第1話 新人勧誘
異世界召喚を経験し、魔王を倒してくれと言われた。
十七歳、高校二年生の時だ。
家のパソコンに向かって、下半身を生まれたままの姿で性欲を満たしている時に召喚された。
呼び出すまであと数十分待てないのかと心の中でツッコんだ。
そして今でも覚えている。
俺を召喚した魔術師の女の子が、ゴミを見るような目で見下ろしていたことを……
それから色々あって俺は勇者となり、愛用の聖剣で色んな生物を斬った。
俺の召喚された異世界では、『人間領』と『魔族領』と呼ばれる二つの大陸に分かれて人間と魔族が暮らしている。
その人間領の勇者にして、魔族領の魔王を倒す者として俺は剣を握った。
魔物領で魔王軍の統治者である魔王を倒して、俺は英雄となり人間領に凱旋を果たす。
そこでも色々あって、俺は気がつくと魔族領の『魔人族』と呼ばれる種族に転生していた。
今年で二十歳。
知り合いの推薦で魔王軍に入った俺を待っていのは、社会の荒波だった。
過酷なノルマ、上から言い渡される無理難題。
身体と精神を摩耗して、時々キャバクラで働くサキュバスのお姉さんたちに慰めてもらいながら、魔王軍に入って三年の月日が経ったある日。
魔族領に衝撃が走る。
人間領で再び勇者が召喚されたのだ。
圧倒的な力を持つ勇者の前に人間領で制圧した土地は奪われ、立ち向かった魔王軍社員は全滅した。
社員の数は減り、今はどの部署も慢性的な人手不足に陥っている。
そんな魔王軍営業部の俺に課せられた指令は、新しい魔王軍社員をスカウトすること。
中途採用の者を探し出す。それが今の俺に課せられた仕事だ。
意気揚々と始めたのは良いが、一人もスカウトできず、名も無き居酒屋で途方に暮れている。
「グラム、グラム!」
「なに?」
「部長から連絡来てる」
「聞きたくない……俺は何も聞いていない……」
「両手で耳を塞がないで、現実に戻って来て!」
現実逃避にはしる俺の肩をルンナが揺する。
激しく頭が前後に揺れた。
「ちょ、ルンナ……苦しい……死ぬ……死んじゃうから……」
「ご、ごめん!」
肩から手を離したルンナが申し訳なさそうに小さくなる。
胸のポケットから四角形の一枚のプレートを取り出す。
銀色で装飾されたプレートは、魔王軍内部で使用されている最新の魔具だ。
名前は『エフェクトプレート』と言うらしい。
これがあれば遠くに居る人と連絡が取れる。
他にも色々と業務に必要な能力を備えていた。
前の世界で言う携帯に近い物だが、上司からの連絡が来るツールだと思えばこれ程嫌な物はない。
叩き割ろうと何度思ったことか……
右手に持ったプレートに魔力を流すと、蒼い半透明の画面が出現する。
画面の中に文章が浮かび、連絡の内容が記載された。
「……『今日の飲み会の案内』だと?」
「プライベートの話だね」
「仕事用の魔具で何やってんだあの人は!?」
プレートを持つ右手に力を入れた。
昔からの馴染みのある部長は、飲み会が大好きだ。
俺を営業部に誘ってくれたことには、感謝している。
だけど業績を上げていない今の状態で会えば、説教されることは目に見えていた。
「どうしよっか?」
「断る以外に選択肢がないだろ。今行ったら説教もんだ」
「だよねぇ……」
断りの文章をプレートを使って打ち込み、部長に送信。
プレートを胸にしまう。
「同じ『アテドル国』に居るから会うかな?」
ルンナが木のコップを傾ける。
深刻な顔だが、その心配はご尤もだ。
魔族領は三つの巨大都市がそれぞれ国を名乗り、全体の総称で魔族国家と呼ばれている。
各魔族の里は魔族領内各地に点在しており、里を出て多くの魔族が集う国で過ごすのか、同族が多い里の中で暮らすのかは各自の自由だ。
一部の魔族には絶対に自分たちの里から出ない種族も居る。
魔族国家は一つの国として機能する為に、全体の方針は各国の王の会議により決められる。
三カ国それぞれに魔王軍の部署があり、俺たちの営業部は『アテドル国』にあるから、広い街の中とは言え出会う可能性はゼロではない。
「仕事してるフリだけしとくか」
「またそんなこと言って……」
黒の外套を身に纏う。
魔王軍の勤務中は基本的にこの外套の装着が義務付けられている。
あらゆる攻撃を防ぎ、熱さと寒さの両方に対応できる優れもの。
無駄に技術力だけは高い魔王軍の魔具の一つだ。
席から立ち上がり、店員にお金を支払う。
次の給料日までに財布の中が無くならないか心配だ。
店の外に出ると暖かい夜の空気が頬を撫でた。
アテドル王国の気候は比較的温暖で、過ごしやすい環境になっている。
農作物もよく取れて、三カ国の中で最も商業的な側面に強い国だ。
魔族領の食糧の源であり、生活の根幹をなしていると言っても過言ではない。
「グラムどこに行くの?」
「そりゃ仕事を探している奴が集まる所さ」
「職業安定所?」
「おう。そこで生活に困っている奴を勧誘する」
「悪い笑み……騙したりしたらダメだよ」
どうやらルンナは俺が以前、職業安定所で破格の報酬をダシにして勧誘したことを根に持っていたらしい。
あの時はちょっとした悪戯のつもりで吹っ掛けたら、予想以上の反応を示して焦った。
結局その時の男も、俺が魔装具を使えないと知れば離れて行った。
魔王軍は魔装具が使える。
そのイメージは強烈で、魔族たちは皆そう思っている。
使えない奴の推薦で魔王軍に入っても上には行けない。
それが大方の見解だろう。
そしてそれは事実だ。
「さてっと……哀れな失業者を見つけますか」
「言い方!」
ルンナの忠告を華麗にスルーして、職業安定所に入る。
中のカウンターと奥の掲示板には人が集っていた。
人間領で言えばギルドとでも言えばいいのか。
職業安定所の仕事は一度すべて魔王軍を通り、各職業安定所に張り出される。
各魔族の里の中ならいざ知らず、外に出た者は職業安定所の依頼からお金を稼ぎ始める。
つまりここには当然ながら職探しの人たちが集まっていた。
職を探している者なら、勧誘もしやすい。
自分が持っている手札を求めている人たちの所で披露する。
営業の成績を挙げる上で大切だと、部長によく言われることだ。
「夜なのにいっぱいだね」
「それだけ仕事を探す奴が多いんだろう」
「私たちは幸運だね」
「魔族国家の犬だけどな」
魔王軍は魔族国家からの契約金で、基本的な運営をまかなっている。
魔族領に住む魔族たちからは、楽に稼げる職業で有事の際には戦う役目くらいにしか思われていない。
ただしそれは魔族国家との契約が続く限りだ。
契約を打ち切られれば、俺たちも職無しになる可能性が高い。
魔王軍は言わば民間軍事企業で、魔族国家はお客さんだ。
主な仕事は魔族領内部の治安維持と外敵から防衛。
大きな戦争時には俺たちが真っ先に動く。
契約内容は魔族国家の一存で変えることが出来る。
現在魔王不在の俺たち魔王軍は、一度勇者に負けてから魔族国家の言いなりで、肩身の狭い思いをしていた。
前線に行けと言われれば行かないといけないし、社員を引き抜かれることだってよくある話だ。
そして俺たちはそれに対して何も言うことは出来ない。
それくらい今の魔族国家と魔王軍の間には差がある。
「さてさて。有望株は居るかね」
掲示板から少し離れた長椅子に座り、人だかりを観察する。
俺たちのように本部務めになるかもしれないが、基本的には戦闘が得意な者を勧誘したいと言うのは本音だ。
「戦闘が得意そうな種族の人を狙う?」
「基本はそうだろうな。嘘をついても、魔物の討伐でもさせればすぐに分かる」
魔族領と呼ばれる場所にも魔物は居る。
魔物は野生生物の総称でザックリとした分類しかされていない。
街の外に出れば俺たち魔族だって襲われることもある。
ゴブリンやオークは下手に知識があって群れるから要注意だ。
俺たち営業部は、各地に移動する際に物資の運搬なども行うことがある。
その際にゴブリンに囲まれると厄介なことにしかならない。
魔装具を持っている魔王軍社員でも、戦闘に向いているかは別問題。
もちろん人間領で前線に出ている魔族は全員戦闘特化だ。
じゃないとすぐに死ぬ。
一部例外もあるんだけど……
「ねぇグラム」
ルンナが俺の外套の端を引っ張る。
そして掲示板の前に居る一人の女の魔族を指さす。
腰まで伸びた紫色の髪と同色の瞳。
黒を基調とした肩が露出した広い襟ぐりの服。
寄せられた胸元が男の俺には眩しい。
足首まであるスカートを少しまくれば、黒のタイツに覆われた艶めかしい足が見えそうだ。
「サキュバスっぽいな」
サキュバスは夢魔族と呼ばれる種族で他者の精神に入り込み、記憶の操作等が出来る。
もちろん他種族の性的欲求を満たして、自分の魔力に変えることも可能だ。
その中でもサキュバスは全体的に露出度の高い服を好み、全個体スタイルが抜群にいい。
夢魔族の里は男の楽園だと言う奴もいるくらいだ。
「あの格好だもんね。だけどなんで掲示板の前に居るんだろうね?」
ルンナの言葉には同意だ。
サキュバスは他種族の性的欲求を満たせることから、水商売的な仕事が回って来る。
魔族でも三大欲求は一緒だから、特性を生かした仕事を行えば基本的にお金に困るようなことない。
だから掲示板で必死に仕事を探すサキュバスはかなり珍しい。
そのせいなのか、周りの男どもに話しかけられている。
内容は金を払うから今晩相手をしてくれと言ったところか。
仕事がそれで見つかったじゃないかと思うけど、そのサキュバスは笑顔で何か返している。
それを聞いた男が眉間に皺を寄せて立ち去った。
「面白そうだ。話を聞いてみよう」
「もうちょっと様子見た方がいいんじゃないかなぁ」
「こういうのはスピードが大事なんだよ」
ルンナと長椅子から立ち上がり、サキュバスの女の人に近づいた。
「すいません」
「はい? 悪いけど夜の相手はしなくてよ?」
サキュバスのお姉さまがハッキリと断りの言葉を口にする。
どうやら男からしつこく誘われてうんざりしていたらしい。
「夜の相手を是非と言いたい所ですが、我々は魔王軍です」
そう言って、隣のルンナと二人で小さく頭を下げた。
サキュバスのお姉さまの紫の瞳が俺とルンナを交互に捉える。
食いついて来たな。
「あの魔王軍があたしになんの用?」
「単刀直入に言います。貴女を魔王軍にスカウトしに来ました。是非入って「入る」、え?」
俺が言葉を言い切るよりも早く、サキュバスのお姉さまが返事をしてくれた。
「だから! あたしを魔帝軍に入れて!」
「「ええ!!!?」」
あまりの即決に驚いた俺とルンナの声が部屋に響いた。