愚者は始まりの鐘
「街に行こうぜ!」
エリルがそんなことを言い出したのが始まりだ。
場所は塒の廃屋、取引で得た薬学書を読んでいたゲンゾーは怪訝な表情でエリルを見つめ、掃除をしていたチコは露骨に表情をしかめる。
「お一人でどうぞ。帰って来なくても構いません」
「良くない。そして何だエリル、藪から棒に」
薬学書をぱたんと閉じ、ゲンゾーはエリルに向かう。
「いやさ、俺たちなんだかんだで聖都を目の前にしときながら街の中には入った事ねぇじゃん?」
「ここも一応聖都の一部だかな、城壁の外だが」
「茶々入れんなよゲンゾー」
「して、物珍しさ知りたさに壁の中へ?」
「おう!俺ぁド田舎しか知らねーしそろそろ街ってのに入ってみてぇんだ!」
臆面なく言う事がエリルの美徳ではあるが、かと言って同意する理由にはならない。
ゲンゾーは二人を守る事を重要視するし、チコはそもそも要らぬ事に興味を持たない現実主義な所が有る。
(民主主義に則れば多数決で即否決、だが)
ふむ、と考えてゲンゾーは言う。
「良かろう、儂も行く」
「……兄さまが行くなら私も参ります」
「おっしゃ!そう言うって思ってたぜ!」
エリルはガッツポーズを作り、ゲンゾーは思索する。
(ここで禁じればエリル一人で行きかねん。ならば儂も同行する形で何とか納めねばな。さて、街へ如何に潜入するか…………む?)
と、エリルは木簡を掲げていた。
「へっへー、これなーんだ?」
「ほう、街への通行許可証か」
どうやってか街へ入る手段を得ていたエリルは自慢気に鼻を鳴らし、やれやれとゲンゾーは覚悟を決める。
「好し、ならば街に入っても怪しまれぬ小綺麗な格好で行こう。そら、エリル、先ずはお前の頭を洗わねばな」
「うー……俺水に濡れるの嫌いなんだがよぅ」
「では諦めましょうそうしましょうええ兄さま今日は私が料理を作ります」
「そう矢継ぎ早に否定するでないチコ。エリルの次に御主の髪も梳かしてやるでな」
「エリル、早く頭を流して下さい」
「手のひらクルー!」
やかましくも三人して街に向かう準備を始めた。