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番外編4 二人の新たな関係

 オシャレな音楽。ゆったり座れるラグジュアリーなソファー。暖かな湯気を上げる美味しそうなコーヒー。これぞまさにスターバックス!しかして、テーブルを隔てて向かい合う二人の容疑者と三人の取調官の間には冷え冷えとした空気が漂っていた。最初に沈黙を破ったのはアオイちゃんだった。


「トロちゃん。私たちのこと、改めて黒猫くんに紹介してくれる?」


 アオイちゃんの言葉にビクッと肩を震わせて、俯いていた顔を上げる黒猫くん。


「そ、そうだね。紹介するよ。右側に座っているのが小日向日向ちゃん。真ん中が蒼井葵ちゃん。左側が佐々木咲ちゃん。三人とも学校のクラスメイトなんだ」

「それで、そちらの男の子とトロちゃんはどういう関係?」

「じ、実は、この前の大きな地震でエレベーターに閉じ込められた話をしたでしょ?」

「阪急グランドビルの?」

「そ、そう。その時、偶然同じエレベーターに乗り合わせていたのが、この黒猫くんなんだよね」

「ふ~ん。それで?」


 アオイちゃんの冷たく鋭い視線が黒猫くんを貫く。コーヒーを持つ黒猫くんの手が小刻みに震えている。イカン。完全に恐怖に飲まれて冷静さを失ってる。


「そ、それで、……とは?」

「トロちゃん最近、急に感じが変わったよね、それも別人みたいに……」

「べべべ、別人なわけないじゃん!わわわ、私は前からこんなだよ!?」

「そう?私はそこの彼が原因だと思ってたんだけど?」


 黒猫くん表情は蒼白を通り越して、もはや紙のように真っ白。いまにもぶっ倒れそうだ。ヤバい。このままじゃ不必要なことまで喋って私たちが入れ替わっていることまでバレかねない。まずは会話の主導権を取り戻して、アオイちゃんたちがどこまで私たちの秘密に近づいているのかを探らなくちゃ。


 逆転の手掛かりを求めて三人の取調官の顔を見比べる私。すると――、


(むむ。サキちゃんとヒナタちゃんの表情が硬いな……)


 気後れしているのか、二人はさっきからずっと黙ったままだ。そういえば、JR大阪駅からここに来るまでの間、喋っていたのはアオイちゃんだけだったよな。おそらくこれはアレだ、同年代の男の子、つまり私を前にして緊張しているんだな。中高一貫して女子校だった奴によくあるパターンで、男の子に対する免疫がないんだろう。……となれば、取っ掛かりはこの二人だな。


「あの、止めてくれないかな。サシミが怯えてるんだけど……」


 私は意を決して話に割って入った。私は二人が好む理想の男の子(フェミニンなイケメン王子さま)をイメージして、少し低い声で、ゆっくり優しく、囁くように話しかけた。


「理由は分からないけど、君たちはサシミの何かに対して腹を立てているんだよね。よかったら教えてくれないかな小日向さん?」


 突然話を振られて、えっ、と小さく声を上げるヒナタちゃん。私はここぞとばかりにとっておきの笑みと熱い視線でヒナタちゃんを見つめた。少女漫画によくある、背後にキラキラの光とかバラの花が咲き乱れたりするようなあの笑みだ。さらに微笑みかけた直後にちょっとこまったような表情をアクセントに加える。


「わ、私は、別にトロ……サシミちゃんのことを怒っては……」


 私から視線を逸らし、顔を少し赤らめながらしどろもどろに答えるヒナタちゃん。効果ありのようだ。思ったよりチョロい。あー、やっぱ黒猫くん(コスプレスーツ)って容姿が整ってて結構イケメンだもんね。イケメンに困り顔されたら強気に出れなくなっちゃうよね。


「じゃあ、佐々木さんは?」

「わ、私も、怒っているわけじゃ、ありません……」


 視線を合わせた途端サッと俯いて、同じく顔を赤らめながらボソボソと答えた。こちらもやっぱりチョロい。ヒナタちゃんはお姉さんがいるだけだし、サキちゃんは一人っ子だし、女子中出身で身近に年の近い男の子がいないと、こんなにも初心(うぶ)なのか。これならちょっと告白すれば簡単に落とせそうだね。チョロいヒロイン。略してチョロインだね。さて、お次は――、


「私も怒ってはいないですよ。ただ、最近サシミちゃんの様子がおかしかったので心配しているだけなんです」


 睨みつけるような表情を崩すことなく答えるアオイちゃん。駄目だ。やっぱ手ごわい。アオイちゃんは私と同じ高校受験組だし、年の近いお兄さんがいるし仕方ないか。


「最近って、どのくらい前から?」

「この前の大きな地震があったあの後からですね」


 速攻怪しまれてたんじゃん!と、隣の黒猫くんに非難の視線を送れば、サッとそっぽを向いて視線を逸らされてしまった。


「地震後、サシミの態度にどんな変化があったんですか?」

「女の子っぽくなりましたね。それも別人みたいに」


 どういうこと?男の子っぽくなったじゃなくて、女の子っぽくなったってどういうこと?と、首をひねっていると、サキちゃんとヒナタちゃんも会話に参戦してきた。


「そ、そうなんです。トロちゃん……サシミちゃん以前はメイクなんてまるで興味がなかったんです。なのに、今日なんて、マニキュア塗ってあげたらすごく喜んだんですよ!」

「この娘ったら、見た目はお嬢様っぽいキャラしてるのに、口を開けばプロレスプロレスのプロレスオタクで」

「そーそー。だから学校では密かに残念系お嬢とかカタログ詐欺お嬢って言われてたんですよ!」

「でも最近、急にプロレスの話をしなくなったと思ったら、ファッションとか音楽に興味持ち始めて、普通にオシャレな女の子みたいになってきたからビックリしてたんですよ!」

「ホント。おしとやかになったし、可愛くなったよねぇ!」


 本人を前にして失礼なことを言いたい放題なサキちゃんとヒナタちゃん。今すぐチョークスリーパーでシメてやろうかと考えている間にも二人のマシンガントークは続く。……で、二人の話を要約すると、黙っていれば清楚なお嬢様っぽく見えるが、一たび口を開けば、見るものすべてを失望させるプロレスオタクのガサツ女だった私が、ある日を境に見た目を裏切らない中身も可愛い女の子になったことで違和感を覚えたということらしい。……なんか、女としてずっと生きてきた私より、黒猫くんの方が女らしいと言われているみたいでムカつくんですけど?


「それにしても、好きな人ができると、女の子って変わるものなんだねぇ」

「ここまで劇的にキャラが変わる娘も滅多にいないだろうけどねぇ」


 えっ、今なんと?


「ちょっと二人とも落ち着いて」


 アオイちゃんは興奮気味に喋り続ける二人を制すると、グイッと身を乗り出し、鋭い眼光で私の顔を睨みつけて言った。


「それで、単刀直入に伺いますが……、黒猫さんはサシミちゃんの彼氏さんなんですよね?」


 ブフッ!と横でコーヒーを吹く音が聞こえた。かく言う私も一瞬、言葉の意味をつかみ損ねて呆然となる。あ、あれ?入れ替わりを疑ってたんじゃないの?


「ななななな何いってんだよアオイちゃん!!」


 ゴホゴホと咳き込みながら黒猫くんが絶叫した。それを小馬鹿にしたような、あるいは心底呆れたような様子で睨むアオイちゃん。


「まさかバレてないと思ったの?いい加減に白状しなさいよ彼氏が出来たって。あーイライラする!何でこんな大事なことを報告せずに隠してたわけぇ!?ホント頭にくる!!」


 やや怒気を孕んだ溜息を盛大に吐き出すアオイちゃん。この時になって、私はようやく目の前で起こっている事態を正確に理解した。


 つまりアオイちゃん達は、私たちの中身が入れ替わっていることには最初から全く気が付いていなくて、性格や嗜好が変わった原因は彼氏が出来たことだと考えていたのだ。そう考えると、JR大阪駅からここまで私を連行してくる間、アオイちゃんが私の腕ではなく、私の鞄のベルトを掴んでいた理由も理解できる。だって、許可なく親友の彼氏の腕をつかむボディタッチ行為なんてしたら、イエローカード間違いなしだもんね。


 そして、事態をここまでややこしくさせたのは、黒猫くんが女の友情における重大なルール『好きな人が出来たら速やかに親友に報告すべし!』を、たぶん知らずに破ってしまったからなのだ。だからこそアオイちゃん達は怒って尾行なんて強硬手段に打って出て、言い逃れの出来ない状況に追い込んだのだろう。


 しかし、そうと分かれば、この事態を収拾するは簡単。私たちが付き合っていると認めてしまえばいいのだ。


「降参するよ。蒼井さんの言う通り、俺たちは付き合ってます」

「えっ?ちょっと何を言って……」


 まだ状況を理解できていない黒猫くんは素っ頓狂な声を上げた。


「トロちゃん、貴女まだ白を切るつもり?」

「い、いや言ってる意味が分からないんだけど……」

「貴女が腕にしてる時計、彼氏さんから貰ったヤツだよね?」


 黒猫くんの右手にある時計を指さすアオイちゃん。黒猫くんは慌てて左手で右手にある時計を隠す。


「こ、これは元々自分の物だし……」

「また見え透いた嘘を。彼氏さんの腕に時計と同じ日焼けの型が残ってるよ?」

「ううっ、違うのに……」


 アオイちゃんの指摘した通り、私の腕には腕時計の形にぴったりな日焼け後がある。ちょっと涙声で黒猫くんは弱々しい反論を試みるが、事実はどうあれ客観的に見れば説得力はまるでない。一方、矛盾を追求するアオイちゃんは、まるで犯人を追い詰める刑事か探偵のようだ。サキちゃんとヒナタちゃんが更に追い打ちをかける。


「私、見たよ。地下鉄の車内で彼氏さんの時計を見つめて微笑んでるの」

「あれは紛れもなく恋する乙女の顔だったよ?」

「いつでも愛する人の存在を近くに感じていたくて、その時計してるんでしょ?」

「自分に正直になりなよトロちゃん」


 黒猫くんは、ハッと一瞬驚きの表情を見せたかと思ったら、今度は顔を赤らめて沈黙した。ようやく状況を理解したようだ。


「それで、二人の関係はどこまで進んでるんですか?」


 ヒナタちゃんが好奇心にギラギラと瞳を輝かせながら質問をしてきた。…と、ここで、私の脳裏にワルいアイデアが閃いた。私のことを、ガサツ女だとかプロレスオタクだとか馬鹿にしてくれたこいつらに、私たちのラブラブなリア充カップルぶりを見せつけて悔しがらせてやるのだ!


「そうだなぁ。密室で二人、体を激しくぶつけ合うような関係かな?」

「えっ!?……ふ、二人はもう既に、お、男と女の関係に!?」

「エ、エッチしちゃったのか!?」


 途端に目が点にになるヒナタちゃんとサキちゃん。顔が赤くなってる。実に初心な反応だ。


「ちがぁぁああぁうぅぅ!」


 突然黒猫くんが絶叫した。


「違うからね!エレベーターに閉じ込められた時、地震の揺れで二人揃ってもみくちゃにされたって話だからね!」

「あぁ、そういうことか!」

「ビックリしたぁ!」


 ほっと胸をなでおろす二人。余計なことをするなよ、話を合わせろよ黒猫くん。チッ、ならば次だ。


「でも、お互いの裸を隅々まで見せ合った仲ではあるんだよ?」

「えぇ!?裸を見せ合ったぁ!?」

「しかも、隅々までぇ!?」


 私は何も嘘は言っていない。体が入れ替わっているんだから、普通に生活を送っているだけでも自然とお互いの体を隅々まで見せ合うことになるんだし、これは否定できまい。


「そ、それも違うから!!」


 しかし、またしても絶叫する黒猫くん。


「ええと……、そ、そうだ。じ、実は私と黒猫くんは保育園の頃近所に住んでて、一緒にお風呂に入ったことがあるってだけだから!」

「なーんだ。そんなことか」

「ちえっ、驚いて損した」


 なかなか上手い言い訳を考えつくじゃないか黒猫ぉ!どうせなら、ここに来る前、JR大阪駅にいた時にその嘘吐き能力を発揮しろよなぁ!とか考えていたら、今度はアオイちゃんが、


「ふむ。つまり二人は幼馴染で、エレベーターに閉じ込められたことで、運命的な再会を果たしたということだな?」


 いや、確かに運命的ではあったんだけど、助け出された時のことを思い出すと、素直に受け入れ難いなぁ。


「ところでトロちゃん、彼氏さんとこれだけラブラブなのに、どうして私たちに報告しなかったの?……あと、何で今そんな意味不明に難しい顔してるの?」


 アオイちゃんに指摘されて見てみれば、黒猫くんの表情は苦い薬を口に放り込まれたかのような、実にビミョーな表情だった。たぶん私と同じく、助けが来た瞬間のことを思い出したのだろう。


「な、何でもないよ!……ええと、黒猫くんのことを報告しなかった理由だよね?」


 黒猫くんは手をパタパタと振って取り繕と、


「じ、実は……告白、まだだし……」


 顔を赤らめて俯いてしまった。


「えっ!もうお互いオッケーだと思ってたんだけど!?」


 私は絶句した。だって、エレベーターであんな事件に巻き込まれて、運命共同体になって、お互い力を合わせてここまで乗り切ってきたのに、もう絶対恋人同士だと思ってたのに……。そ、そうか、黒猫くんは告白みたいなハッキリとしたイベントがないとダメなタイプだったのかっ!……うわぁ、アオイちゃん達の視線を思いっきり感じる。ぐぬぬ……ならば、今、この場で告白してやるっ!


「サシミ!」


 私は黒猫くんの手を取ると、なかばば強引に黒猫くんの顔を上げさせた。さらにそこから目を逸らさせないよう、ありったけの気持ちを込めて黒猫くんの瞳を見つめた。緊張の為か、私の手の中で黒猫くんの手が小さく震えている。


「エレベーターに一緒に閉じ込められた時、最初は驚いたし喧嘩もしたけど、その後お互いに名乗りあったよね。……実はあの瞬間、俺は君に運命のようなものを感じたんだ。それからお互いの小さかった頃の話や家族の話、趣味や学校の友達の話、いろんな話をしたよね。その間に俺はどんどん君のことが好きになっていったんだ。お互い話が尽きるころには確信したよ。この人は運命の人だって!」


 言葉を区切って大きく息を吸い込む。黒猫くんの瞳が涙で震えている。


「だからサシミ、俺の恋人になってくれ!」


 黒猫くんは涙を指で拭いながら小さく頷き、


「は、はい。よろしくお願いします……」


 瞬間、アオイちゃん達がキャーと歓声を上げた。肩を震わせながら必死に涙をこらえる黒猫くんは、結婚のプロポーズをされて嬉し泣きする女の子のように見えた。アオイちゃん達が口々に祝福の言葉を黒猫くんに投げかける。なっ、何これ。予想したより大事になったような気がしないでもないんだけど……。


「アオイちゃん、ヒナタちゃん、サキちゃん、このことは学校では秘密にしてね!」

「まかせてトロちゃん。先生たち(・・・・)にはバレたら大変だもんね」

「トロちゃんの秘密は私たちが守るから!」

「約束するよ。女の友情に誓って!」


 むせび泣く黒猫くんの顔を眺めながらニヤニヤした笑みを浮かべるアオイちゃんたち三人。若干の不安を感じつつもピンチを見事に切り抜けられたことに私は胸をなでおろした。


 こうして私に人生初の彼氏(彼女か?)が出来たのだった。

 翌日、涙声で黒猫くんが電話をかけてきた。なんでも、朝、学校に登校してみると昨日のことがクラス全員に知れ渡っていて、女の子たちから次々と質問攻めにあったのだそうだ。教師に告げ口されることはないだろうけど、こうなることは私の中では予想通りというか予定調和というか……。黒猫くんにはちょっと同情するけど、あまりにも当たり前の展開に、これといって述べるべき感想も思い浮かばなかった。あえて言うなら、『黒猫くん、これが女の友情だよ!』ってことだろうか?

 まぁ、とにかく今回の一件で、黒猫くんは女の友情の厳しさを己が身をもって知ったのだった。

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