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第十話


「………」


窓の無い薄暗い部屋の中で、ローゼンは目を覚ました。


部屋に漂うかび臭さに顔を顰めながら、身体を起こす。


「痛ッ…」


後頭部に痛みを感じ、思わず手で抑える。


どうやらコブが出来ているようだ。


いつこんな怪我を負ったのか、と寝起きの鈍い頭で考えるローゼン。


(そうだ。俺は確か、あのテレポーターに気絶させられて…)


状況的に、誘拐されたのだろう。


手足を見るが、特に縛られたりはしていない。


(ここはどこだ?)


ローゼンのいる空間は広い上に暗く、出口らしき物が見つからない。


何やら色々な物が転がってごちゃごちゃしているが、コレは全て学院から盗まれた物だろうか。


(あのテレポーターは、一体どこに…)


「…どうしよう」


キョロキョロと辺りを見回していたローゼンの視界に、何か赤い物が映った。


やや痩せ気味の小さな背中を丸めて座り込んでいるのは、例の赤い服の女だ。


「思わず連れて来てしまいましたけど、コレって誘拐ですよね? ああ、顔を見られただけでも退学確定なのに誘拐までしたら、私は…」


ブツブツと呟きながら、身を震わせる女。


ローゼンが意識を取り戻したことに気付いていないようだ。


「…お金で買収? 報酬を山分けすることで仲間に引き込むとか?…でも、学院長の息子ならお金に不自由とかしてなさそうだしなぁ」


ああでもない、こうでもない、と呟いている。


「お金持ち…誘拐………身代金?」


名案を思い付いたかのように、ハッとなる女。


「そうです! どうせ後戻り出来ないのなら、学院長に身代金を要求したら…」


「そうしたら、アンタ死ぬより酷い目に遭わされると思うぞ。具体的にはダイヤとか」


「ひゃああああああー!?」


ローゼンに肩をポンと叩かれ、赤い服の女は飛び上がった。


床に置いていた赤い旗を握り、すぐに臨戦態勢を取る。


「おおお、脅かさないで下さいよ! 目が覚めたなら、先に言って下さい!」


「え? ああ、悪い」


「…いえ、こちらも叩いたりしてすいませんでした。頭は大丈夫ですか? 氷要りますか?」


氷の入った革袋を手渡しながら、赤い服の女は言う。


それを素直に受け取り、コブに当てて冷やすローゼン。


(…何か変な子だが、あまり悪い子では無さそうだな)


誘拐された被害者がこう思うのも何だが、どうもローゼンは目の前の女が悪人には見えなかった。


盗みを働いているのも、何か事情があるのかも知れない。


「アンタの名前を聞いても良いか?」


「名前ですか? 私はパーシパ………えーと、パーシーで良いです」


(『パーシー』…明らかな偽名だな)


本来男の名前であるパーシーと名乗った女は、少し申し訳なそうな顔を浮かべていた。


本名を明かさないことに負い目を感じているようだ。


「あなたは確か、ローゼンさんですよね?」


「俺のことは知っていたか。学院で会ったかな?」


「いや、あなたは学院で有名人なので私が一方的に知っているだけですよ」


握り締めていた赤い旗を床に置きながら、パーシーは笑みを浮かべた。


「…ところで、あなたは錬金術師であると聞きましたが」


「ああ、確かに学院では錬金術を専攻しているな」


(他の授業も受けていない訳では無いが)


内心そう呟いたローゼンに、パーシーは目を期待に輝かせた。


「で、では、エリクサーの製造方法を知っていたりは…」


「うーん。期待を裏切るようで悪いが、学院の落ちこぼれに過度な期待はやめてくれ」


「…やっぱり、そうですよね」


薄々理解していたのか、パーシーはあまり驚いた様子も無く項垂れた。


その姿に、ローゼンは首を傾げる。


万能薬エリクサーを求めるなんて、身内に重病人でもいるのか?」


「………妹が」


少し迷いながら、パーシーはそう口にした。


「私の妹が、数年前から『魔力硬化症』と言う病を患っているんです」


「魔力硬化症…」


その病名に、ローゼンは聞き覚えがあった。


魔力硬化症。


生まれつき高い魔力を秘めた才能ある子供に多い病だ。


まだ精神的に未熟で制御できない内に溜まった魔力が一か所に集まり、その部分が硬化してしまう奇病。


「…妹は両足に症状が出ていて、このままでは治る見込みは無いそうです」


この奇病で硬化した部分は人としての機能を失う。


手が硬化すれば物を掴むことも出来なくなり、足が硬化すれば歩くことさえ出来なくなるだろう。


そして、この病は自然治癒することは無い。


治すには高位のポーションか回復魔法が必要なのだ。


「何となく、読めて来た。アンタが盗みを働いていたのは治療費を稼ぐ為か」


「…そうです。先日、エリクサーを売ってくれると言う方に出会いました。その為には、多くのお金が必要なんです」


「…ふーん。なるほどな」


一流の錬金術師でも易々と作ることは出来ないエリクサーは、超希少品だ。


市場に出回ることはまず有り得ない。


パーシーが出会ったと言う者が例え格安で売ってくれるとしても、その額はパーシーが一生掛かっても手に入らないような額になる筈だ。


真っ当な手段では手に入れることが出来ない。


だからこそ、パーシーは学院で盗みを働いた。


(全て、家族の為に…か)


ローゼンはパーシーの顔を見た。


その眼に宿っている感情は同情、では無い。


「そうだな。家族が病気で苦しんでいるのなら、どうしても助けたいと思うよな…」


それは、共感だった。


もし仮に、ローゼンがパーシーの立場だとすれば、きっと同じことをしたと思う。


家族を救う為なら、どんなことだってする。


ローゼンには、その気持ちが痛い程よく理解できた。


「よし、決めた! 俺はアンタの味方になる。治療費でも身代金でも、親父から奪い取ってやろう!」


「え。い、良いんですか? 私はもう犯罪者ですよ? それに、今の話だって嘘かも…」


困惑するパーシーに、ローゼンは笑みを浮かべた。


「わははは! 俺は魔法の才能は欠片も無いが、人を見る目だけはそれなりにあるつもりだ。アンタは実直な人だよ。だから俺はアンタを信じる」


妹を心配するパーシーの顔に嘘は無かった。


パーシーは家族を大切にしている人間だ。


ローゼンが彼女を信じるのに、それ以上の理由は要らない。


「…優しい人ですね、あなたは。本当に」


目尻に涙を浮かべながらパーシーは嬉しそうに笑った。


自身の苦悩を理解し、受け入れてくれたことを心から喜んでいた。


「さて、そうと決まれば…」


作戦会議だ、と言いかけてローゼンは足を一歩前に動かした。


その足が、薄暗くて見え難くなっていたテーブルの柱にぶつかる。


「痛ッ…小指ぶつけた。この部屋、明かりは…」


その時、ガシャンと嫌な音が足下から聞こえた。


ローゼンとパーシーは二人で目を合わせ、それから床へ視線を向ける。


そこには、テーブルから落ちて粉々に割れた壺があった。


「つ、壺が!?」


「だだだ、大丈夫ですよ! コレは価値が無い方の壺ですから!」


(ってことは、アルチナの壺ってことじゃないか!?)


サッとローゼンの顔が青ざめる。


一度ならず、二度までもアルチナの大切にしている壺を割ってしまった。


一度目は水に流すと言いながらも、未だ根に持っていたアルチナのことだ。


二度目はどれほど激怒するか、考えるだけで恐ろしい。


「パーシー」


ガシっとローゼンはパーシーの両肩を掴んだ。


「は、はい? 何でしょう?」


「俺達はこれから運命共同体だ」


この瞬間、ローゼンがパーシーの共犯者となることが決定した。

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