普通じゃないこと
「……殺さねェのか?」
狼男が呟くように尋ねる。
「殺されたいのか?」
鋭い視線が狼男を貫く。
殺そうと思えば、殺せる。そんな目を向けられ、狼男はそれ以上口を開かなかった。
アルフレドは何事も無かったかのように、シャルロットのそばに行くと、膝をついて、シャルロットの名前を呼ぶ。
「シャルロット、シャルロット」
「ん、くぅ、あ……」
半ば眠るように意識を失っていたシャルロットだったが、呼び掛けると、呻くような返事が返ってきた 。
その事にアルフレドは安堵の息を漏らすと、シャルロットを抱きかかえ、焚き火のそばまで移動する。
思ったよりも軽いな。
抱きかかえたシャルロットの重さに驚きながらも、シャルロットの観察を行う。
目立った外傷こそないが、首筋には首を締められた時に出来たであろう痣が痛々しく残っている。
女の子だから、なんとか目立たないようにしてやりたい。
アルフレドは荷物袋から包帯を取り出すと、軟膏を塗ってから、シャルロットの首に包帯を締めすぎないように、優しく巻く。
まあ、こんなもんだろ。
シャルロットの怪我の処置を終えたアルフレドは視線を狼男に向ける。
「あァ? 何見てんだよ。殺すぞォ?」
ただ見ただけで狼男が脅してくる。
だが、へたり込んでる狼男に言われても大して怖くはない。
「別に。いつまでいるつもりなのか、気になっただけだ」
アルフレドは脅しなんて大して気にせずに返す。
「……そうかよ。ところで、オメェ、変わってんな」
「はあ?」
突然の狼男の言葉にアルフレドは、素っ頓狂な声をあげる。
「別に変わってないだろ」
「変わってるだろ」
「変わってないって。俺は至って普通だ」
なんだ、このやり取りは。だんだんイライラしてくるな。
狼男の方をチラッと見れば、面白そうにニヤニヤしている。
何が楽しいのだろうか。
「大体、どこが変わってるんだよ」
溜め息をつきながら、アルフレドが尋ねる。
言われて、狼男が腕を組んで考え始める。
アルフレドは視線をシャルロットに向けながら、狼男の言葉を待つ。
思いついたように、ポンと手を叩くと、言葉を続ける。
「オレと話してんじゃねェか」
「はあ? それで変わってるっていうのか?」
「……理由としちゃ、充分じゃねェかァ?」
全く持って、意味が分からない。
アルフレドはふてくされたように焚き火をいじる。
「……てか、亜人と会話したのは、オレが初めてかァ?」
「……まあ、そうなるな。これまであってきた亜人のほとんどは人の言葉が話せない様なゴブリンやトロルだったからな。」
「……あァ。アイツらは食うこととヤる事しか考えてねェようなヤツらだからな。しょうがねェ気もすんな」
「……それと、俺が普通じゃないことと何の関係があるんだ?」
言葉が通じるから、会話している。それのどこがおかしいんだ。
アルフレドはイライラする感情を抑えながら、狼男に尋ねる。
「そりゃ、そうだろ。亜人なんていう気味の悪い種族と話したがる人間なんていねェよ。
言葉が通じたところで、魔物との間の子みたいな亜人が喋れたところで気持ち悪がられて終わりだ。
そうでなくても、亜人というだけで差別された上に殺されるか、奴隷にされるかしかねェ」
「……そういうことか」
アルフレドはまじまじと狼男を観察する。
確かに亜人というのは、人間と魔物の中間の様な外見をしている。
狼男も狼の魔物と人間の間の外見だ。
そんな亜人と会話をすると言うのはおかしいというのが世論なのだろう。
ただ同時に、それが何だという気もしてくる。
言葉をかわし、意思の疎通ができるのであれば、それを認めて、共生することが出来るのではないだろうか。
アルフレドが考えていると、すぐそばでモゾモゾと動く気配がする。