託宣とその判断
当の隠れるゲンゾーは充てがわれた部屋で倦怠感の残る身体に違和感を感じていた。
治癒によってグリンブルステインとケウデスとの戦闘の傷は癒えたが倦怠感はまだ消えない。
(どうした事だ、この倦怠感は)
トレーニングでもしながら待つかと思ったが、この倦怠感はなかなか抜けず、後々を考えて大人しくしようと決心する。
セレは同じ部屋で椅子に腰掛けて窓から空の方角に向いている。
暇な為にそうしているのかとそんなセレを見遣り、取り敢えずとゲンゾーは話しかけた。
「セレ嬢」
「?」
「時間を持て余しているのならば二、三伺いたい事が有るのだが……」
「はい……」
「儂の呼び名、うむ、そう、『黒檀の拳士』とやらは何かね?分かる範囲で教えてくれぬか?」
「……」
セレは僅かに迷い、応える前にゲンゾーの思考を読む。
(何ぞよく分からぬ話に周囲だけ盛り上がられてものう。知っておけば上手く利用出来るやも知れぬしな)
「……」
あくまで自分を有効活用する為の材料としているのだが、ゲンゾーはそれを無意識にしている。
とても若者の考えらしくなく、達観した様な思考にセレはやや迷い、しかしそこに悪意が無いと悟って話す。
「そのお話をするのならば、まず白樺院と言う魔力観測を行う神殿について話さねばなりません」
「聞こう」
ゲンゾーは居住まいを正し、セレは続ける。
「白樺院とは魔法使いなどの膨大な魔力を孕んだ存在や特異体質の存在を観測し、記録する機関です。彼らはあらゆる勢力と中立を貫いておりますが、世界規模の危難に備えて行動する秩序機関でもあります」
「成る程、政治レベルではなくあくまで災害としての危難に備える機関の様なものか」
有り体に言えば地震観測や超低気圧を観測する機関の様な物だ。
災害を未然に防ぐのは無理だが、その予測が行われるのと行われないのでは被害は雲泥の差だ。
「して、その白樺院が黒檀の拳士なる物を物を観測し、危難の影有りと?」
セレはゆっくりと首を振る。
「半分正解です。白樺院は先ず来たる動乱を観測しました」
「動乱?」
「……邪神タリオスの復活です」
邪神タリオス。
特に信心を持ち合わせていないゲンゾーからは誇張に聞こえる話さえも、この神は所謂絶対悪とは理解出来た。
古くより光を背負い、かつては崇められたが人の生きる世界が広がるにつれ、酷い横暴の限りを尽くしたという。
支配から逃れる人間たちを恐れたのだ。
そして自らの脚で立った人間たちの内幾人かの勇者によって討たれ、封印されたと言う。
「……あくまで封印だったと?」
「はい」
その封印された場所は決して明かされ無かったが、その封印が弱まったと観測されたとセレは応える。
「しかし同時に特異体質の誕生も観測され、白樺院はこの特異体質がタリオスと立ち向かう存在とも観測しました」
「……それが黒檀の拳士、か」
セレは首肯して続ける。
「無手にてあらゆる魔導を無効化。そして強く、何者にも与せずあくまで人々の命を守る為にその拳を使う。政に利用すれば、その拳は返す拳と化す。そう白樺院は星読みにて観測されました」
「とんだ跳ねっ返りよの、その黒檀の拳士とやらは」
苦笑して頬をかき、幾らかか合点が行く。
ネフティスの言に寄れば黒髪は特異体質の証であり、自分の属性はあらゆる魔術的干渉を無効化してしまう。
成る程確かにこれは件の拳士と言われても信じられる。
(しかし儂はそんな眉唾な予言やらは、余り信じぬでな。信じるは儂自身と守るべき物よ)
そしてゲンゾーは決められた未来などとは信じない。
自分の信念を信じ、そして自分を信じた者を守る。
風評を使った新たな手をと別の戦い方を考える中、セレが少し唖然としているのに気付いた。
「どうしたのかね?」
「……信じないのですか?」
「うむん?」
セレが心を読める事を知らないゲンゾーは十中八九自分であると言われた事を信じていないのかと思われたと理解し、応える。
「いや、信じる信じないではなくな、儂は儂だ。その邪神とやらと事構えるべきだと判断すれば構えるが、必要無ければ構えん。儂は儂に出来る事、そなたらを守ると言う責を果たすのみよ」
これだけでも簡単な話ではないかも知れない。
それこそこの世界に来た理由である存在が、この精霊殿の面々の中にそもそも居ない可能性だってある。
だが、求められた以上必ず応える。
「意図的に目を逸らすつもりは無いが、未来に禍根を残す結果さえ産むやも知れぬ。生き苦しいだろうし、そもそもそんな些事、儂でなくても構わんかも知れぬ。しかしな」
と、一息。
「『今この場』は、儂が生きる時間であるし、其方が生きる時間だ」
決められた未来など信じない。
そもそも分からない先の事を考える事自体無駄だ。
ならば今を大切に生きてひたすら目的を果たす。
邪神と事構えるのはそういった事を成してからの二の次だ。
故に、ゲンゾーはその託宣を聞いた所でその外聞を利用する事以外考えつかなかった。
(なんと不信心者かよ、儂は)
この時代でこんな考えは大丈夫かとセレを見返し、セレは呆けた表情でゲンゾーを見返す。
「……自分にしか成せない力であってもですか?」
「何を言う。世界とは個人の知覚する範囲の事。それを守る価値が無いと判断すれば守る必要などない。そもそも世界の命運を人一人に託す事自体甚だおかしいと思わんかね?」
常識が無く、しかしそこに良識が有る言葉だ。
ゲンゾーはこう言っているのだ、託宣など信じない、守るのは個人の勝手、そして自分はあくまで守りたいから守っているのだと。
(…………精霊様の仰った通り、この方は……)
小さく納得し、ゲンゾーの前で初めて、見える形の笑顔を見せた。
「ゲンゾー様は良いお人なのですね」
「……儂の話、ちゃんと聞いておったのかね?」
何故か感心されたとゲンゾーは頬をかき、セレは安心したような笑顔を浮かべた。




