながらローゼンは言った。


魔法を悪用することに怒って戦いを仕掛けたのに、こんな結果になって罪悪感を感じているのだろう。


不良生徒のくせに、変な所で真面目だ。


「で、本当の所はどうなんだ?」


「え? 洗脳? 勿論されてないよー?」


あっさりとヘラは答えた。


「だろうな。杖が壊されたのに魔法が維持できる筈も無いし。クラーメルはそこまで考える余裕が無かったみたいだけど」


つまり、ヘラは本気でクラーメルに惚れてしまったと言うことだ。


クラーメルは夢にも思っていないだろうが。


「…コレはもうしばらく黙っていた方が面白いかな」


悪戯っ子のような笑みを浮かべてローゼンはそう言った。

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