表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東ノ満碑  作者: Lien
巻之参 カヘンノ書
9/15

其之弐 九つの姿

 「イヅノ、跳異を使うとこんなに速く走れるんだね」

 スマホを片手にしがみつく俺は、彼女にこう感嘆の声を漏らす。彼女の跳異は何度も見たことあるが、ここまでのスピードは初めてだ。本当はどうなのか分からないが、彼女の視界でも見、更に身一つで騎乗しているので、体感速度はかなり速い。時速百キロメートルは出てるんじゃないか、あらゆるものを風に靡かせながら、俺はこういう感想を胸の内に秘めるのだった。

 そのため、いつの間にかかなりの距離を進んでいた。跳異もそうだが、イヅノは五本の尻尾を持つ大型の狐へと姿を変えているので、跳ぶ一歩がかなり広い。なので、憑異を発動させてから三分も経ってないが、相当の距離を進んでいる。ソウナ市内を出て隣の県に入るのに、三つの河川を越えなければならない。だが、それは一分ほど前に渡りきっている。彼女は私鉄で表すと、二区間分の距離を、たったそれだけの時間で走破して見せたのだ。

 「何かそうみたいだね。醒位せいいになるのは初めてだから、どうかは分かんないんだけど、シンヤのおかげでもあるんじゃないかな」

 「おっ、俺の? 」

 「うん」

 俺が関係してるって、一体どういう事なんだろう。憑異してから普通に喋っている彼女の言葉に、俺はこう思う。彼女もそれは予想だったらしく、疑問系で訊いてくる。これに俺も、同じ記号で繰り返す。すると彼女の視界は、ほんの少しだけ上を向き、すぐに下を向いたかと思うと、また元の位置に戻していた。

 「だってシンヤって、駅伝部だったんでしょ? 」

 「そうだけど」

 「駅伝部だから、他の人よりもスタミナがあるのは、言わなくても分かるよね。シンヤの妖力の性質は、たぶんこう。シンヤは中学時代から陸上競技をしてた。持ち前のスタミナと妖力と共鳴するのは、必然だね。だから、憑異してわたしとシンヤの妖力は、リンクしてるから影響が出たと思うの」

 うん、イヅノの言うとりかもしれない。俺はボールに嫌われているが、足と体力には自信がある。イヅノが言うには、妖力の性質は、本人の運動能力や、五感の敏感さに左右されるらしい。俺自身にも心当たりがあるので、あながち間違いじゃないかもしれない。彼女の言葉で、半信半疑だった俺は、こう確信する。そこで俺は、推測を交えた彼女に、ならそうじゃないかな、と肯定した。

 「センター試験の前に使ってた時、イヅノ、割とすぐバテてたもんね」

 「あの時はシンヤ、自転車に乗ってたからしょうがないでしょ。わたし、常位じょういだった…」

 「リンク率が上がってるなら、イヅノの持久力も上がってるはず。三割から七割に上がってるからかな、俺も風が凄く気持ちよく感じれるようになってきたし」

 イジる目的を含めてこう言うと、彼女は予想通りの反応をしてくれる。喋りながら住宅街を駆ける彼女は、少しだけ頬の辺りを膨らませている…、ような気がした。イジられ慣れていない彼女は、少しすねた様子で、仕方ない、そう言おうとする。でも俺は、そんな彼女の様子が面白くなり、途中でその言葉を遮ってみた。すると彼女は、一度は抗おうとしたが、すぐに折れていた。

 さすがにこのままでは可愛そうになったので、一通り話し終えてから、フォローする。今日の講義が終わったら、遊んであげる。そう言うと、彼女はすぐに機嫌を取り戻してくれた。聞いた事は無いが、彼女の実年齢が分からなくなったのは、ここだけの話だが…。

 「本当に? じゃあ、タケル君とルーナも誘おうよ」

 「今日の講義は全部区分が違うから会えないけど、終わった後は部室にいるはずだから、声をかけてみるよ」

 「やったー」

 この瞬間、さらに彼女の実年齢が分からなくなった。イヅノはこう見えて、かなり賢い。俺が見る限りでは、もし彼女が学生なら、国立大学に通っていてもおかしくない。どこで覚えたのかは知らないが、インターネットなど、パソコンに関する知識は俺よりも長けている。一週間ほど前、俺の家庭のパソコンに、誰も知らない間に専門的なソフトウェアが多数インストールされていた。そのために、我が家で一騒動あったのは記憶に新しい。その反面、イヅノの精神面は、見ての通り、幼い、俺の主観では。遊んであげる、そういうだけでこの通りなので、間違いではない、と俺は思う。

 そんな事はさておき、彼女が機嫌を良くしたことに、俺はホッとする。そうこうしている間に、辺りの景色は住宅街から高層ビルへと変化を遂げていた。普段はこの大都市、メイヤ市内では、俺は列車の乗り継ぎでしか通過しない。ソウナからの終着点は地下、乗り換えるものも地下鉄なので、地上には出ない。久々に感じる大都市の空気に、田舎者の俺の心は踊っていた。

 「そういえばシンヤ、ひとつ訊いてもいいかな」

 「えっ、うん、いいけど」

 車が行き交う交差点を一思いに飛び越した彼女は、依然として上機嫌。通勤ラッシュの人混みを、右、左、とリズミカルに駆けている。見るからに楽しそうに跳ぶ彼女は、何の前触れもなく俺に訊いてくる。

 事実上カーナビの様な事をしていた俺は、突然の事に頓狂な声をあげてしまう。半ば圧倒された状態であったので、中途半端な返事しか出来なかった。

 「わたしの尻尾、何本ある? 」

 「イヅノの、尻尾? 」

 「うん」

 いやイヅノ、自分の尻尾でしょ。都会の風を切るイヅノに対し、俺は率直にそう感じる。彼女がこう訊いてきた訳が分からず、頭上に疑問符を浮かべながら復唱する。それに彼女は、溌剌とした様子で大きく頷いていた。

 「五本、だけど…。イヅノ、イヅノの事なのに、何で俺に? 」

 「そっかぁー、五本かぁ。醒位で伍白こはくだから、真位しんいなら白捌びゃくやかな」

 「こっ、こはく…? しんい…? 」

 イヅノ、なに、、その、こはく、っていうのは。同じこはくでも、琥珀なら知ってるけど。

 彼女が独り、こういった瞬間、俺の疑問符が二次関数的に増殖を開始する。憑異関係、という事は分かった。が、それ止まりだった。

 一方のイヅノは、自分がその、伍白とやらになった事を噛みしめている様子。それになった事を、何度も反芻しているようだった。

 「うん。わたしたち、憑獣は、本当は別の姿をしてる、っていうのは前に話したでしょ」

 「それは知ってるよ」

 イヅノ、それはセンター試験ぐらいの時に聴いたよ。彼女の言葉に、俺は首を縦に振る。正真正銘、ソレであるイヅノから聞いた事なので、当然だろう。

 ここで解説をさせてもらうと、イヅノがそうである憑獣は、いわゆる妖怪の類で、通常の動物とは比べ物にならないくらいの妖力を持っている。この事は、「シケンノ書」で説明したので、存じているだろう。彼女が言うには、憑獣は、いくつかあるその部類の一つだそうだ。元は全て、常支じょうしと言われている。彼女も、生まれた時はこれだったらしい。常支は何事もなく生を全うすれば、何も変化はないらしい。だが、何らかの原因で、それは変わる。

彼女自身も原因は分からない、と言っていたのだが、何らかの原因で常支が持つ妖力が、人に移る事があるそうだ。こうなると常支は、自身の妖力の大半を失い、本来の姿に戻れなくなる。この現象、人に妖力が移る、そして、よく知られている、霊などがとりつくことを、憑依、というらしい。このように、人に憑依している常支が、憑獣だ。

それからもう一つ。常支が負の感情、恨みや怨念に満たされると、憑獣とは逆に、一般的な動物に近い姿になれなくなるのだそうだ。そうなると、自身の為だけに行動するようになり、時に人や社会に悪影響を及ぼすようになってしまう。こうなった常支は、怪異かいいと呼ばれているそうだ。俗に言う妖怪は、これが最もしっくり当てはまるだろう。

さらに、ここまで説明した常支、憑獣、怪異、これらをまとめて、妖獣、と言うらしい。長くなったが、こんな感じだ。

話しに戻ると、イヅノは以前俺に話したことを手短に繰り返し、俺に問いかける。それを俺は、彼女からは見えないが、大きく頷いて肯定した。

「一言で言うと、伍白も白捌も、わたし達、白狐が醒位になった時の種族名。見ての通り、醒位になると姿が変わるから、名前も変わるの。真位は、常支が本来の姿、憑獣でいう醒位と同じようなもの、かな。…ちょっと話が逸れちゃったけど、他の種族、ルーナの月猫とかは、大体一つの状態で一つの姿なの」

「他の、って事は、イヅノの白狐は違うんだね」

「うん。白狐は妖力の強さによって、九つの姿があるの。見分け方は、体の大きさと尻尾の本数。順番に言ってくと、一本の時はそのままで、白狐。二本になると白弐しらふ。三本が参白みはく、四本が白肆びゃくし、五本…、今のわたしが、伍白こはく。それから、六本が陸白りはく、七本が白漆はくな、八本が白捌びゃくや、そして九本が白玖しらく。白玖は九尾の狐、って言えば分かるかな」

姿が変わって、名前も変わるなんて、あの某ロールプレイングゲームみたいだ。彼女の解説に、俺は率直にこういう感想を抱いた。抱いたが、それに気をとられて、そのほとんどを聴き逃してしまう。彼女がそうであるという、伍白、それから話の前半以外を覚えきる事ができなかった。

その彼女はというと、順を追って話しながらも、周りへの注意を疎かにしてはいなかった。時々前足で踏ん張り、急に進行方向を斜め前に変える。場合によっては斜め上に跳び、建物の壁を蹴る。そうする事で、行き交う人々を華麗にかわしていた。

「さすがに九尾の狐は知ってるよ。色んな昔話とが、アニメにも出てくるしね。って事はイヅノ、イヅノは九尾の狐、なんだね」

妖力が強くなればそうなるって事は、こういうかな、多分。彼女の聴き取れた彼女の話を整理したら、俺はこういう結論に至った。白狐の彼女が言ったのだから、間違いないだろう。こう確信するのに、あまり時間はかからなかった。

「最終的には、だけど、そう言うこと。わたしはまだ未熟だから、まだ白玖じゃないの。醒位で伍白だから、百パーセントわたしがわたしの妖力を持ってたら、たぶん白漆。完異かんいしないと分かんないんだけど…」

へぇ、あんなに妖技を使えて、知ってもいるイヅノでも、まだ未熟なんて。完璧に妖技を使いこなす彼女しか知らないので、俺はまさかの発言に、驚きで何も返すことが出来なかった。彼女も自信なさげに話していたので、より一層そう感じさせたのだった。

でも、単純計算すると、そのくらいかもしれない。イヅノの尻尾の本数である五を、醒位のリンク率である七割、〇・七で割る。そうすると出てくる解は、約七・一四。七本の尻尾を持つ、白漆、という訳だ。

「でももしかすると、シンヤが妖力を高めてくれてるから、白捌かもしれないよ。ちなみにだけど、わたしが知ってるのでは、狐の妖獣の中には、化け狐とか狐の精霊とかいるの」

「そうなんだぁ。その化け狐も、普通の狐とは見た目も違うんだね」

「うん! 化け狐…、黄狐おうこはあまり良いイメージは無いけど、精霊の青狐せいこはみんないいひとなの。わたしの幼なじみも青狐なんだけど、凄く優しくて頼りになるの。わたしと同じフセンの生まれなんだけど、今はメイヤのネッタ神宮にいるって言ってたかな。シンヤにも会ってほしいなぁー」

 イヅノの、幼なじみか…。初めて聞いた事が多すぎて頭がパンクしそうだけど、そこは気になるなぁ。イヅノと同じ、狐だとは思うけど。次々に飛び込んでくる情報で、俺の頭の中は飽和してしまう。そんな状態ではあったが、彼女が最も伝えたかったと思われる事は、辛うじて処理することは出来た。本当に嬉しそうに話す彼女を見れば、重要な個所を察するのは容易い事だろう。終始しがみついている俺は、そんな彼女の話を、うんうん、と相づちを打ちながら聞き入っていた。…もちろん、溢れた情報の整理をしながら。

という事で、彼女に騎乗する俺は、その背中の上で情報の整理を開始した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ