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十代最初で最後の恋をした場所は異世界だった。
風に舞う彼女の金色の髪も、いつも強気なくせに時々揺れる碧眼も。
全てが愛おしくて、そして切なかった。
『好きな人に会えるのなら、どんなことだってする。悪人や魔王と言われ、人から憎まれようとなんだって……だから……君は私の傍を離れないでね』
そう言った君は、俺を置いて死んでしまった。
勇者と呼ばれた俺をこんな世界に置き去りにして……
その部屋の空気は酷く淀んでいた。
鼻で息を吸えば、カビの匂いが鼻孔を刺激する。
少しばかりの吐き気。
歯の奥にグッと力を入れてなんとか踏ん張った。
本来ならば人間の国王しか入れない部屋。
石煉瓦の壁に掛けられたロウソクが室内を照らしていた。
足首くらいまでの水が足を動かせばバチャバチャと音をたてる。
それを意に介さず、部屋の中央にある物に近づいた。
人ひとり分くらいの大きさをした魔石。
蒼い半透明のその石を見て、目頭が熱くなった。
「魔王となった俺を君はどう思う?」
そう問いかけて魔石に右手を添えた。
微かに感じる魔力の鼓動が、まるで彼女の吐息のようだ。
この魔石が『君』だと言う事実をどうやら受け入れてしまったらしい。
「色んなことがあったんだ。話したいことが沢山あるんだ……君が俺を魔王に仕立て上げた理由も……まだ聞いていない」
魔石が蒼い光を放つ。
光は不規則に点滅している。
「君のせいで俺は魔王になった。計画通りだと君は笑うかい?」
蒼い光が徐々に強くなる。
「だけど会いたかった。ずっと……」
そう呟くと蒼い光が目の前に広がった。
光の粒子が徐々に輪郭を帯びて『人間』の姿となる。
腰まで伸びた金色の髪、こちらを見つめる碧眼は懐かしかった。
そして記憶の中の君と同じ笑顔で言った。
「どんなことだってするって、言ったじゃん」
君は本当にヒドイ人だ。
そう心の中で返事をした。