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東ノ満碑  作者: Lien
巻之弐 シギョウノ書
7/15

其之肆 朝見た黒猫

 「で、何でこんな所に? この辺では何も活動してないはずなんだが」

 履修の説明を受けた部屋から歩くこと、数分。俺はさっき知り合った彼、猫伽タケルと行動を共にしている。互いの事を話すうちに、俺達は俺の目的へと場所に辿りついているのだった。

 話を聴いたところ、彼はエイソ、いわゆる地元に住んでいるのだそうだ。地元ではあるが、自宅は離れた場所にあるので、ここまで電車で通うのだとか。また、彼の高校時代は演劇部。出演する事はもちろん、演目のシナリオも考えていたらしい。これは後日、彼と同じ高校の出身だ、と言う人から聴いたのだが、彼は一度その役に入り込むと、完全にそのキャラクターになりきる。故に、他の部員からの評価が高かったのだそうだ。

 「うーんと、ちょっとね」

 例によって、まだ知り合ったばかりの彼に、イヅノの事を言う訳にはいかない。両親と姉にもまだ言っていない。理由は、言わなくても粗方察する事が出来るだろう。そういう訳で、俺はこんな風に答えを誤魔化した。

 「俺からも一つ、訊いてもいいかな」

 「ん、ワテに? 」

 でも流石にそれだけでは時間の問題だ。そう思ったので、俺は何気なく話題を変える。個人的に気になる事もあったので、それについて尋ねてみる事にした。

 「うん。朝ここに来る時にも見かけたんだけど、この猫って、タケル君のなの」

 そう、今この場にいるのは、俺と彼だけではない。彼の足元には、見覚えのある黒い猫。先がカールした尻尾をもつ猫は、彼の傍らで大人しく控えていた。

 「うぅーんと、ル…、いや、要はそういう事だな」

 「にゃーっ」

 彼は少し考え、何かを言おうとする。出かけた言葉を、口をつぐむ事で押し留め、すぐに代わりを用意していた。

 例の黒い猫はというと、彼が言いかけた時点で声をあげる。驚きが混ざっていたような気がしたが、表情から推測すると、その感情を何とか隠そうとする。そんな風に、俺は見えた。

 ここで俺は、朝とはまた別の事に気付く。改めて見てみると、この猫の瞳もまた、他のそれとは違っている。例えるなら、夜空に浮かぶ満月。漆黒の毛並みに映える黄金色の瞳が、妖しく輝いていた。

 ん? いや、待てよ。他の動物とは違う色の瞳? って事はもしかして、この猫…。

 俺はふと、以前イヅノから聞いた事を思い出す。彼女自身もそうなので、こう考えた時点である仮説が生まれる。断定するまでには至らなかったが、かなり信憑性のある説に、俺は確信を持つのだった。

 「そうだったんだ。金色の眼の猫って珍しいから、もしかするとひょう…」

 「キューン」

 『シンヤー、おまたせー』

 大学の奥へと続く坂を背に、俺はこう訊ねる。図星だったらしく、一瞬だけ彼の表情が揺らぐ。更に追求しようとしたが、背後から響く鳴き声に遮られてしまった。

 若干驚きながらもその方向に振り返ると、そこには新雪を連想させるような真っ白な毛並みをもつ狐。イヅノが満面の笑みで駆けてくる、まさにその瞬間だった。彼女は声でもそう言ったのだろう、俺の頭の中に響くセリフのトーンも、ポップコーンの様に弾け飛んでいた。

 『あれ、シンヤ? この…』

 「びゃっ、白狐? 白狐が何故にエイソに。一体どういう事」

 走ってきた彼女は徐々に減速し、俺の傍に就く。目線を上に泳がせ、正面のタケルを見る。俺に彼の事を訊こうとしていたが、その彼自身の驚きによって遮断されてしまっていた。

 当の本人はと言うと、あり得ない、と言った様子で声を荒らげる。見るからに目を見開き、イヅノの事を凝視していた。

 「えっ、たっ、タケル君、イヅ…」

 「ルーナ、もしかして、この狐が言ってた白狐? 」

 「キューン? クゥーン! 」

 「っていう事はやっぱり、シンヤ君は妖技…」

 「私がちゃんとこの目で見たんだから、間違いにゃいよ」

 「ちょちょちょちょっ、ちょっと待って! とっ、とりあえず、ここは一度、落ちつこっか。って言うか、猫が喋ってるし」

 いつの間にか、驚きがドミノ倒しのように連鎖し、収拾がつかなくなってしまっていた。まず始めに俺は、イヅノの種族を知っていたことに驚き、落としていた目線をスッと前に向ける。この事を訊こうとしたが、その前にタケルが黒猫に向けてこう言い放つ。更にイヅノが例の黒猫を見つけるなり、嬉しそうに声をあげる…。このように、次から次へと前者の発言を遮っていくという、荒れまくった場が出来上がってしまった。

 このカオスな展開をどうにかしないと、この時ようやくこう感じた俺は、慌てて大声をあげる。無理やり話を終わらせる事になってしまったが、平常心を失っている全員にとっては、十分すぎるくらい効果を発揮したのだった。

 「おっ、おぅ、そうだよな。まず、ルーナが朝見た白狐は彼女で、ソウナ? から来てる、と」

 「クゥン」

 「で、彼はフリーの妖技師で、イヅノっていう白狐が憑獣、であってるかにゃ」

 一通り落ち着いたところで、まずはタケルが口を開く。彼曰く、ルーナという名前の黒猫をチラッと見、続けてイヅノに目を向ける。おそらくソウナという地名を知らないのだろう、頭上に疑問符を浮かべながら、イヅノに訊いていた。

 話をふられたイヅノは、おそらく、うん、と言っているのだろう。大きく頷き、彼の方を見上げていた。

 次に話し始めたのは、何故が、長い尻尾を持つ黒猫。所々に鳴き声が混ざっているが、どうやら差し支えなく喋る事が出来るようだ。場が荒れている時に聴き取った事を、自らの推測を交えて言い、俺の事を見る。その問いに、俺はすぐに肯定するのだった。

 「それから、ルーナっていう名前の黒猫は、月猫つきねこっていう種族で、タケル君の憑獣。タケル君も俺と同じで、妖技を使えるって話、でいいよね」

 「そうだが」

 「あと、タケル君が使える妖技は聴覚系。憑異ひょういだけじゃなくて、完依かんい? したこともある」

 「そうにゃ。私が、その証拠にゃから」

 彼女に続いて、俺もタケル達の情報を確かめる。月猫という彼女を見て、本人から聞いた事を復唱する。その後、彼にも目を向け、同じように俺は訊ねた。

 彼がこの事に頷くのを確認してから。俺は次なる言の葉を並べる。イヅノから伝え聞いた事なので、分からないものがある。モヤモヤしたまま声に出す、それしか出来なかった。これに答えたのが、ルーナと言う彼女。自信満々に頷き、こう声をあげるのだった。

 さっき分からないと言ったが、知っているものも確かにあった。同じくイヅノから聞いた事だが、憑異がそれにあたる。同じ読みをする憑依は、人に霊などが憑くこと。憑異は、別の事を指す。妖技師…、妖技を扱う人にしか使えない変化系の妖技で、自分の憑獣と大きく関係している。曰く、憑獣の妖力と人の妖力をリンクさせる。普段の状態を常位じょういと言うらしいのだが、妖技師が憑異を発動させる事で、憑獣は醒位せいいという形態になる。前者、つまり普段は妖力の三割がリンクしていて、後者は七割なのだそうだ。話は少し逸れるが、最近俺はこれの習得を目指している。軌視は簡単に習得できたのだが、変化系のこれはどうしても上手くいかない。なので、以前イヅノが言っていた、視覚系に特化している、と言う事を実感する毎日だ。

 「その、証拠、というと…」

 話に戻ると、意味深な発言をするルーナに、俺は声をかける。

 『ええっと…』

 が、言い切るその前に、イヅノが頭の中に割り込んできた。

 『ルーナちゃんが人の言葉を話せるのは、完依したことがあるからなんだよ』

 「完依? 完依も、妖技の何か、なの? 」

 『うん。これも憑異と同じ、変化系の妖技。わたし達が醒位の時にしか使えないんだけど、リンク率を更に高めるもの。七割から十二割まで高める事で、憑獣は本当の姿、完位かんいになる…、だったと思う。その時に、憑獣に人が元々持ってる妖力が流れ込むから、その影響かな。詳しくはわたしも分かんないけど』

 じゅっ、十二割って…、どういう事? 割合って、最大で十割のはず。

 『要するに、妖技を発動させた影響、って感じかな』

 妖技の知識に関しては長けているイヅノにしては珍しく、首を傾げながら言葉を伝えてきていた。彼女の話しから、俺が使えるようになるのは遥か先、そう感じるのだった。













 「イヅノちゃん、完位の姿はにぇ、常支じょうし真位しんいとはちょっと違うんだよ」

 『えっ、違うの? 』





                          ~シギョウノ書~ 完

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