第十三話
パーシーはその後、盗品を全て持ち主へと返して回った。
とは言え、壺を除く品々は使いかけの薬や壊れた杖など、小物ばかり。
それを新品同然に修繕した上で返しに来たパーシーに、被害者達はむしろ感謝していたくらいだ。
壊れた物や不要な物を集め、新品に直して返したパーシーは冗談半分に『妖精』と呼ばれ、彼女を恨む者は誰一人いなかった。
「自称怪盗が妖精扱いか。財布一つ盗むことも出来ない小心者っぷりが幸いしたな」
「…複雑な気分です」
安心したような落ち込んだような微妙な表情でパーシーは言った。
誠心誠意謝り、許して貰えたのは有り難いが、退学覚悟で行っていた悪事が妖精扱いではやるせない。
善良っぷりが仇となったか。
いや、この場合は逆か。
パーシーがそんな悪人では無かったからこそ、許してもらうことが出来た。
「それで? それを聞いたローゼン君は、私にどう償ってくれるのかしら?」
「ぐ…」
囁くようなアルチナの言葉に、ローゼンは苦い顔を浮かべる。
その眼が語っていた。
パーシーは自分の罪を償ったのだから、君も同じように償えと。
具体的には割った壺を弁償しろ、と。
「あ、そうでした。アルチナさん、コレをどうぞ!」
「?」
思い出したようにパーシーは傍に置いてあった木箱を取り、アルチナに手渡した。
少し大きめの箱だが、強化魔法を使っているのかパーシーは涼しい顔をしていた。
「って、重ッ!? ちょ、ちょっと待って! まだ手を離さないで!」
急にそんな物を手渡されたアルチナはぷるぷると手を震わせながら、それを地面に置く。
「ふう…何なのよコレ? 何が入っているのよ」
どこか痛めたのか肩を擦りながら、アルチナは木箱の蓋を開いた。
「アルチナさんの壺を割ってしまったので、その、修理して見たんですけど…」
「え? わ、本当だ。ひびも綺麗に消えているし」
箱の中には、完全な状態に復元された魔法の壺が入っていた。
割れた欠片を全て集めたのか、壺には欠けた場所は少しも無く、何も知らなければ一度割れたことさえ気付かない程だ。
(とは言っても、一度割れた時点で触媒としては何にも使えないんだけど…)
気まずそうに頬を掻くアルチナ。
アルチナが壺を大事にしていた理由を知らないパーシーには分からなかったのだろう。
アルチナにとって大切なのは、芸術品としての価値ではなく、触媒としての価値だったことを。
「どうされましたか?」
「えーと、ね」
「…もしかして、何かおかしな所がありましたか? ごめんなさい、それなら」
「だ、大丈夫よ! あんまり綺麗に直りすぎて、少し驚いていた所よ!」
心底申し訳なさそうな顔で見つめるパーシーの視線に耐え切れず、アルチナは叫んだ。
何故だろう。
謝罪を受けているのは自分の方である筈なのに、どうして罪悪感を感じているのだろう。
「…プッ」
「そこ! 今、笑ったでしょう!? 元はと言えば、君が壺を弁償する筈なのにぃ…!」
思わず吹き出したローゼンを睨むアルチナ。
本当は機能を失った壺にも代わりの壺にも用は無かったが、ただローゼンに嫌がらせをする為に責めようと思っていたのに。
詫びの品をこうして受け取ってしまえば、それをすることも出来ない。
(全く、調子狂うわね。この学院の生徒はどいつもこいつも…!)
壺を木箱に仕舞いながら、アルチナはブツブツと文句を言う。
「ところで、聞きそびれていたのですが…アルチナさんは学院の生徒では無いのですか?」
「違うわよ。そもそも、私は人間じゃないし」
壺を入れた木箱を横に置き、アルチナは不敵な笑みを浮かべた。
頭に被った三角帽子を深く被り直し、鋭い視線をパーシーへ向ける。
「私は時の魔女アルチナ。六百年前より生き続ける伝説の魔女よ」
「六百…え、えええええ!?」
驚いたようにパーシーは思わず後退る。
その顔に浮かぶのは驚愕と畏怖。
パーシーの素直な反応に機嫌を良くしたのか、アルチナは笑みを深める。
「ど、どうして、時の魔女さんが学院に?」
「………」
しかし、次の瞬間にはアルチナの機嫌は急降下した。
アルチナは帽子を手で抑え、もう片方の手でぼんやりとしていたローゼンを指差した。
「そこの彼が、無理やり連れてきたのよ」
「な…」
「私の部屋に土足で踏み込んで、頭から熱い紅茶をぶっかけてきたのよ!」
ぐすぐすと泣き真似までしながら、アルチナは言った。
パーシーの顔がローゼンの方を向く。
「泣いて頼む私の言葉を無視して、私の大切な物を無理やり奪ったの! この極悪人!」
「ちょ…!? 誤解を招く言い方をするんじゃない! アンタ、絶対わざとだろ!」
「ローゼンさん。あなた一体、どどど、どんなハードなプレイをこの方に…!?」
「パーシー! アンタも真に受けるな!」
混沌とした状況で、ローゼンは嫌な汗をかきながら必死に弁解を続けるのだった。
同じ頃、学院の四色の塔。
その青の塔の屋上に二つの影があった。
「…失敗、したみたい」
ぽつりと、小柄な少女は呟く。
特徴的な腰まで伸びる綺麗な髪を持つが、その色は銀に近い白。
無垢な小さな瞳の色は赤であり、宝石のように輝いている。
年齢は十五、六歳と言った所。
青と白のエプロンドレスを纏い、ウサギの耳に似た青いリボンを頭に着けている。
「ふ、構わないさ。元々、アレには然程期待してねえ」
もう一つの影が答える。
少女も小柄で華奢な体つきをしているが、その男はそれ以上だ。
黒い猫耳のような形のフードを深めに被った男。
子供のように小柄で、身長は一メートルも無い。
小さな体はすっぽりと黒いローブに覆われ、肌を一切露出していない。
暗いフードの影から、青い瞳と三日月のような口だけが覗いていた。
「少し薬をちらつかせて煽っただけだ」
フードの男は懐から小瓶を取り出し、それを踏み砕く。
「アイツ、エリクサーなんて物が、そう簡単に手に入ると本気で思っていたのかね」
砕かれた小瓶から流れ落ちるのは、ただ赤く着色した水だ。
エリクサーなんて高尚な代物ではない。
「さて、本番はここからだ。既に駒は用意してある」
青い瞳を猫のように細めて、フードの男は地上を覗く。
「………」
「どうした? 何も心配することは無い。全てこの猫に任せておけばいい」
ニヤリ、と三日月のような口が歪んだ。
「もうすぐだ。もうすぐお前の夢は叶う」
芝居がかった仕草をしながら、フードの男は笑う。
白い少女は無言のままそれを見つめる。
「ところで…」
「あん?」
「私のタンスに下着が入っていたのだけど…?」
フードの男は首を傾げた。
「タンスに下着が入っているのは当たり前だろう。何を言っているんだ?」
「…私の下着じゃなかったんだけど」
ぴくり、と黒い猫耳が揺れた。
スッとフードの男は白い少女から目を逸らす。
「…ねえ、もしかしてどさくさに紛れて下着泥棒をしていたのは」
「……………」
白い少女のジトッとした視線がフードの射抜く。
フードの男の額からだらだらと冷や汗が流れた。
「…その、だな。風で、その、飛ばされてきて…」
「明日一日、ご飯抜き」
「!?」




