第6話 凡ミスと魔物
大人の居ない村。
最初に見た二人以外にも、ここに居るのは孤児ばかりらしい。
魔族王ペルセンダが個人の事情で孤児を集めて、魔物から防衛する為に辺り一帯に隠蔽系の魔術をかけた。
今の状況だとそれがしっくり来る。
もちろん疑問は色々あるが……
「ねぇあれ何?」
レアトリが木造の四角い建物を指さす。
「ただの食糧貯蔵庫だろ。街から離れているし、ここに子供らの分でも貯めてんだろ」
「へぇ、大きいのね」
確かに大きい。
イメージ的にはこの村に必要な量の軽く三倍はある。
「地面の跡はまだ新しいね。最近補充したのかな?」
ルンナが貯蔵庫の周りに残された馬の蹄と馬車の跡を見て言った。
「各地への食糧配給は最近だったからな」
「なんで分かるの?」
「この前部長から添付データで来た」
レアトリの推薦を貰うと部長に連絡を送った際、返事で来たメールに添付されていたのは食糧配給に関する記録だった。
魔族領随一の食糧生産率を誇るアテドル国は、定期的に各地へ食料を配給している。
道中に起こる魔物の襲撃等を考量して、それを運搬する仕事も時々魔王軍にあるくらいだ。
当然魔王軍にも食料は配給される。
何もどれだけ仕入れたかは、一応魔王軍でも管理していた。
ただし結構ずさんな管理の為、間違いがあっても意外と気がつかない。
魔装具や魔具の開発に関する高価な素材ならまだしも、定期的に配給される食糧の仕入れ量など誰も見ていないのが現実だ。
「部長から? そんなデータをなんで?」
「………気まぐれじゃないか?」
ルンナにそう返すとジト目で睨まれた。
その視線に肩を竦める。
別に何も悪いことはしていない。
まだ……
「何もない。普通の村ね」
レアトリが眠そうに欠伸交じりに言う。
確かに大人が居ないこと以外は普通の村だ。
孤児を集めて保護している。
そう思えば三人の中でも、最も優しいと称されるペルセンダ王らしいと言えば彼女らしい。
「グラム。何か聞こえない?」
ルンナが村の外を見つめている。
彼女にそう言われて魔力を耳に集めた。
聴力強化を行い、森の奥から聞こえる音を拾う。
「……魔物か」
「なんで? ここには隠蔽系の魔術がかかっているはずじゃ……」
「グラム。魔術に開けた穴はちゃんと塞いだ?」
「あ……」
ルンナに指摘されて自分のミスを思い出した。
隠蔽系の魔術に穴を開けたまま侵入。
塞ぐのも忘れて村に来てしまった。
つまりこの村の周りの魔術は一部分解除された状態だ。
「たぁ~、やっちまった。俺のミスだ」
眉間に手を添える。
だが、やってしまったモノは仕方がない。
今やる事は反省ではなく、今の事態に対処することだ。
「ルンナはディルヴァラに伝えて、子供たちには村の外を出ない様に言ってくれ。魔物は俺がなんとかする」
「武器はいる?」
「あるなら持って来てくれ」
「分かった! 行くよ! レアトリさん!」
「え、ええ!」
いつも通りのルンナとまだ少し戸惑ったレアトリ。
魔物を討伐できないレアトリからしたら、俺たちが落ち着きすぎなのか。
しかし魔族領を営業で回っていると、魔物に遭遇するのはよくあることだ。
そして魔物を討伐するのが俺の役目で、補助するのがルンナの役目。
「じゃあ。行くか」
ルンナとレアトリと別れて、村の外へ一人で向かう。
俺たちが壊した所から魔物が入って来るのなら、相手の場所は限定できる。
事実魔力を流した耳には、その方向から足音が聞こえていた。
「数は……十体以上か」
魔物足音から大体の数だけ把握。
音の大きさは同じだから、同種類の魔物らしい。
自分の不始末とは言え、面倒なことになった。
足元だけではなく、地面から振動が伝わって来る。
視界にも相手の姿がボンヤリと映った。
森の合わせた緑の保護色。
小柄な人型の姿で手には潰れた剣や斧の得物が握られていた。
荒い息で対象を見つけた興奮が伝わって来る。
――ゴブリン
魔族領の広範囲に生息して地域によって傾向や個体差が見られる魔物だ。
魔族程じゃないにせよ、簡単な作戦を立てるくらいの知能がある。
ただし作戦と言うのは、圧倒的な力の差の前には意味をなさない。
かつて三十年前。
勇者と言う戦術の前に敗れた、魔王軍の戦略のように……
「魔術は苦手なんだけど……これ以上先に行かせるわけにはいかなくてな」
両手をついて魔力を地面に流す。
土を隆起させて、ゴブリンたちの目の前に土の壁を生成。
進行を足止めする。
ただし横に長めの壁を造ったとは言え、左右に分かれて回りこまれると面倒だ。
「行くぜ……!!」
グッと踏ん張り足に魔力を流す。
身体能力強化で脚力を強化して、一気に地面を蹴った。
一瞬の加速。前からの風が頬を切り裂く。
目の前の壁を飛び越えて、向こう側に居るゴブリンたちの真ん中へ。
足元に居るゴブリンに向かってまずは右拳を振り降ろした。
緑色の身体が頭から真っ二つ。
空いたスペースに着地する足場が出来た。
フワリと地面に着地するとゴブリンの視線が一気に集まる。
周りに居た二体が左右から潰れた件を振り降ろした。
身体を半身にして避けると、それぞれの剣がゴブリン同士の額にめり込む。
「残念でした」
両者の剣を奪い、額に突き刺した。
魔力で強化された俺の腕力は、ゴブリンのそれを遥かに超える。
頭を貫かれたゴブリンたちが人の切れた人形のように倒れた。
その死体を踏み潰して、ゴブリンが周りから迫って来る。
自分で招いた状況とは言え、乱戦に心の中で舌打ち。
大規模な戦闘に向いた魔術が使えないから、正直武器が無いと団体戦は厳しい。
避けるだけなら造作もないから、負けることはないけど時間がかかってしまう。
そして今回そのロスは、致命的な遅れになる。
モタモタしていて村に行かれたら、俺がここで身体を張る意味もなくなるからだ。
「グラム!」
上から声。
顔を上げるとルンナが長剣を握って、土の壁から顔を出していた。
「受け取って!」
彼女が鞘に入った長剣を投げる。
素早く受け取る為に真上へジャンプ。
空中で長剣を受け取ると鞘から抜いた。
雪が積もった大地のように真っ白な両刃の刀身。
真ん中には刻印が魔力を帯びて赤色に輝いていた。
エルフの魔法が付加された長剣を右手でしっかりと握る。
初めて握った剣は、手にしっかりと馴染む。
かなり高価な剣だ。
直感でそう悟った。
魔力を流すと刀身が翡翠色に輝いた。
剣を真下に振ると魔力の斬撃がゴブリンたちに直撃。
粉々に砕いた。
こんな武器が専用の魔装具なら、戦闘も楽でいいのに。
そう心で呟いて、地面に再度着地。
残りのゴブリンたちと向き合う。
「さぁ……来い!」
「貴方……ホントに魔装具使えないの?」
レアトリがゴブリンの死体から放たれる死臭に、鼻を摘まんでいる。
周りには俺が斬ったゴブリンたちが肉の塊となって転がっていた。
ルンナが額に汗を滲ませながら、火属性の魔術で死体を焼いている。
完全に焼ききるには、まだ時間がかかりそうだ。
「使えないよ。魔装具に必要なのは強さじゃなく適正だ」
「純粋な戦闘能力なら、グラムは魔王軍でも上位……のはずです」
ゴブリンの死体に火を放つ、ルンナのフォローが何処か自信無さげだ。
ここはもっと自信満々でフォローして欲しかった。
「魔装具には適応しなかったけど」
剣に付いた血を払い落とし、鞘に戻した。
借り物の長剣だから万が一何かあったら大変だ。
エルフの刻印が施された魔剣。
俺の給料じゃ弁償しきれない借金を背負うことになる。
「貴方より強い魔族は存在するの?」
「何人かは居るだろうな。特に三人の魔族王は別格だ。勝てるかどうかわからん」
「そんな魔族王の一角に会いに行くのね……」
レアトリがどこか遠くを見つめている。
「レアトリさん! 戻って来て下さい! 現実を見て!」
「ルンナ……激しく揺らさないで……私もうダメかも……」
ルンナが肩を激しく揺らしすぎて、レアトリが白目を剥いている。
上下の動きが凄まじいレアトリの豊満な胸元に視線が奪われ、助ける気が全く起こらない。
「グラムどうしよう! レアトリさんが白目剥いている!」
「どう考えてもお前のせいだろ! 揺らすのは胸だけにしろ!」
俺に言われて状況に気がついたルンナが、レアトリの肩から手を離す。
ポカンと口を開けて遠くを見つめるサキュバス。
どうやら魂が抜けたようだ。
「レアトリさん?」
「フフフ……何よ……男性経験がないことがそんなに悪いの……?」
レアトリが一人で呟き、勝手に落ち込んでいる。
彼女自身のトラウマは自力で何とかしてもらうとして、ここにはもう用はない。
「ルンナ。この剣何処から持って来たんだ?」
「村の倉庫に置いてあった。他にもお金とか色々あったよ」
「宝物庫じゃねぇか! 早く返さないと泥棒扱いだぞ!」
「あのディルヴァラとか言う、お爺さんを誘惑すれば大丈夫なんでしょ? いいわよ……どうせあたしが、恥ずかしい思いすれば済むんだから……」
レアトリがこれ以上にない勢いでいじけている。
体操座りで地面を指で弄っていた。
精神が不安定すぎる。
早く魔王軍に入れないとそのうち暴れ出しそうだ。
とりあえず剣を返して帰ろう。
三日後には魔族王ペルセンダとの謁見も叶うのだから。
一人気を落とすレアトリを引きずって、俺たち三人は村へと向かった。