第十四話
「『強化』の魔法は基礎魔法の一つです。物体の強度を上げたり、自分の身体能力を向上させたり、その応用性は非常に高いです」
コンコンと杖で机を叩きながら、教師は講義を続ける。
いつもの錬金術講師ではなく、人の良さそうな笑みを浮かべた年配の女性だ。
「錬金術。召喚術。皆さん、得意とする魔法分野は様々でしょうが、生まれて初めて使った魔法は基礎魔法が多いのでは無いでしょうか?」
「………」
インクに浸した羽根ペンを走らせながら、ローゼンは真剣な顔で授業を聞いている。
先日のパーシーの一件で強化魔法に興味を持ったローゼンは、自由参加である基礎魔法の講義に参加することにした。
自由参加だけあって席は隙間が多く、ローゼン以外の参加者は皆、入学したばかりの生徒だった。
魔法を学ぶことに消極的なクラーメルは当然、参加していない。
「ご存知の通り、魔力とは自身の体内で生成する物です。なので、身体から放出された途端、それは瞬く間に蒸発してしまう」
教師の手の平がぼんやりと光り、すぐに消えてしまう。
虫の光のように弱々しいそれは、放出された魔力だ。
剥き出しの魔力は脆く、外界の刺激ですぐに蒸発する。
(…改めて知ると、アルチナの凄まじさが際立つなぁ)
その脆い魔力を放出するだけで地面を抉る程の衝撃を引き起こした魔女を想い、ローゼンは苦笑する。
圧倒的な魔力量の違い故か。
それとも、根本的に魔女と人間では扱う魔力の質が違うのか。
「強化の魔法を自分以外に掛ける時は、直接触れて魔力が零れないように気を付けましょう」
(…ふむ。なるほど)
簡単に言えば、紅茶をコップに注ぐような物だ。
コップとポットの距離が近ければ良いが、離れていれば紅茶が冷めてしまう。
最悪、零れてしまうかもしれない。
(効率よく強化魔法を行うには、直に手で触れている必要がある、か)
保有魔力の少ないローゼンだが、基礎魔法くらいは使える筈だ。
便利そうに見えるし、この機会に強化魔法も習得しておこうか。
「それでは実際にしてみましょうか。誰か、前に出てやってみて下さい」
「はい」
ローゼンは迷うことなく手を上げ、立ち上がった。
いつもの青薔薇の杖を握り、教師の下へ歩いていく。
同時に、別の席からも立ちあがる人物がいた。
「…あれ? ローゼンさん?」
「パーシーか?」
その相手は、パーシーだった。
教室の隅の方に座っていた為、今まで気付かなかった。
「強化魔法は得意だとか言って無かったか?」
「パーシパエーさんには授業の助手をして貰っているのですよ」
パーシーの代わりに隣にいた教師が答えた。
授業の助手など、普通の生徒に任せることでは無いが…それだけパーシーが強化魔法を得意としていると言うことだろう。
怪盗事件の罰でもあるのかも知れない。
「パーシパエー?…ああ、そう言えば偽名だったな」
初めて知ったパーシーの本名に、ローゼンは納得したように手を叩く。
「これからは本名で呼んだ方が良いか?」
「いえ、もうそっちも慣れたので、お好きにどうぞ」
男性名であるパーシーと呼ばれるのは気分の良い物では無い、と思っていたがそうでも無いようだ。
ローゼンとしても、そのままで良いなら都合が良い。
「さて、そろそろ強化魔法のエキスパートであるパーシパエーさんにお手本を見せて貰いましょうか」
「え、エキスパートって言う程でも無いですよ。先生」
「学院長から聞きましたよ? あなたが付与術師であると」
謙遜するパーシーに教師は感心するように笑う。
「マジックアイテムさえ作成出来る付与術師は『物を改良する』と言う一点においては他の追随を許さないと言われています」
錬金術が『物を作成する』魔法分野であるなら、付与術は『物を改良する』魔法分野だ。
一から何かを作り出すことには不向きだが、元々ある物を良質な物に仕上げることに特化している。
使用者が少ない為にあまり有名では無いが、強力な魔法であることに変わりない。
「それでは、パーシパエーさんはローゼン君に強化を掛けて下さい」
「え゛」
パーシーは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
珍しい表情にローゼンは首を傾げる。
「何だ、出来ないのか?」
「…多分出来ると思いますが、難しいんですよ。人間には自分以外の魔力を弾く『魔法抵抗力』と言う物があるので」
パーシーに言われて、ローゼンはどこかで読んだ魔導書の内容を思い出した。
魔法抵抗力は、どんな人間も持っている免疫のような物だ。
個人差はあるが、他者を対象とした魔法は自身を対象とした場合に比べて効力が低下する。
故に、その辺の石ころのように魔法抵抗力を持たない物体ならともかく、生きている人間を対象にした強化魔法は難易度が高い。
「…やってみます。少し、手を借りますよ」
少し緊張した様子でパーシーはローゼンの手を取った。
握り締めた手から魔力を流し込みながら、真剣な表情を浮かべている。
「お? おお…何か力が湧いてくるような感覚が」
「え? もうですか? まだそんなに魔力を流していないのですが…」
やけに魔法の効果が早いことに、パーシーは不思議そうな表情を浮かべる。
今流した魔力は本当に微々たる物で、流し込まれている感覚すら感じないと思っていたのだ。
「………」
両手で包むように握られた自身の手を無言で見つめるローゼン。
「急に黙ってどうしたんですか?」
「いや…」
妙に真面目な顔でローゼンは、先程よりも近くにあるパーシーの顔を覗き込む。
「そう言えば、女の子と手を繋ぐのって初めてだな、って」
「!?」
カッとパーシーの顔が真っ赤になった。
「いいい、いきなり変なこと言わないで下さい!? 緊張して手元が狂って…」
「あ」
様子を見ていた教師が口を開いた。
動揺したパーシーの手から大量の魔力が流れ込み、ローゼンの身体が赤く発光する。
「あ、何かデジャヴ」
瞬間、ローゼンの身体が爆発した。
「それで、医務室に運ばれちゃったのか」
医務室に見舞いに来たクラーメルは苦笑いを浮かべてそう言った。
「魔力が暴発しただけだから、身体に異常は無いらしい………全身の魔力がシェイクされて、数日の間魔法が使えないこと以外は」
大袈裟に顔まで包帯を巻いたローゼンが、ベッドの上で息を吐く。
身体の傷よりもしばらく魔法が使えないことの方が辛そうだった。
「良い機会じゃないか。いつもいつも寝る間も惜しんで魔法の勉強をしていたんだ。たまには魔法のことを忘れて休んでいたら?」
「…そうするか」
本当に不満そうにローゼンはため息をついた。
どれだけ魔法が好きなのか。
「君の夢や努力を否定する訳じゃないけど、折角の学生生活なんだから少しは魔法以外の青春を謳歌したら良いんじゃない?」
「…女性恐怖症のお前に言われたくない」
「べ、別に女性恐怖症じゃないし!? ちょっと、苦手なだけだし!?」
明らかに動揺しながら、クラーメルは目を泳がせる。
そう言うのを女性恐怖症と言うんだ、とローゼンは呟いた。
学院に来るまで男ばかりの環境で育ったからか、それとも生まれつきか。
特にいじめられていると言う訳でも無いのに、クラーメルは女性が苦手だった。
「あ、そうだ。聞こうと思ってたんだけど、君が連れてきたあの女の人」
「アルチナか?」
「そうそう。その人って…」
その時、ガラッと医務室の扉が開く音が聞こえた。
パタパタと音を発てて誰かが入ってくる。
「失礼しまーす。先生いますかー?」
入って早々にそう言ったのは、フルーツのような甘い香りの漂う女だった。
飴の包み紙を思わせるピンクと白のミニスカートを身に着け、左頬にはハートマークのタトゥーシールを貼っている。
瞳の色はピンク色で、口元には蕩けるような甘い笑みを浮かべている。
腰には先端にハート型のガラス細工が付いた短い杖を差しており、どこか別の世界から来たかのように浮世離れした雰囲気を持つ。
年齢はローゼン達とそう変わらないように見える。
スタイルは良いが童顔で、少女趣味な格好が不思議と似合っていた。
「先生なら今いないぞ。会議だってさ」
「んー? そうなのー?」
ローゼンの言葉に、間延びした声で言うと女はきょろきょろと辺りを見回す。
「ちぇ。またお菓子出して貰おうと思ったのにー」
「…?」
子供のように口を尖らせる女を見て、ローゼンは首を傾げる。
「医務室の先生とは親しいのか?」
「別にー。この間会ったばかりだよー。そっか、いないのかー」
ますます訝し気な顔を浮かべるローゼン。
この医務室の先生は生徒に厳しいことで有名だった。
少しの怪我で大袈裟に騒ぐ生徒は追い返し、怪我もしていない生徒を医務室に入り浸らせるなど、万が一にも有り得ない。
「それじゃ、お騒がせしましたー」
ひらひらと手を振りながら女は去っていった。
女が来てから一言も喋らなかったクラーメルはそれを緊張した様子で見送った。
「…クラーメル。さっきの奴、知っているのか?」
「むしろ、何で君は知らないんだよ。あのヘラヴィーサだよ?」
どこか呆れたようにクラーメルは言った。
あの、と言われてもローゼンにはどのことか分からない。
「学院のアイドルってやつだよ。男にも女にも、かなり人気があるらしいよ」
「へえ」
まあ、言われてみれば確かに美人だった。
見ているだけで蕩けるような笑み、幼く見える顔立ちに不釣り合いな魅力的なスタイル。
医務室に僅かに残る甘いフルーツのような香り。
思い出せば、少し動悸がするような…
「…おい、ヤバいぞ。クラーメル。俺は今、初恋ってやつをしたかもしれない」
「はぁ? いきなり何を言っているんだい?」
「何だか胸がドキドキするぞ。コレが恋…?」
「おい」
クラーメルは何やら様子がおかしいローゼンの頭を軽く小突いた。
「痛ッ…ハッ、俺は何を?」
「…もう一度先生に診てもらった方が良いみたいだね。特に頭を」
クラーメルは呆れたようにため息をついた。




