第2話 提案
「つまり『レアトリ』さんは、水商売的な仕事をするつもりはないと」
「このあたしと釣り合う男が居たら別よ? だけどサキュバスがそんな簡単に股を開いちゃダメなの!」
「声が大きいですよ!」
熱弁するサキュバスのレアトリさんをルンナが注意する。
今俺たちは職業安定所の奥にあるブースに居た。
四人一席のブースで俺とルンナが並んで座り、向かいにはレアトリさん。
彼女が動くたび揺れる胸が目に毒である。
「こらっ」
ルンナがそう呟いて、肘で小突いてきた。
大きくて柔らかい揺れる物に弱いのは男の性である。
「では、ハニートラップ系の仕事はやりたくないと?」
「いい男が相手なら考えるわ♪」
ニッコリと笑顔で返され、これ以上この話題を掘り下げるのはやめようと思った。
夢魔族は相手の精神に干渉できる能力から、前線ではスパイ活動や、人間領の重要人物へのハニートラップなどの役割を担うことが多い。
前線に出ないとすれば、他種族に比べて知識が高い傾向にある為、魔王軍の本部ならば『戦略部』なんかに多く所属している。
今の戦略部は部署が二つに分かれているが、もちろん人手不足で補充人員としてスカウトするのもありだろう。
しかし俺にはどうしても彼女に前線へと出て欲しい理由があった。
「魔力が桁外れに高いですが、何か理由はあるのですか?」
俺は手元に表示された彼女の能力値を見て言った。
ちなみに彼女のステータスは以下の通りだ。
==========
名前:レアトリ
種族:夢魔族
筋力:F
生命:F
敏捷:F
器用:D
魔力:A
スキル:なし
==========
魔王軍のエフェクトプレートには、血を垂らすことでその者の能力値をランク化する能力がある。
魔王軍全社員の能力値は一つの場所に保管されており、新しい社員を登録する際には各部署の部長を通した後に本登録となる。
部長を通さない限り、一定時間経つとプレートに一度表示された能力値の記録は削除される。
だから本人を直接部長の元へ連れて行かないといけない。
各能力値は、上から順番にS・A・B・C・D・E・F・Gでランク付けされている。
Dランクが大体普通と認識される能力値の大きさとなる。
Sランクは魔王や勇者クラスとなる為、普通は見る機会が無い。
つまりAランクが普段見かける能力の最高値だ。
「レアトリさんの魔力はAランクだ。これは魔王軍の部長クラス……現存する魔王軍でも最強クラスの値です。正直驚きました」
俺の言葉にレアトリは「ふーん」と言ってこちらを見つめる。
そして赤い唇の前で人差し指を立てた。
「いい女には秘密がつきものよ♪」
横のルンナの放つ圧が増した。「イラ」と擬音語が聞こえそうだ。
どうやら理由は教えてもらえそうにない。
まぁ、そんなことは強ければどうでもいい。
魔装具に適応すれば問題なし。
「じゃあ行きましょうか」
「どこに?」
首をコテンと傾けるレアトリ。
俺とルンナは席を立ちあがり出口へと向かった。
「ちょっと! 面接の他に何があるの!」
「実技試験ですよ。サキュバスのお姉さま♪」
ルンナがニコリと口端を吊り上げた。
アテドル国の街の外には広大な森林地帯が広がっている。
魔族国家の食糧の殆どを担っているこの国は、とても気候に恵まれており、緑と河川が多い。
農作物のとれるエリアを抜けて森に入れば、当然ながら魔物が存在する。
ただし人間領から最も離れたこの地域では、魔物の強さもあまり高くない。
だから戦闘を覚えたての魔族が苦戦するはずはないんだけど……
「ムリムリ! いきなりこんなの無理よ! 脳筋の『獣人族』・『竜人族』とは違うのよ!」
レアトリが巨大なカエルに追いかけられている。
ビックフロッグ。名前のまんま大きいカエルだ。
飛び跳ねて獲物を追いかけ、鞭のようにしなる舌で目標を捕食する。
あまり強くない魔物で、巣に迷い込まない限り群れる心配もない。
「レアトリさん! 魔術使って下さい!」
横のルンナが至極当然のアドバイスをした。
魔術は火・水・雷・土・風の五属性を基本に、魔力がSランク以上に限り光と闇が使用可能になる。
魔力がBランク以上の者は、上位魔術が使えるので魔物の討伐なんて余裕だと思っていた。
しかし……
「魔術なんて使えるわけないでしょ!!」
キレられた。
どうやら彼女は魔力が高いだけで、魔術は使えないらしい。
謎は深まるばかりだ。
「ルンナ。あとよろしく」
「分かった!」
ルンナが手を合わせて魔力を高めた。
彼女の魔力はCランクだ。
ただし魔装具を持っている時の彼女の魔力ランクはB相当に上がる。
ステータスの上昇補正。
それが魔装具の基本能力だ
ただし魔装具が特別視される理由は他にある。
「ファイヤーボール」
魔術名を呼ぶとルンナの周りに火球が二つ生まれる。
彼女が右手を上から下に振ると火球がビッグフロッグの身体に直撃した。
赤い炎が魔物の身体を燃やし、やがて灰になる。
「おつかれさま」
「お安い御用だよ」
「死ぬかと思った……」
地面にペタンと座って、レアトリが呟いた。
攻撃を避ける時に転んだせいで彼女の身体は傷だらけだ。
「ルンナ。治してやって」
「分かった。レアトリさん。怪我見せて」
ルンナに言われてレアトリが腕を差し出す。
擦り傷だらけのその腕に、ルンナが手をかざすと蒼い光が放出された。
ルンナのスキル『癒し手の誓い』が発動した証だ。
魔装具を装備する者にはスキルと呼ばれる固有能力が発現する。
ちなみにルンナの魔装具は首からぶら下げたペンダントだ。
小さな蒼い球体に紐を通したそれこそ、彼女の魔装具で『癒し手の誓い』のスキルを有する武器である。
このスキルこそ魔装具が特別視される理由で、俺が出世できない最大の原因だ。
ないと話にならない。あっても内容次第で優劣がつく。
それが魔王軍の社員だけが使えるスキルだ。
「すごーい。治癒魔法?」
「いいえ。私のスキルです」
「本物のスキルは初めて見たわ! やっぱり魔王軍は凄いのね! あたしも魔王軍に入ったら使えるようになる!?」
「魔装具の儀式で適応すれば使えるようになりますよ」
両こぶしを握って興奮するレアトリにそう返し、手を差し伸べた。
彼女を立たせて顔を上げる。
すっかり日が暮れて、夜空に赤い月が浮かんでいた。
「ねぇねぇ、魔装具の儀式ってなぁに?」
「魔王軍に入ったらまずは研修です。その後に魔装具の適性を調べるんですよ」
「無い場合は?」
「基本的に誰でも適応します。魔装具の種類は多岐に渡りますから。自分だけに許された武器ですのでみんな大切にしますよ」
「ワクワクするわねぇ」
明るい表情のレアトリに苦笑。
まだ入っていないのに困った人だ。
「だけど……レアトリさん。このままじゃ魔王軍は入れませんよ?」
「え?」
ルンナの容赦ない言葉にレアトリが固まった。
「どうしてあたしは入れないの!? スカウトしてきのはそっちでしょ!」
俺の部屋のベッドの上でレアトリがプンプン怒っている。
今日の仕事はもう終わったので早くどいて欲しい。
街に戻った後、適当な宿に入って部屋をそれぞれで借りたのはいいが、ずっとレアトリがベッドの上からどかない。
「その話は明日だ。今日の仕事はもう終わったんだよ」
「な、なによ! さっきまで敬語で物腰柔らかかったのに! 魔術が使えないと分かった途端、態度を変えるなんて最低!」
「アホか。さっきは仕事中なんだから、スカウトで声かけた人に敬語はなのは当たり前だ」
「グス……優しくしてよぉ!」
何故か泣き始めてしまったレアトリにため息。
相手にするのが面倒でエフェクトプレートに手を伸ばした。
一応現状とこれからの報告の文面を部長に向かって入力する。
「コラ! あたしを無視しないで!」
「少しは静かにしろ! 集中できねぇだろうが!」
「むぅ。顔は良いくせに性格最低よ! もういい! ルンナちゃんの所で寝る!」
宿に来るまでイイ女を気取っていたのに、今は泣いたり怒ったりでかなり情緒不安定だ。
やっぱり仕事が無いって、そんだけ精神的な負担が大きいのかなぁ。
「私を呼びました?」
扉が開いて、入って来たのはルンナ。
「ルンナぁ! グラムが私を虐めるの!」
「気を付けてくださいね。グラムってホント腹黒いんで」
「おい。聞こえてるぞ」
俺の注意を聞いたルンナが小さく舌を出す。
昔から知っている幼馴染とは、いらない部分まで知っているから厄介だ。
「変態ルンナ。それ以上俺の悪口を言うのならお前の秘密を暴露するぞ? もしも営業部に知れたらどうなるだろうなぁ。魔王軍にいれるのかなぁ?」
「ダメダメ、グラム! それは絶対に内緒だって言ったよね!!?」
額から汗を流して焦るルンナが面白い。
その美貌と性格から女神と言われ、魔王軍でもファンの多い彼女にはある秘密がある。
それを知っているのは俺だけで、今では弱みとして活用させてもらっていた。
「弱みで女性を脅すなんて最低!」
「重要な情報を握っていると言え。情報に勝る武器は無いんだぞ」
レアトリとルンナが睨んで来る。
早く寝たいのにヒドイ奴らだ。
「それよりもなんであたしは魔王軍に入れないの!? こんなに美人で魔力も高いのに!」
「安心しろ。一番の問題は俺だ」
「腹黒いから?」
「それは置いとけ。俺は魔装具が使えないんだ。魔王軍が所有している物は根本的に適応しなかった」
部長への文を打ち終えたエフェクトプレートを懐にしまう。
「それがなんなの?」
「魔王軍では魔装具が使えことで初めて評価されるのです。だから魔装具の使えないグラムはいくら優秀でも、評価されることはありません」
「そんな無能には残念ながら、あんたを上に推薦するだけの影響力は無い」
「だったらどうする気だったの!?」
レアトリがベッドを掌でバンバン叩く。
彼女の意見は尤もだ。
「目に見える実績が必要だ。魔物を殺せるのならそれでいける予定だったんだけど、無理なら別の手段を取るしかない」
「でも、グラムどうする? 何か手はあるの?」
「そうよ! 具体案を出しなさい! 具体案を!」
壁に背中を預けて腕を組む。
実のところ案はある。
大きなリスクが伴うが、確実にレアトリをゴリ押しできる、とっておきの案が。
「まだ細かい所まで詰められてないけど、魔族王に推薦してもらうつもりだ」
「「え!?」」
二人の顔から血の気が引く。
当然だ。
――魔族王
それはこの魔族領を治める三人の王にして、魔王不在の現在では頂点に立つ者だからだ。