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第十二話


「…少しは、手加減してくれよ」


プスプスと頭から煙を上げながら、ローゼンは呟いた。


真っ白なスーツには焦げ目がつき、シルクハットも穴が空いている。


「十分手加減したわ。今、君が生きているのがその証拠よ」


特に悪びれず、アルチナは言った。


天井をぶち破った威力から考えるに、本人なりに手加減はしていたようだ。


「そんなことより、例の怪盗は…」


「…アルチナ。アンタの壺を割ったのは」


「君だって言うんでしょ?」


アルチナはあっさりとそう告げた。


いつも通りの不機嫌そうなジト目でローゼンを睨む。


「き、気付いていたのか?」


「反応を見れば大体分かるわよ。だから、君ごと撃ったの」


「なら、どうしてパーシーも?」


「私の壺を盗んだ時点で同罪」


吐き捨てるように言うと、アルチナは適当な椅子を見つけて腰かけた。


暴れるだけ暴れて、気は済んだようだ。


「それで? 私の壺の件は置いておくとしても、あの子はこのままと言う訳にはいかないでしょう?」


そう言ってアルチナが視線を向ける先で、パーシーがよろめきながら立ち上がった。


「…私にはお金が必要なんです」


言いながらパーシーは近くに置いてあった壺を取った。


アルチナの作った壺では無く、学院に飾られていた物だ。


「中庭に大穴を空けてきたから、もうすぐ学院長とかも駆け付けてくるでしょうね。それでも、まだ逃げ続けるつもりかしら?」


「…どうしても、必要なんです」


自分に言い聞かせるように、パーシーは再度言った。


慣れない真似までして盗みを働いたのは、全て病気の妹の為。


もう歩くことも出来なくなった妹を、もう一度自分の足で歩けるようにする為。


その決意は固く、そして痛々しかった。


「それに忘れたんですか? 私は召喚術師サモナーでテレポートも使えるんですよ」


パーシーはその場に壺を置き、赤い旗を掲げる。


ひらひらとはためく赤い旗にパーシーの姿が隠された時、どこからかチャリチャリと金属が擦れるような音が聞こえた。


「行きますよ…『サモン=ウェポン』」


赤い旗が振り下ろされた瞬間、そこから数本のナイフが飛び出した。


「『スプラッシュ』」


合わせるように向けられたローゼンの杖から水弾が放たれる。


ただ勢いが付いただけの水だが、投擲されたナイフを弾くのには十分だった。


「な………ローゼンさん」


邪魔をされたこと驚いたようにパーシーはローゼンの顔を見た。


ローゼンはどこか悲しみを含んだ目で、パーシーを見つめる。


「…テレポートが使えるなら、どうして俺を盾にしたんだ?」


「何の話ですか?」


「さっきのことだよ。アルチナの放った攻撃を、どうしてテレポートして躱さなかったんだ?」


「…それ、は」


ローゼンの指摘に、パーシーの顔が曇った。


何か、痛い所を突かれたかのように。


「気絶した俺を背負ってきたと聞いた時も引っ掛かっていた。何故、わざわざそんな面倒なことをする必要があったんだ?」


テレポートを使えば狭い出入り口など通らずに、地下室へ入れると言うのに。


壺もローゼンも纏めて一秒と掛からず運べる筈だ。


もし、本当にテレポートを使うことが出来るのなら。


「今、アンタがナイフを召喚する前にナイフの擦れる音が聞こえた。それで確信したよ。アンタはナイフを召喚するふりをして、取り出したナイフを投擲していただけだ」


それは良くできた手品のように。


赤い旗で出来た死角を利用し、何も無い所からナイフを召喚したように見せたのだ。


「アンタは召喚術師では無い」


「………」


パーシーは何も答えない。


その沈黙が答えだった。


「だったら、昨夜消えたのは?」


「多分、消えただけだったんだ。ただ、俺達の眼から見えなくなる魔法『透明化』」


アルチナの疑問にローゼンは答える。


透明化した状態でローゼンを気絶させ、それを担いでそのまま堂々と立ち去ったのだ。


ナイフも同様だ。


投擲するまでは透明化しておき、手から離れた時に元に戻すことで、たった今召喚したかのように見せかけていたのだ。


「透明化の魔法は幾つかあるが、呪文も唱えずに発動するタイプは一つしかない」


召喚術に見せかける以上、本当の呪文を唱えることは出来ない。


呪文を唱えずとも、ただ念じるだけで発動する魔法は一つ。


ローゼンの視線が、パーシーの指に向けられた。


そこに付けられた飾り気の無い鉄の指輪に。


「『付与術エンチャント』………アンタは、付与術師エンチャンターだな?」


「どうして、それを…」


パーシーは隠すように指を握りながら呟く。


付与術エンチャント


指輪やナイフなど、様々な物に魔法効果を付与する魔法分野。


それは召喚術や錬金術に比べ、かなりマイナーな分野だ。


その才能を持つ者は極少数であり、この学院にもパーシー以外の使い手はいないだろう。


魔法に携わる者でも知らない者の方が多いそれを何故知っているのか。


「幼い頃からどうしても魔法使いになりたくてな。魔導書なら新旧含めてもう千冊は読破した」


「!」


ローゼンは魔法の才能は無かったが、その熱意だけは異常な程に強かった。


まだ童話を読むような時代から数多くの魔導書を読み漁り、大人顔負けの知識を手に入れた。


既にローゼンの知識量は、この学院でも最も優れているだろう。


「ま、知識だけあっても魔力が無いから殆ど使えないんだがな」


「………」


「それで無駄に蓄えた知識を振り絞って考えたんだが………妹の病気を治す為には、本当にエリクサーが必要なのか?」


「…え?」


予想外の言葉に、パーシーは目を丸くした。


「いや、確かに万能の秘薬であるエリクサーを使えば病気は治るだろうけど、それ以外に方法は何も無いのかって話だ」


魔力硬化症は難病だが、完治した例が無い訳では無い。


その全てがエリクサーを使ったとは考え難い。


何か別の方法があるのでは無いだろうか?


「俺には知識があり、アンタには希少な付与術すら操る才能がある。一緒に協力すれば、何とか出来るんじゃないか?」


アルチナに見つかった時点で、誘拐作戦は失敗だ。


エリクサーを購入できる程の大金を搔き集めるのは現実的じゃない。


知恵を出し合って別の手段を考えた方がマシだ。


「…今更、何を言っているんですか。私は既に、罪を犯したんですよ」


パーシーは怒ったように低い声で言った。


「それに、何とか出来るかも…なんて。それは一体、いつのことですか?」


パーシーはローゼンほど前向きには、楽観的にはなることが出来ない。


どれだけ知識があった所で、治療法を見つけるのにどれほどの時間が掛かるか。


その間、パーシーの妹は病気で苦しみ続けるのだ。


「今、あの子を救う手段が目の前にあるんです! だったら、躊躇う理由なんて無いじゃないですか!」


ある日、突然得た妹を救う為のチャンス。


それをふいにすれば、次はいつ回って来るか分からない。


「元々、学院には病気を治す方法を見つける為に入学しましたが、もうそれも要りません」


学院長にも発覚したと言うなら、もう学院には居られない。


それでも構わなかった。


「お金を得る為なら何でもやって、私は…!」


「何でもやる、なんて若い女の子が言うものじゃない」


今まさに魔法を使って消えようとした時、パーシーの手を掴む者がいた。


「全く、ローゼンをイジメた輩を懲らしめるつもりで来たのに、犯人はこんなに可愛い子供だとはのう」


「お、親父…!?」


「よう、ローゼン。元気そうで何よりじゃ」


呑気そうに学院長はひらひらと手を振った。


もう片方の手は未だパーシーの手を握ったままだ。


「話は大体聞かせて貰ったよ。妹が病気らしいの」


「学院長…あなた、なら」


腕を掴まれたまま、パーシーは縋るような眼で学院長を見た。


「伝説の錬金術師と言われたあなたなら、エリクサーを持っているのでは?」


「ふむ。確かに、エリクサーを持っていた時もある」


「なら…!」


「じゃが、もう使ってしまってのう」


少しだけ申し訳なさそうに学院長はそう告げる。


「ッ」


何故かそれを聞いたローゼンが、一瞬だけ顔色を変えた。


ローゼンの態度に気付きつつ、学院長は暗い表情のパーシーを見つめる。


「今は持っていないのじゃ。残念ながら」


「……………」


パーシーの身体が脱力し、項垂れた。


この距離では魔法を使っても学院長から逃げることは出来ない。


エリクサーを手に入れる手段も失われた。


もうどうにもならない。


「そ、そんな顔をしないでおくれ。代わりと言っては何じゃが…コレをやろう」


泣き出しそうなパーシーに焦ったように、学院長は懐から小瓶を取り出した。


中には薄紅色の液体が入っている。


「コレ、は…?」


「魔力弛緩剤とでも名付けようかの。儂が開発した新薬じゃ」


(…魔力、弛緩剤?)


聞き覚えの無い名前にパーシーは首を傾げる。


市販では売られていない、学院長の錬成したポーションだった。


「コレを飲めば、魔力硬化症は治る」


「ッ! ほ、本当ですか!」


「勿論。儂、子供相手には嘘つかない」


玩具でもプレゼントするように小瓶を渡し、学院長はニカッと笑った。


受け取った小瓶をパーシーは大切そうに抱き締める。


「わはははは! 何だよ、親父良い所あるじゃないか!」


「ははははは! もっと褒めても良いんじゃぞ! 息子よ!」


「…馬鹿親子」


肩を叩いて笑い合う学院長とローゼンに、アルチナは呆れたように息を吐いた。


しばらく涙を浮かべながら小瓶を握り締めていたパーシーはやがて、学院長に深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! このお礼は、いつか必ず…!」


「よいよい、子供が気を遣うな。礼など不要じゃよ」


「で、ですが!」


「その代わり…」


そこで笑みを浮かべていた学院長は表情を引き締めた。


恐ろしい程に真剣な目で、パーシーの目を見る。


「償いはしてもらう。君が盗んだ物を全て持ち主に返し、心から謝罪しなさい」


それは教育者としての言葉だった。


事情があろうとも、パーシーが同じ生徒から盗みを働いたのは変わらない。


例え盗んだ物が小物であろうと、罪は罪だ。


そこだけは見逃してはならない。


「…はい。勿論です」


「よろしい! ああ、壺は儂の私物じゃから気にするな!」


いつの間にかパーシーから取り返した壺を撫でながら学院長は剽軽に笑った。


「………」


「そんな暗い顔をするな! 子供は笑顔が一番じゃぞ? 大丈夫、心から謝ればきっと許してくれる」


学院長はパーシーの肩を叩きながら言った。


「ここは学院。子供達が間違い、成長する場所。同じ間違いをしなければ、それで良いんじゃよ」

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