わたしのきおく
セレの見る記憶は誰のものかは分からない。
ただ感情を同じくしているから分かる、この記憶の持ち主はケウデスに対して悔いを残しているのだと。
柔らかくまだ幼いケウデスの頭を撫でる病床の何者か。
「ありがとうケリィ。今日は体の調子も良いからお話してあげれるわ」
「ううん、ダメだよ姉さん。ちゃんと休んでて。ご本読むのは大丈夫かもだけど、またこないだみたいに熱出たら大変だもの」
無邪気に笑み、頬を膨らませたりと、その表情は豊かでとても柔らかい物だった。
と、怨嗟の声も響く。
『わたしのおとうと。むくないのち。げかれのないそんざい』
(……?)
景色は流れ、時間が変わる。
夜、誰かの声が響く。
「……様のご容態は?」
「芳しくありませんな……我々も身の振り方を考えねば……」
「弟君は壮健なれば、家督をお譲りすれば良いものを……」
「それがどうにも、ベリシード家の者が先代様にな……」
「なんと……初めから仕組まれて……」
「しっ……お声が大きいですぞ……」
足音が遠ざかり、誰かの声も消えて行く。
『きたないきたないきたないきたないきたないきたないきたないきたない』
再び景色が変わり、青年になったケウデスが恭しく礼をしていた。
「本日より宮廷衛士としてお仕えさせていただきます、御当主様」
「ケリィ、今は二人しか居ませんので姉と呼んでくださいな」
「……ホントはそういう訳にもいかないんだけどね、姉さん」
やれやれと困った表情で応え、軽く額に手を当てる。
「熱は……今日は大丈夫みたいだね」
「ええ、やっと貴方が帰って来たんですもの。不調なんてどこかへ飛んで行ってしまったわ。ビューロー流免許皆伝、おめでとう」
「……まぁ俺は姉さんの側に居る口実として宮廷衛士としての技量を身に付けただけ……誰か来る」
と、途端に固い表情を作るケウデス。
そして身を糺した瞬間、乱雑に戸が開いて筋骨逞しい男が現れた。
男はケウデスを見遣って軽く鼻を鳴らし、恭しく礼をする。
「お初にお目にかかります公爵、本日より宮廷衛士としてベリシード家にお仕えさせていただきます、パウロです。以後お見知り置きを」
そして何かを言い出す前にパウロと名乗った男はちらりとケウデスを一瞥して続ける。
「しかし公爵も情に厚いお方で。我ら宮廷衛士の中でも跳ねっ返りと謳われたこの小僧め、弟御だからとお抱えに任命なさるとは」
「何……?」
ケウデスは剣呑な雰囲気に変わる。
自分が侮辱されたからではない、姉であろうこの記憶の持ち主を侮辱されたからだ。
「貴様……御当主様にそのような無礼な言葉、もう一度『稽古』を付けて欲しいのか?」
「ふん、まぐれ勝ちをいつまでも誇りおって……」
何かしらの因縁が有る二人なのか、敵愾心を剥き出しに睨み合う二人。
そして記憶は再び乱れていく。
「そんなに……なら………に…稽古……」
「面白………受け…………吠え面…………」
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいかないでいかないでいかないでいかないでいかないでいかないでいかないでいかないでいかないでいかないで』
変わる景色には、
(ひっ……!)
醜悪な男が覆いかぶさっていた。
記憶を共有し、感覚を統一しているせいで分かる。
この男がその記憶の持ち主の柔肌に悍しく触れていると。
「ひひっ、今日こそだ……!やっとあの小うるさい弟を引き剥がせたんだ……!お前の事がずっと気になってたんでなぁ……わざわざ宮廷衛士達を大量に掻き集めた苦労があったんだ、ちゃんとそれに報いてくれよ!」
「い、嫌……!」
恐怖心と不快感が脳髄を駆け巡り、景色は乱れても鮮烈な嫌悪感と激痛が身体を支配する。
乱れる景色の中、最後に響いたのは、
「姉さあああああああああん!ぎざまああああああああああああああああ!」
獣の様な雄叫びと、何かがぐちゃりと潰れる音だった。




