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第5話 不思議な村


 草木の低い草原を走り、巨大樹が並んだ森に入る。

 豊かな木々の香りと野鳥のさえずりを風が運ぶ。

 得た情報によれば、側近であるディルヴァラを見失うのはこの辺りのはず。

 

 隠蔽系の魔術には僅かだけど魔力の揺らぎがある。

 問題はそれを感じ取れるかどうか。


「レアトリ。何か感じないか?」


「ちょっと待ってね」


 ルンナの後ろに騎乗した彼女が目を閉じる。

 魔術は使えなくても魔力の操作には、何も不自由がないから不思議だ。

 魔力のある者は、理論上は全員魔術を使うことが出来る。


 イメージを具現化する魔術だが、魔力の操作に関して、かなり繊細な技術が要求される。

 もちろん威力が高く、難易度の高い魔術になれば魔力の量は必要だし、操作も桁違いに難しくなる。

 だから魔力を持つ者は、身体に魔力を流して身体能力を強化したり、魔具を介して魔術を発動させたりと色んな工夫をする。

 それらの問題は、魔力の繊細な操作が難しいと言う問題から発生していた。


「見つけた! あっちに進んで!」


 レアトリが森の中を指さす。

 魔力感応の能力も申し分ない。

 夢魔族は身体で貢げば生活するのには困らないので、魔術が必要ないとの考え方なのかもしれない。


「確かに魔力の揺らぎがある」


 レアトリが指さした場所は今までの景色とは変わらないただの森。

 しかしルンナも揺らぎを感じるらしく、ジッと景色を見つめていた。

 馬から降りて右手を伸ばす。


 魔力を徐々に前へ伸ばしていくと見えない壁のようなモノにぶつかった。

 どうやらここが境界線らしい。

 全部破壊するのはマズいので、一部分だけに魔力を流す。

 隠蔽系の魔術の一部が解除されて、馬一頭が通れる位の大きさの穴が空いた。


 穴の中に入ると整理された道が続いていて、土には馬の蹄の跡がある。

 まだ新しい跡だ。

 もしかするとこの先にディルヴァラが居るかもしれない。


「ねぇグラム。もしも万が一の事態が発生した場合は?」


 馬を横につけたルンナが聞いて来た。

 彼女の言う万が一の事態とは、裏切り行為に関することだ。

 ただし問題はどこに対して(・・・・・・)なのか。


 例えば俺たち魔王軍に対しての裏切りならば、魔族国家自体が絡んでいる可能性がある。

 魔王軍に不祥事を押し付けて解体。

 魔族国家の戦力に直接組み込んでしまうとか。

 それ自体を他国と共同でやっている場合、まずは部長に報告することになる。


 次に考えられるのが、魔族国家に対しての裏切りの場合。

 他の二か国と魔王軍を出し抜くので、罰はかなりのモノになるだろう。

 二人の魔族王の直属部隊と魔王軍による制裁と粛清。


 もしかすると見せしめにエルフ族の里も燃えるかもしれない。

 本来ならば魔王軍はこうゆう時のために存在するのだから、裏切り者は容赦なく殲滅する。

 残りの魔族王も結構好戦的だから、その辺は譲歩しないはず。

 裏切りが判明した時点で即時行動開始だ。


 こんな森の中に隠蔽系の魔術を展開するくらいだ。

 何かやましいことがある可能性も考えないといけない。

 もしそうだった時、瞬時に動けるように。


「内容にもよるけど、まずは情報収集だ。ただし最悪の場合はその場で戦闘になるから、動ける準備と心構えだけはしとてくれ」


「ちょっと! 戦闘なんて聞いてないんだけど!?」


「言ってないからな」


 騒ぐレアトリに笑顔を返すと紫色の瞳で睨まれた。

 勘弁してくれと肩を竦める。


「大丈夫ですよ、レアトリさん。私たちはグラムの邪魔しない様に端で大人しくしているだけですから」


「魔装具も使えない男に任せて大丈夫なの!?」


 レアトリの心配はご尤もだ。

 俺の戦闘を見たことの無い人間は、誰だってそう思う。

 魔装具とは強さの象徴であり、魔王軍の証だ。

 あるのが普通。ないと話にならない。


「問題ありません。魔装具だけが強さじゃないですから」


 ルンナが後ろに騎乗するレアトリに笑顔で返す。

 迷いが一切見られないその笑みに、レアトリは何も返さなかった。


「分かったわ。もしもの時はお願いね」


「任せとけ。期待の新人に傷はつけさせねぇよ」


「バカじゃないの……」


「ヒドイな」


 レアトリがプイッと横を向いてしまった。

 耳が赤い気がするけど、今はスルーする。

 そして前を向いて馬を走らせた。













「さて……どうしたもんか」


 思わずそう呟いてしまった。

 整理された道を進んだ俺たちを待っていのは、予想外のモノだった。

 いや、これが普通の街道なら違和感はない。


「ただの村……だよね?」


「何が戦闘よ。長閑な村しかないじゃない」


 ルンナとレアトリが目の前の光景に言葉を並べた。

 俺たちの目の前には小さな村があるだけだ。

 腰くらいまでの柵に囲まれた小さな村からは、子供の声が聞こえる。


 どうやら人は居るらしい。

 わざわざ隠蔽系の魔術で隠すくらいだから、大層な物が出て来るのかと思えば普通の村で、ある意味予想を裏切られた。

 もしかしてこの村を防衛する為に使っていただけなのだろうか?


 村の近くの樹で馬から降りて、柵を乗り越えて中へと入る。

 中央の広場。家の数は十数軒。小規模な村だ。

 

「待ってよ!」


「捕まえてみなさい!」


 子供の声。

 そちらに視線を移すと、俺たちの目の前に二人の子供が出て来た。

 一人は魔人族の証である白髪の男の子。

 もう一人はエルフ族の特徴である耳の尖った女の子だ。


 二人の子供は俺たちを見て足を止めた。

 歳はまだ一ケタだろう。

 警戒。興味。好奇心。

 子供の瞳にはそんな感情が渦巻いていた。


「ちょっと迷ってね。親御さんは居る?」


 俺の質問に二人は顔を合わせて何か考えていた。

 そして意を決したのかこちらを向く。


「「居ないよ。死んじゃった」」


 それが答えだった。


「ねぇグラム……この子たち……」


 ルンナが耳元で話しかけて来た。

 何が言いたいのかは分かる。

 親が居ない子。つまりこの子供たちは孤児なのだろう。


 勇者との戦争中だ。

 親が戦場に行って死ぬことや、魔物に殺されることはよくある。

 戦争中は本来なら魔族領内の魔物を殺す魔王軍が前線いる為、魔物の被害を受けやすい。

 そのせいで孤児が増えることは前々から問題となっていた。


 しかし彼らには違和感がある。

 

 孤児なのに身体が痩せていないし、服装もチュニックに黒の短パンでしっかりとした服装だった。

 孤児の子供を保護するような施設は現在の魔族領にはない。

 親の死んだ子供は、自力で生きていくか、同種族の里に帰るかだ。

 同種族の里なら、保護を受けることは出来るだろう。

 ただし帰るまでに死ぬ子供が殆どだ。


 だから孤児の子は基本的に栄養不足で痩せていて、服だってボロボロのことが多い。

 それをこの子たちからは感じなかった。


「坊やたち。誰か大人の人は居ない? お姉さんたち、その人とお話ししたいの♪」


 レアトリが膝を曲げて子供と同じ目線で話しかけた。

 夢魔族を見るのは初めてなのか、魔人族の男の子頬が赤くなる。


「もうっ、デレデレしないでっ」


 エルフ族の女の子が男の子の腕を掴んだ。

 それでハッと我に返った男の子が口は動かす。


「先生ならいるよ!」


「じゃあ、その人を呼んできてくれない? お願い♪」


「「分かった!!」」


 レアトリの頼みを聞いた子供たちが踵を返して走っていく。


「子供に色目を使うとは悪い奴だ」


「普通にお願いしただけでしょ!? 人聞きの悪いこと言わないでくれる!?」


 年端のいかない子供からしたら、レアトリは色気があり過ぎる。

 これも夢魔族だから仕方ないんだけど。


「先生。困ってる魔族が居る」


「女の人たちが凄いキレイ」


 さっきの子供たちの声が聞こえる。

 そして物陰から三人の姿が見えた。

 二人は先ほどの魔人族とエルフ族の子供。

 もう一人は白髪のエルフの老人だった。


「分かった。あとは儂に任せて遊んでいなさい」


「「はーい!!」」


 老人エルフの言葉を聞いた子供たちが元気駆けていく。

 やっぱり子供は元気が一番だ。


「元気な子供たちですね」


「子供は元気が一番じゃろう」


「違いない」


 俺がそう言って笑みを返すと、老人エルフが自分も白い髭を触って遊ぶ。

 開いているかどうかも分からない細い瞳でこちらを観察してきた。


「私は魔王軍営業部所属のグラムです。貴方はアテドル国のディルヴァラ様でお間違いないですか?」


 俺の問いに髭を遊んでいた老人の手が止まる。


「………いかにも。儂が王の右腕と呼ばれるディルヴァラじゃ」


「こんな辺境の地で高名な貴方と会えるとは思えませんでした。こちらは同じ魔王軍営業部のルンナと夢魔族のレアトリです。諸事情でレアトリはまだ魔王軍ではありませんが、近々入る予定です」


 俺の紹介に合わせてルンナとレアトリが会釈。

 挨拶はこれくらいでいいだろう。

 本題はここからだ。


「こんな辺境の地か……お主たちは何をしておった?」


 ディルヴァラの細い目が鋭さを増す。

 当然ながら彼は俺たちを警戒している。

 彼はこちらが指摘しない限り、自分でこの地域に隠蔽系の魔術をかけていたとは言わないだろう。

 何かやましいことがあるのを認めてしまうからだ。


「このレアトリが魔力の揺らぎを感知したもので……魔物が現れたのではないかとこの辺りを探索していたら迷ったのです」


 自分の名前が出て来ると思っていなかったレアトリが少し戸惑う。

 そして横目で合図を送る。

 合図を受け取ったレアトリがディルヴァラに近づいた。


「初めまして♪ 素敵な旦那様♪」


 どんな褒め文句だ、と心の中でツッコム。

 レアトリが笑顔のままディルヴァラの手を取る。

 そして魔力を流した。


「あたしたちこの村を少し探索したいのと、ペルセンダ様に会いたいの……だからお願い聞いてくださる?」


 上目遣いで誘惑して相手の精神への介入。

 やっぱりこいつはハニートラップの才能があると思う。


「うむ……村の中は子供らに被害を出さなければ好きに見てよいぞ。あと奥の貯蔵庫には近づくな。ペルセンダには儂から話を通しておこう。三日後に訪問するがよい」


「ありがと♪」


「お安い御用じゃ」


 ディルヴァラがそう言い残しこの場を去って行く。

 きっと子供たちの所に戻ったのだろう。


「ご苦労様」


「はぁ……緊張した……」


「ホントですか? レアトリさんの演技は自然でしたよ」


「いつも誘惑してる、ビッチみたいに言うのはやめて」


「事実ビッチだろ」


「うるさいわよ!」


 とにもかくにもこれで計画の第一段階はクリアだ。

 あとはペルセンダ王に会った時、交渉に使うネタの裏取りを取るだけ。

 レアトリの努力で、せっかくディルヴァラに村を見ることを許可してもらったのだ。

 これを使わない手はない。


「じゃあ、村を見て回るか」


 俺たち三人は、子供しかいない奇妙な村を見て回ることにした。


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