寄る辺有る身
パスガノ中央宮殿の中、ベッドの上で微動だに出来ず突っ伏すゲンゾーがいた。
(またこのパターンかの、とほほ……)
ケウデスとの死闘を経た後、文字通り倒れたゲンゾーはそのままソペクネフェルに担がれて宮殿に保護され、彼に治癒してもらったが魔力不足の為に現在に至る。
エレンが行ったブーストヒールはあくまで身体能力を底上げするだけであり、魔力は自分の身体で精製せねばならない。
故に二度も魔力不足で倒れたゲンゾーに、更にブーストすれば更に無茶を重ねる危険性がある。
(曰く、『バッカじゃないの!?』……いやはや、返す言葉が無いの)
他の皆も宮殿に泊まる事になった現在、矢張りゲンゾーは一人である。
(………いや、一人では無かったか)
ぴぃぴぃと小鳥の鳴き声がする。
僅かに首を動かすと、そこに竜胆がいた。
竜胆はぺふぺふと仔猫の肉球をゲンゾーの頬に当て、ゲンゾーは何とか竜胆を撫でてやる。
「………子を託す、か」
この聖獣がどのような存在になるか、それは分からない。
ただ、託された以上必ず一人前に育ててみせる、そう覚悟を決めていた。
「………?」
と、竜胆の喉を撫でていると僅かにノックの音が聞こえ、セレが顔を覗かせた。
「ゲンゾー様、お加減はいかがでしょうか?」
「あまり良いとは言えぬな。しかし詮無き事よ。心配有難い」
ゲンゾーの魂の気配を頼りにベッドのそばまでセレは歩み寄り、心配そうにゲンゾーを見つめ、しかして命の輝きを強く増したゲンゾーに安堵もする。
「この調子ならば、明日には立てますよ」
「それもまた有難い。いやはや、とんだ回り道をしていたものよ」
随分と苦労したが、得られた物も有る。
しかしそれが何かは分からない。
何を失って何が生まれたか、それは後になって振り返った時に気付くだろう。
(その時に儂自身悔いの無い選択と、胸を張れれば良い。張れぬなら笑い飛ばすまでよの)
どうせとんだお節介で来た世界だ。
と、半ば開き直った様に笑い、セレに向かう。
「今日は助かったぞ」
「私は……何もしていません」
「いや、御主がいたからこそあの拳士は最後に救われた。儂一人では叶わなかっただろうよ。彼の尊厳を守ってくれた事、心より感謝する」
「………」
「これも其方の心が読める力のおかげやも知れぬな」
「!」
その一言にセレは凍り付いた。
「えっ……やっ……」
(いつ頃気付いたか、かね?)
「!」
敢えて心の中で呟かれたその言葉に更に動転する。
しかし構わずゲンゾーは続けた。
(まぁそれは日頃の観察で憶測はしていたのだがな、矢張りネフティス殿が幾つもらしい事を示唆しておったからよ)
「………」
(浮かぬ表情よな。察するにその力を疎まれて来たのかね?)
「せっ、精霊殿の皆さまはそんな人達じゃありません!」
(分かっておる。そして更に分かっておるとも、其方以上にな)
「?」
言われた言葉にセレは首を傾げた。
(其方の力は市井では疎まれたやも知れぬ。しかしだ、敢えてその力を強く持って欲しいのだ)
ゲンゾーは静かな眼差しで思いを伝える。
(それはきっと苦しかろう。心を失いそうになるやも知れぬ。だがな、その人の心が分かる力は、きっと人の隠した痛みを見つけ得る。誰よりも優しくなれる力だと思うのだ)
何より、と。
(その力を望めるのは……きっと其方だけだろうからの)
優しい思念と共に届いたその言葉は、虚飾が無かった。
それは当然だろう、『心に思った事』だからだ。
(この人は……)
今迄出会った人々とは一線を画していた。
セレの能力に同情し、優しくそして対等に接してくれたのが精霊殿の歴々だ。
それは確かな救いになり、世を恨まず生きれた理由である確かな存在だ。
しかし、同情を示すことはせず、在り方を肯定してくれた人物はゲンゾーが初めてだった。
セレは複雑そうに笑い、漸く合点が行く。
(そうか、この人は……個人の在り様を肯定し続けて、そして光有る場所に連れて行ってくれる人なんだね)
人の生まれ持った物を決して否定せず、助けるべき所を無理なく助ける。
例え何者だろうと尊厳を守り、人が美しいと感じる物を守り続ける。
あらゆる在り様を肯定し、見守る。
ただの黒に染まった領域ではなく、瞬く星々を抱えた広い夜空の様な黒。
それが心の中に見えた。
「………」
そっとゲンゾーの額に口付けし、セレは微笑む。
「私からも祝福を重ねがけしておきます。ゲンゾー様、ありがとうございます」
「はは、ここは儂が礼を言う所だろうに」
と、セレは力無く放り出されたゲンゾーの掌を握る。
「今日は共に床に就いても宜しいでしょうか?」
「藪から棒だな。理由を聞いても良いかね?」
「私も僅かながら魔力放出が可能です。お早い回復になるかと」
「……女子が妄りに男と床に就きたいと言うでない、と叱るべきだろうが、甘えさせて貰おうかの」
情けないと同時に有難いとも思いながら肯定し、セレはゲンゾーの手を胸元に寄せて横になる。
直接繋いだ掌から、無限に受け入れられる広い夜空を見る。
ただただ広がり続けるその夜空は、誰を拒む物では無かった。
僅かでも彼の力になりたい、そう願いながら、夜空を望む夢に向かった。




