第十六話
「………」
学院の図書室にて。
クラーメルは一冊の本を無言で読んでいた。
やや気弱で何事にも熱心にはならないクラーメルには珍しく、その表情は真剣そのものだ。
本のタイトルは『魔女狩りの歴史』
その中にはクラーメルの先祖である、初代クラーメルのことも記されている。
本によると、彼は独善と義憤に満ち溢れた人物で魔女と魔女に関わろうとした人物の全てを悉く処刑したと言われる。
魔女が人間に歩み寄り、魔法を授けた時も他の魔女狩りと共に強く反発したらしい。
『魔法とは人を堕落させる悪しき力である』と主張し、彼らは魔女と敵対することをやめなかった。
やがて、魔女を受け入れた人間達と争うことになったが、魔法を授けられた者達に勝てる筈も無く、彼らは敗北した。
(そう…僕達は、歴史の敗北者なんだよ)
腰に下げた鉄の杖を見つめながら、クラーメルは思う。
魔女と人間が和解する。
そんな時代を受け入れられずに暴れた愚かな先祖達。
そして、魔女もいなくなり、倒すべき敵もいなくなっても尚、こんな物を後生大事に受け継がせようとしてくる親達。
「………」
自分の先祖がした行いを見る度に、クラーメルは自己嫌悪に陥る。
現在の魔女狩り達は、主に犯罪を犯した魔法使いに対する捕縛、処刑を行う仕事に就いている。
先祖が使っていた血濡れの道具を使いながら。
クラーメルの親も、その親も、更にその親も、魔女狩り(処刑人)として生きてきた。
だからこそ、クラーメルも生まれた時からそうなることが決まっていた。
(…うんざりだ。僕はこんな物を受け継ぐつもりは無い)
使命だの、義務だの、一体いつの時代の話をしているのか。
クラーメルはそんな血生臭い生活をするなんて、死んでも嫌だった。
それ故に、魔法の才能も無いのに逃げるように学院に入学したのだ。
まあ、学院に入学したのは、魔女狩りの歴史を知ると言う目的もあったのだが。
「全く、どうするべきか………ん?」
ため息をつきながら本を戻そうとした時、クラーメルは足下に何か落ちているのを見かけた。
「ロケット?」
拾い上げると、それは銀のロケットペンダントだった。
形はハート形で、それなりに値が張りそうな品だ。
「誰かの落とし物かな? どこかに名前は…」
「あ!」
蓋を開いたり、裏を覗いたりしていると声が聞こえた。
「そ、それ私のです! お願いします、返して下さい!」
何やら必死な様子でそう言ったのは、黒い髪を三つ編みにした少女だった。
お下がりなのか少々サイズの合ってないローブを纏っている。
化粧を一切しておらず、良く言えば素朴、悪く言えば地味と言った風貌。
「別に盗むつもりは無いよ、はい」
「す、すいません! それと、ありがとうございます!」
差し出したロケットを引っ手繰るように受け取る三つ編みの少女。
大人しそうな見た目の割に、妙に強引な様子にクラーメルは少し好奇心が刺激された。
「それ、何か大切な物なのかい?」
「は、はい。実は、父の形見なんです…」
少しだけ目に悲しみを滲ませて、三つ編みの少女は言った。
「…お父さんが、亡くなったのか」
「もう十年も前のことなんですけどね………まだ、私が幼い頃にお守りとしてくれたんです」
ギュッと三つ編みの少女は銀のロケットを大事そうに握り締める。
今でも、このロケットは彼女のお守りとなっているのだろう。
それを知らない誰かが持っているだけで、これほど取り乱す程には大切な物なのだ。
「そうかい。じゃあ、次からはうっかり落とさないようにね」
「はい! 本当にありがとうございました!」
何か用事でもあったのか、三つ編みの少女は慌てた様子で外へ走っていった。
「父親、か…」
自身に魔女狩りになることを強要してくる家族のことがあまり好きではないクラーメルだが、両親共に健在であることは幸せなことなのだろう。
自分だけが不幸な訳では無い。
友人であるローゼンだって…
「………」
そこまで考え、クラーメルは無言で図書室を去った。
「首尾はどうだ?」
黒い猫耳フードを深めに被った小男は言った。
「大体、学院の半分って所かなー。生徒が殆どで先生はまだ全然だけどー」
自室のベッドに寝転びながら、ヘラはのんびりを告げた。
「…少し時間が掛かり過ぎじゃねえか?」
「仕方ないじゃん。私の魔法は同性には効き辛いんだからー。この学院は殆どが女生徒なの知っているでしょう?」
「………」
黒いフードの男は何か考え込むように首を動かした。
その度に、男の首元から綺麗な鈴の音が響く。
「うん? 綺麗な音ね。その鈴、ヘラも欲しいなー」
「やらん」
「ええー。ちょうだい、ちょうだいよー」
子供のように駄々をこねるヘラに黒いフードの男はイラついた様に舌打ちをした。
能力的には非常に優秀だが、この性格だけはどうにかならない物か。
「我儘なのは結構だが、お前が一番欲しい物はこんな鈴じゃねえだろう」
「…そうだけさー」
不満そうに口を尖らせながら、渋々ヘラは頷いた。
「と言うか、ヘラのお願いを断れるなんて、あなたって本当に男?」
「失礼な奴だな。見て分からねえのか」
その乱暴な口調は、確かに男の物だ。
声も一メートルも無い背丈の割に、青年のように低い声をしている。
だが、フードで顔を隠しておいて見て分かれと言うのも無理な話だ。
「まあいい。とにかく、お前はお前の役目を果たせ。そうしている限り、我らはお前の夢に協力する」
「………」
「我ら『カヴン』は同士の夢を叶える為に存在するのだからな」
フードの下で三日月のような笑みを浮かべながら、黒いフードの男は言った。
子供程の背丈しか無いと言うのに、その威圧感にヘラは思わず口を閉じる。
「…あ」
それでも何かを言おうとヘラが口を開いた時、ぐうー、と間抜けな音が聞こえた。
「「………」」
無言で見つめ合うヘラと黒いフードの男。
「えーと、お腹、空いているの?」
「………空いてる」
がっくりと項垂れて黒いフードの男は言った。
どうして、最後まで締まらないのだろうか。
「はいコレ」
「…?」
同じ頃、ローゼンはアルチナの部屋の前で立っていた。
少し待っていろ、と言われて部屋に戻ったアルチナが何かを持ってきたのだ。
差し出されたアルチナの手には、何か刻まれた小さな木片がある。
「コレは?」
「タリスマンよ。簡素な物だけど、それでも小娘のチャームぐらいなら防げる筈。常にポケットにでも入れておきなさい」
「………」
ローゼンは驚いたように手の中のタリスマンを見つめる。
何も喋らないローゼンを見て、アルチナは眉を吊り上げた。
「何よ? 何か不満があるのなら…」
「凄いな、コレ! こんな小さい物にどれだけ魔力が込められているんだ? お守りは沢山見たことあるが、ここまでのタリスマンは見たこと無いぞ!」
子供のように興奮して、ローゼンはタリスマンを手の中で転がしている。
見た目は確かに簡素な作りだが、魔女であるアルチナが作った物だ。
強大なマジックアイテムであることには変わりない。
「使わなくなった玩具を押し付けただけなのに、こんなに喜んで…子供ね」
馬鹿にしたように言いながらも褒められて気分は悪くないのか、口元を緩ませているアルチナ。
「と言うか、俺が魔法抵抗力低いことを心配してプレゼントしてくれたのか?」
「都合の良い勘違いをしないように。君が洗脳されると、私が迷惑するからよ」
「何にせよ、ありがとう! このプレゼント、大切にするよ!」
「だからプレゼントじゃ…ああ、もう。それでいいわ」
善意でプレゼントを貰ったことが嬉しいのか、魔女の魔法に触れたのが嬉しいのか。
ローゼンは上機嫌で話を聞いていなかった。
呆れたように息を吐きながらも、アルチナの表情はそこまで悪い物では無かった。
「…アレは」
図書室を去り、廊下を歩いていたクラーメルは数名の人影を見つめた。
何人か知らない顔がいるが、中心にいるのは見覚えのある顔だ。
「ねえ? コレ、似合うかなー?」
「姉さまは何を付けても似合いますよ」
学院のアイドル、ヘラヴィーサだった。
取り巻きを数名引き連れて、何か談笑している。
やや女性が苦手なクラーメルとしては、通路を塞ぐように廊下に広がるのは勘弁して貰いたかった。
「…!」
仕方なく、引き返そうとしていたクラーメルはヘラを一度見て、顔色を変えた。
無言のまま、足を動かして迫るようにヘラへと近付く。
「ん? ヘラに何か用かなー?」
それに気付いたヘラが首を傾げる。
どうやら、医務室で出会った時のことは覚えていないようだ。
「それ…」
クラーメルは僅かに震えながらヘラを指差した。
具体的には、その手に握られた物を。
「あ、コレ? 可愛いでしょー? ヘラの大好きなハート型だし、貰ったんだー」
嬉しそうに、玩具を自慢する子供のようにヘラはそれを見せびらかす。
見覚えのある銀のロケットを。
「…誰から?」
「名前は聞いてないから、知らないや。三つ編みの女の子。恰好は地味なのに、ロケットだけは可愛い物を付けていたんだよねー」
「…盗ったのか?」
「盗る? 違うよー。ヘラがお願いしたら、くれたんだよ」
無邪気にヘラは笑った。
何一つ悪意の無い、子供のような笑顔で。
「最初は大切な物だから、って言ったんだけど。ヘラが強くお願いしたら、笑顔でくれたんだよ」
自分が悪いことをしているなど、欠片も思わずに。
「昔からそうなんだ。ヘラがお願いすれば、誰だって言うことを聞いてくれる。ふふふ、あなただって、そうでしょう? あんな地味な子より、ヘラの方が似合うと思うよね?」
「………」
クラーメルは無言で、ヘラの方へ一歩近づいた。
それを見ても、無邪気な笑みを浮かべたままのヘラ。
「人の心を馬鹿にするのも、いい加減にしろ!」
「…え?」
バチン、と音が響いた。
ヘラは叩かれた頬に手を当てながら、呆然とクラーメルを見つめる。
ヘラの目に映るクラーメルの顔は、怒りに歪んでいた。
「ヘラを、叩いたの? 怒って、いるの…?」
叩かれたことに怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ不思議そうにヘラは呟いた。
「ね、姉さま!」
「この男、姉さまに何するのよ!」
代わりに、周囲にいた取り巻きの少女達が怒りの声を上げる。
懐から杖を取り出し、剣呑な表情でクラーメルへと向けた。
「チッ!」
クラーメルもまた、頭に血が上っているのか腰に差した鉄の杖を抜いた。
「…待って。皆は手を出さなくていいよ」
「姉さま、しかし…!」
「いいから」
有無を言わさぬように告げ、ヘラはクラーメルを見た。
「決着は二人だけで付けるから」
そう言って、ヘラは中庭を指差した。
「どうした、顔が真っ赤だぞ?」
「ローゼン。見ていたのかい」
「途中からな」
中庭へ歩いていくヘラ達について行く途中、クラーメルはローゼンに声を掛けられた。
「お前が女を叩くなんて、明日は槍でも振るんじゃないか?」
「…僕にだって、認められない物。許せない物はある」
未だ怒りで僅かに顔を高揚させながら、クラーメルは吐き捨てる。
それを聞き、ニヤリとローゼンは笑みを浮かべた。
「わはははは! そうかそうか! 恰好良いぞ、クラーメル!」
「…ローゼン」
「こっちの方で余計な邪魔は入らないようにしておくから、思う存分やってこい!」
バシッと背中を叩いて、ローゼンはクラーメルを送り出す。
クラーメルは少しだけ笑みを浮かべ、そのままヘラの待つ中庭へ向かった。
「…大人しそうな子に見えたけど、血は争えないわね」
「魔女狩りのことか?」
「ええ。彼らも手段が過激だったとは言え、己の信じる正義の為に戦った。その血は確かに彼の中にも流れているのね…」
「ははは。普段大人しい奴ほど、キレると怖い物だよ」




