表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

番外編2 疑惑の少女を追え!

「トロちゃん。この後、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」


 放課後、私はいそいそと教科書を鞄に詰めて帰り支度をするトロちゃんを呼び止めた。


「ごめんアオイちゃん。今日は予備校の授業があるからちょっと無理だ」

「そっか、仕方ないね。それなら明日付き合ってくれる?」

「オッケー。じゃあ、また明日ね!」


 そう言うと、トロちゃんは鞄を肩に掛け、軽やかな足取りで教室を飛び出していった。怪しい。その後ろ姿を疑惑に満ちた目で見送る私。振り返るとヒナとサキも不審な目で彼女を見ていた。


「二人ともどう思う?」

「絶対に怪しい」

「明らかに何か隠してるっぽいよね」


 私の疑念に応じるように二人は同意して見せた。やはり。トロちゃんへの違和感は、ミステリ小説を愛読する探偵脳な私だけでなく、二人にも明らかなようだ。さらに私の観察したところ、トロちゃんが急いで学校を後にするのは週の中で火曜日と木曜日と土曜日、この3日間だ。そして今日は火曜日。私の予想では、トロちゃんはこのあと誰かと待ち合わせをしている可能性が高い。


「準備はいい?予定通り尾行を開始するよ」

「何かワクワクしてきた!」

「美少女探偵団出動だね!」

「美少女ってのは誰?ヒナタじゃないよね。ひょっとして私?」


 さりげなく自分が美少女だと主張するサキちゃん。うわぁ、厚かましい(笑)


「サキちゃんが美少女なら世の中美少女のバーゲンセールだよ!」

「じゃあ少女探偵団ってことで……」

「えっ、サキって女の子だったの?」

「いい度胸だヒナタ。表へ出ろ!」


 こうして疑惑の少女を追って、私たちの尾行劇が始まった。


 学校を出たトロちゃんの足取りは、迷うことなく真っ直ぐ最寄り駅である四天王寺前夕陽ヶ丘駅へと向かっている。急いでいるのか歩く速度は結構速い。私たちは気付かれないよう25メートルほど後ろを、制服を着た学生たちに紛れながら後を追う。しかし、今のところトロちゃんが尾行を警戒している様子はない。


「ところで確認するけど、二人はトロちゃんが変なことに気付いたのはいつ頃?」

「トロの雰囲気が急に変わったなぁって感じたのは二、三週間位前からかなぁ?」

「私もそれくらい。何か急に普通の女の子っぽい感じになったというか……」


 トロちゃんの変化の時期は、二人の意見も私とほぼ同じか。私の感覚では、トロちゃんが変わったのは、この前あった大きな地震のすぐ後、約三週間前からだ。そしてサキちゃんの『普通の女の子っぽい感じに……』という発言。言われてみれば確かにそうだ。じゃあ、何で普通の女の子っぽくなったと感じるんだ?ううむ……あ、そいうえば!


「トロちゃんって最近プロレスの話を全然しなくなったよねぇ!?」

「あ、そうだ!以前は聞いてもいないのにペラペラとプロレスネタを喋ってたのに、それが今はないんだ!」

「プロレスオタクキャラが無くなったから、普通の女の子っぽく感じたのかぁ」


 確かにその通りだ。でも、それだけだろうか?トロちゃんはおしゃべり好きでよく笑う明るい性格の女の子だ。それは今も変わらないんだけど、以前のトロちゃんと今のトロちゃんの間には何か劇的な変化があったように感じる。極端に言えば、別人になったと言っても過言ではない程に、って、さすがにそれはないか?……とか考えたいたら、視界の中で捉え続けていたトロちゃんが、地下鉄の駅に降りる階段の少し手前で急に立ち止まった。


「ヤバい。気付かれた!?」


 慌てて建物の陰に身を隠す私たち。しかし、トロちゃんは後ろを振り返るでもなく、視線は六車線道路を隔てた向こう側に向けられている。何を見てるんだ?


「なんか星高を見てるっぽいね」


 言われてみれば、道路を隔てた向こう側の誰かを見ているのではなくて、大阪光星学院高校の建物そのものを見ている感じだ。


「あ、動き出した」


 しばらく男子校の校舎をじっと見つめていたかと思うと再び動き出すトロちゃん。地下へと続く階段を下りていく。今度こそ地下鉄に乗るようだ。私たちもトロちゃんを見失わないよう急いで駅への階段を降りてった。


 梅田方面へ向かう電車に乗り込むトロちゃん。つり革をつかんで、ぼんやりとした表情で窓の外に広がるトンネルの風景を見つめる。私たちはそれを隣の車両から遠目に観察する。妙に憂いを帯びたその表情は何かに思い悩む乙女って感じだ。


「ねぇ、トロちゃんが変わったと思う点について、具体的にどんなのがある?」


 二人は黙ってう~んと考え込むと、


「そういえば、急に音楽に詳しくなった!」

「前は流行りものはとりあえず聴いてるって感じだったのにね」

「最近は私が知らないバンドとかにもやけに知ってるし」

「確か、先週みんなでカラオケ行った時、トロちゃん、アニソンを一つも歌わなかったよねぇ?」

「そうだよ。それどころか、今まで聴いたことのない英語の曲を歌ってたよな?」

「しかもメチャクチャうまかったよね」

「なぁ、トロってアオイと同じアニソン仲間じゃなかったっけ?」


 思い出してみればその通りだ。前回、トロちゃんは一曲もアニソンを歌わなかった。トロちゃんの歌があまりに上手かったから、そのことばかりに気が行ってすっかり忘れていた。でも、考えてみたら、これまでのトロちゃんの歌の持ちネタのほとんどがアニメソングで、タイガーマスクとキン肉マンは一緒にノリノリでデュエットしてたのに、それが前回はなかったのだ。トロちゃんとはアニソンで心が繋がったソウルメイトだと思っていたのに……地味にショックだ。というか、裏切られたような気分で、何かムカムカしてきた。


「あと、オシャレとかも以前より意識するようになってきてる気がする」

「具体的にはどんな風に?」

「例えば今朝だったら、私がマスカラ付けてきたのに直ぐ気付いたし……」

「嘘っ、信じらんない。生ものとかが空から降ってくるんじゃない?」

「確か前回はアピールしてたのに全然気づかなかったよね?」

「うん。それどころか『目に埃でも入ったの?』とか言ったんだよ?」

「うわぁ、そりゃまた酷い」


 うん。確かに酷い。でも、トロちゃんらしいと言えばトロちゃんらしいエピソードだ。


「まぁ、オシャレに目覚めたんならそれはそれで別にいいんだけどね」

「でも、言われてみれば、ホント、急に変わったよねぇ」

「実は別人だったりして、意識を宇宙人に乗っ取られたとか……」

「アオイ、アニメとか映画でそういう感じの話ってない?」

「う~ん。宇宙人ってことならSFホラーで『光る眼』って作品があるけど、あれは乗っ取りというより托卵だからなぁ。姿は同じだけど別の存在になってしまうというなら小野不由美の『屍鬼』かなぁ。これは宇宙人じゃなくて人間が吸血鬼に変わる話だけど……。あ、因みに『屍鬼』はアニメ化もされてるから小説読むのが面倒くさいならアニメを見るのもいいよ。面白いからおススメだよ」


 余談だけど、小野不由美の小説『屍鬼』の元ネタはスティーヴン・キングの小説『呪われた町』で、物語の舞台設定とかストーリーが元ネタとほぼ同じであったことから、発表当初は、こんなのオマージュじゃねーよ!悪質なパクりだよ!と批判する人もいたらしい。でも、私としては元ネタの『呪われた町』と違って吸血鬼=悪みたいな単純なキリスト教的善悪二元論で描かれていなくて、人間も吸血鬼も葛藤を抱えているところが好きだったりする。


「まぁ、アニメはともかく、問題はトロが急に別人みたいに変わった原因が何なのかだよね……」


 おふぅ。『屍鬼』について熱く語りたかったのに、さらっと流されちゃったでござるよ、とか思っていたら……。


「ねぇ、二人とも。あれ見て!」


 ヒナタちゃんに促されて、隣の車両にいるトロちゃんに再び視線を戻す。さっきまで窓の外に広がる暗いトンネルの風景を虚ろな瞳で見たいたはずのトロちゃんは、いつの間にか今度は自分の腕に巻いた腕時計を見つめていた。確かあれは先週くらいから付けている腕時計だ。大きくて武骨な印象を受けるそれは明らかに男物の時計で、トロちゃんの細い手首にはベルトを一番きついところで止めてもブカブカだった。


「なんか笑ってるように見えない?」

「本当だ。笑ってる」


 確かにトロちゃんの横顔は唇の端が少し吊り上がっていて、腕時計を見つめる眼差しはとても穏やかだ。これらを合わせると、腕時計を見て何かを思い出して微笑んでいるように見える。女子高生が持つにはあまりに不似合いな腕時計を大切そうに見つめる理由。……ふむ。成程。トロちゃんが突然別人のようになった理由。その答えが見えてきたぞ……とか考えていると、電車は東梅田駅に近づき減速を開始した。扉の前に移動するトロちゃん。私たちも慌てて降車の準備をする。


 電車を下りたトロちゃんは改札を出て、人混みの中を左手方向に歩き始めた。ええと、確かこっちはJRの大阪駅がある方角……だと思うんだけど、土地勘がないので自信がない。トロちゃんの家は吹田にあるから、家に帰るなら阪急電車の方に進まないといけないはずなんだけど、これで方角は合っているのか方向音痴の私にはさっぱり分からない。加えてここは悪名高き梅田地下街。日本有数の巨大地下街(ダンジョン)なのだ。


 梅田地下街は、御堂筋線と四つ橋線、谷町線と阪神電車の駅を抱えており、さらに複数のショッピングモールと複数のデパ地下が沢山の通路で繋がれていて、一見さんには優しくないことこの上ない巨大迷宮(ダンジョン)なのだ。だから、初心者冒険者ではダンジョン内を歩いて目的地にたどり着くことはほぼ不可能で、地上の最寄り出入り口からアプローチすることが推奨されていたりする。ちなみにこの巨大ダンジョンには数多くの飲食店が軒を連ねており、和、洋、中に留まらず世界中のマニアックなエスニック料理を食べることができるらしい。


 梅田の巨大迷宮で食べるご飯はやっぱりダンジョン飯?……なんて冗談を考えている場合ではない。


「ヤバい。見失いそう……」


 初心者冒険者であり、且つ方向音痴でもある私は、東梅田駅の改札を出た時点で早くも方向感覚を失っていた。一方のトロちゃんはごった返す人混みの中をまるで縫うように進んでいく。その確かな足取りは熟練冒険者のそれだ。

 私たちは人混みの中に現れては消えるトロちゃんの後ろ姿を必死で追った。そして、どこをどう進んだのかさっぱり分からなくなるほど歩いているうちに、いつの間にか地上へと出ていた。ザーッと水の流れ落ちる音がした。すぐ近くに噴水時計が見える。ええと、たぶんここはJR大阪駅の南ゲート広場だよね。トロちゃんはどこかなっと周囲を見回すと……。


「居たよ。あそこ!」


 ヒナタちゃんが指さす先には、大阪光星学院高校の制服を着た見知らぬ男子に駆け寄るトロちゃんの姿があった。謎の男子と何やら会話を交わすトロちゃん。かなり親しげな感じだ。やはり私の推理した通り、誰かと待ち合わせをしていたか。しかも相手は男子じゃん。


「どうする?このまま様子を見る?」


 サキちゃんが私に問いかけてきた。一瞬躊躇するも私はすぐに首を横に振る。だって確かめなければ。トロちゃんが別人のように変わったその答えが私たちの目の前にあるのだから!


「あの二人に突撃しよう!」

「マジで!?」

「大胆!でもどうするの?」


 二人の目は好奇心にギラギラと輝いていた。こいつらノリノリだな!


「とにかく、まずは二人を逃がさないこと。サキちゃんとヒナタちゃんはトロちゃんを確保して。男の子の方は私が何とかするから」

「任せて大丈夫?」

「うん。大丈夫。絶対逃がさないから」

「信じてるぞアオイ」


 私たちはお互いの顔を確かめ合い、気持ちが一つになったのを確信した。トロちゃんの方に再び視線を向けるとこちらに気付いた様子はなく、まだ謎の男子と何か話している。私は隣に並ぶ二人に視線を送り呼吸を合わせ、突撃の号令を放った!


「行くよ!」

次回掲載は 2017年09月05日 火曜日 を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ