第一話
『魔法』
それは世界の法則を改竄する力。
嵐を呼び、大地を割る、人ならざる魔の片鱗。
元々は『魔女』と呼ばれる種族のみが持っていたその力は、ある出来事がきっかけとなり、人間の手にも与えられることになる。
魔女から与えられた魔法を使う者達。
人々は彼らを『魔法使い』と呼んだ。
「えーと、コレがこうなるから………このまま加熱すれば良いんだよな?」
様々な薬草や金属、フラスコなどで散らかった部屋の中。
閉じられた窓から僅かに漏れる光を頼りに、一人の男が作業をしていた。
白いスーツを身に着け、背にはマントを羽織った若い男。
手袋に厚底ブーツ、頭に被った小さめのシルクハットまで全て白一色と目立つ格好。
胸元やポケットなど、様々な所に薔薇を付けており、手には青い薔薇を模した杖まで握っている。
年齢は十七歳程に見えるが、歳の割には背が低い。
「『M』『M』水よ、赤く染まれ。薔薇のように赤く染まれ」
杖を振り翳して呪文を唱える姿は様になっているが、胡散臭い恰好のせいか魔法使いと言うよりは手品師のようだ。
「………おかしいな、赤くならないぞ。何故だ?」
フラスコに入れた緑色の水を眺めながら、薔薇の男は首を傾げる。
火で炙ったり、机に置いた薬草を追加したりしているが、何も変化は起こらない。
「…やっぱり、薔薇のように、って所がマズかったか。薔薇の色は赤とは限らないしな」
青い薔薇の杖を振り回し、薔薇の男はため息をつく。
すると、緑色の液体がぼんやりと光り出した。
「うおっ!? まさか、成功か!? 呪文も適当に考えたのに!?」
驚愕と歓喜の混じった顔で薔薇の男が慌てる中、光は段々と強さを増していく。
眩い緑色の光に目を細めながら、男はふと思い出した。
「…うん? でも、賢者の石って確か赤色だったような…」
瞬間、光の爆発が男の身体を吹き飛ばした。
『サン=ジェルマン魔法学院』
かつて魔女から魔法を授けられた魔法使い達が築いた最初の学校。
この王国全土の素養ある人間を集める場であると同時に、その者達が本当に魔法を学ぶに値する精神を持っているかを見極める場でもある。
入学条件は、魔法を一つ以上使えること。
初めて魔法を使った日から五年以上経過し、自身の魔法をコントロール出来ることなど。
それさえ満たせば、人種、身分問わず、あらゆる人間が入学することが出来る。
「…また、あなたですか」
爆発でボロボロになった部屋の中。
部屋を覗いた呆れたように女教師はため息をついた。
「魔力も低いのに、賢者の石なんて作ろうとするからですよ」
「………」
「…聞いているんですか、ローゼン君」
煤で汚れた白スーツを叩いていた男『ローゼン』はその声に愛想笑いを浮かべた。
「あはは。ちょっと失敗したようです、先生」
「全く、何度目ですか! 良いですか、魔法使いは万能ではないんですよ!」
分厚い眼鏡をかけた女教師は、ローゼンを睨みながら叫んだ。
「何でも出来る魔法使いなどこの世にはいません! だからこそ、この学院は『錬金術』『召喚術』など、自身の得意分野を見つけ、それを鍛えることを目標としているんです」
そこで女教師はズレた眼鏡を手で直した。
「ハッキリ言って、あなたに錬金術の才能はありません。いえ、そもそも魔法の才能自体が無いと言いましょうか」
「ハッキリ言うね。俺、傷付くよ」
大袈裟に肩を竦め、ローゼンは苦笑いを浮かべた。
そんなこと、言われずとも理解していた。
魔法は学問だが、魔力と言う才能が必要だ。
ローゼンの魔力はとても低い。
それはローゼン自体に問題があると言うより…
「…だから、私は前から学院長に言っているのです。男の生徒を入学させるべきでは無いと」
女教師は独り言のように呟いた。
そう、ローゼンが魔法を使えないのはローゼン自体に問題があるのではなく、彼が男だからだ。
かつて、魔女と呼ばれる存在は人々に分け隔てなく魔法を教えたが、そこで一つ問題が起きた。
元々魔法とは魔女が用いる力。
それは殆どが女用に作ってあり、男では魔力が足りな過ぎて使うことが出来なかった。
時には男でも高い魔力を持つ者が現れることがあったが、百年に一人いるかどうか。
故にこの学院の生徒も殆どが女性であり、一部の男性もまともに魔法が使える者は少ない。
「…私も教師の端くれですからこれ以上は言いませんが、魔法だけが人生では無いのですよ?」
「………」
最後に少し気遣うような表情を浮かべて、女教師は部屋を去っていった。
ローゼンはそれを見送った後、部屋の状況を眺め、唯一無事だったベッドに倒れこむ。
「…は」
その口元に笑みが浮かぶ。
「わはははは! 失敗失敗! まさか爆発するとは思わなかった!」
先程の女教師の言葉など、聞いていなかったかのようにローゼンは笑った。
まるで、気にしている様子はなかった。
その程度の障害、何とも思っていないかのように笑っている。
「次こそは、次こそは成功して見せるぞ! 見ていろよ、眼鏡! 俺が魔法使いとして大成したら、弟子としてこき使ってやるからな!」
少年のような笑顔でローゼンは杖をぶんぶんと振り回す。
良く言えば、前向き。
悪く言えば、夢見がち。
ローゼンは本気で、自分が一人前の魔法使いになれると信じていた。
「いきなり賢者の石に挑戦したのがマズかったな! 最初はもっと簡単なところ………エリクサーとかどうだろうか?」
賢者の石と然程難易度変わらない目標を立てるローゼン。
「よし、そうと決まればまずは…!」
勢いよく立ち上がったローゼン。
その腹から、大きな音が鳴った。
「…腹ごしらえからだな!」




