番外編3 狙われた二人
JR大阪駅の南ゲート広場はいつもようにビジネスマンや学生、観光客でにぎわっていた。私はスマホをいじったり、噴水時計に歓声を上げる観光客に目を遣ったりしながら待ち人が来るまでの時間をつぶしていた。待つこと数分。地下に通じる階段から四天王寺女子学園の制服を着た女の子が現れた。黒猫くんだ。黒猫くんは私をすぐに見つけると、軽く手を振りながら駆け寄る。
「サシミ、遅れてゴメン。待たせた?」
「大丈夫。私もちょっと前に来たばっかりだよ」
私と黒猫くんが入れ替わってもう三週間。それでも自分の姿をこうして男の子の視点から眺めるのは、やっぱ何か不思議な感じだ。入れ替わる以前は意識してなかったけど、私って、白いうなじの柔らかなラインとか制服の隙間からチラッと見える鎖骨とか、スラリと細い足とかが予想外にエロかわいいじゃん。
「それで今日の学校はどうだった?上手く俺のフリ出来た?」
「体育で野球をやったんだけど、ボールの投げ方がオカマっぽいって言われた」
「あー。体幹と腕のしなりを使わないで、肘の曲げ伸ばしだけで投げたのか」
黒猫くんはその場で私がやったのと同じヘロヘロの投球フォームを再現して見せた。
「そう。正にそんな感じ。でも、爆笑されただけで、それ以上は何もなかったよ」
「じゃあセーフかな?まー俺も元々野球は得意じゃないしね」
「でも、ヘタクソ過ぎてちょっと心配なんだよね」
「だったら今度の日曜日、キャッチボール練習でもしようか?」
「うん。今回は冗談だと思われたけど、こういう小さなことからバレる可能性もあるかもしれないしね」
「黒猫くんの方はどうだった?」
「特に疑われている様子はなかったなぁ」
「ホントに?」
「うん。結構上手く演技できてた思う」
確かにそうかもしれない。黒猫くんが高い演技力を持っていたとしても、そんなに驚くことではないのかもしれない。だって、黒猫くんの部屋にある大量の楽譜や小説の数からも、黒猫くんが感受性の豊かなタイプだってことが想像できるしね。
「でもさぁ、女の子のフリするのって、凄い疲れるよなぁ……」
「そうかなぁ。私は男の子のフリしてても疲れないよ?」
「え、何で?」
「だってコスプレしてるみたいで楽しいじゃない」
そうなのだ。実は私は最近、男の子のフリをするのが楽しくなってきているのだ。最初こそボロが出ないように必死だったけど、余裕が出てきた最近では、コスプレ感覚で私の思い描く理想の男の子を演じて楽しんでいたりする。加えて元の素材が良いところも尚一層気分を盛り上げてくれているのだ。
「う~ん。良く分からん。俺、変身願望とか特ににないからさぁ」
「えー。女の子になれるなんて滅多に無いんだから黒猫くんも楽しめばいいのに」
「そ、それをすると男としてのアイデンティティがだなぁ……」
「いいじゃん別に。悩むようなことでもないと思うよ?」
「普通は悩むと思うんだけど、ま、まあいいや。……それより、そろそろ移動しない?」
「オッケー。じゃあ、どこか座れるところに…………ん?」
その時、黒猫くんの背後に、こちらに急接近する三人の女の子の姿が見えた。全身に戦慄が駆け抜ける。ちょ、まさかあれは!?
「トロちゃん!」
肩を叩かれて後ろを振り返った瞬間、黒猫くんの表情は驚愕により凍り付いていた。かく言う私も突然の闖入者に一瞬思考がフリーズする。
「ななな、何でアオイちゃんここにいるの!?」
激しく混乱しているのか、黒猫くんの声はすっかりが裏返ってしまっている。
「もちろん買い物の為だよ。たまたま梅田で買い物する用事があって、たまたまトロちゃんを見かけたから声をかけただけだよ?」
あくまでも偶然であることを強調するアオイちゃん。明らかに嘘だ。しかも仮面のように貼り付けた笑顔。こ、怖い……。
「ところで、そちらの方は誰?」
「し、知らない人!道に迷ってちょっと尋ねてただけだけ――」
「嘘だよね?東梅田から見てたけど、トロちゃん、ここまで迷いなく歩いてきてたよね?」
言下にピシャリと発言を否定するアオイちゃん。うぐっ、とか変な声を上げて言葉を飲み込む黒猫くん。知らない人ってオイ、もう少しマシな言い訳しろよ!
「それで、この人とはどんな関係なの?」
「ええと、ちょ、ちょっとした知り合いで――」
「週に少なくとも三回も会っているのに?」
黒猫くんはまたしても、ひぐッ、と変な悲鳴を上げた。完全にアオイちゃんの勢いに飲まれてしまっている。ヤバい。私たちが頻繁に会っていることまでバレてんじゃん。とか考えていたら、今度はこっちを振り返るアオイちゃん。
「初めまして。トロ……妻戸さんの友人の蒼井葵です」
「ど、どうも初めまして……」
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「つま……、黒猫大和です……」
声が上ずる。駄目だ!私もアオイちゃんの勢いに気押されてる!
「くろねこ……とても珍しいお名前ですね。あの、立ち話も何ですので、どこかで座ってお話しませんか?」
そう言うとアオイちゃんは後ろに控えていた二人に目配せを送る。分かったとばかりに小さく頷く二人。二人は黒猫くんの左右両脇に別れて立つと、それぞれ一本ずつ黒猫くんの腕を両腕でガッチリと掴んで抱え込んだ。
「ちょ、何を――」
一拍遅れて状況を理解した黒猫くんは身を捩って脱出を図ろうとするも、もはや手遅れだった。黒猫くんの身柄確保を確認したアオイちゃんは、今度はつかつかと私に歩み寄り、私が肩から下げていたカバンのベルトをギュっと握りしめて――、
「お時間、ありますよね?」
口元に笑みを湛えてはいるものの、目はまったく笑っていなかった。それは拒否することを一切許さぬ威圧感。かくして私たちは近くのスターバックスへと連行されていくのであった。
次回掲載は 2017年09月07日 木曜日 を予定しています。