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東ノ満碑  作者: Lien
巻之弐 シギョウノ書
5/15

其之弐 学内までの道中で

 「間もなく、終点、エイソ…」

 『あっ、シンヤ。ここで降りるんでしょ』

 「そう。終点だから、嫌でも降りないといけないんだけど」

 磁気鉄道に揺られる事、二十数分。俺達を乗せた鉄道は目的地に辿りつく。あれほど立ち並んでいた建造物は疎らになり、数軒が見られる程度。支配している色も、コンクリートの灰色ではなく、若草色や緑といった、自然のものが多い。駅に通じている道も一車線で、申し訳程度に小さなロータリーがあるだけだった。

 俺が住むソウナよりも遙かに田舎だと思ったが、それは俺の思い込みだったようだ。途中からであったが、軌道敷に沿うように、高速道路が並走している。近くに別の路線があるらしく、少し道が広めになっている。車内から進行方向を見ると、遥か先に料金所が確認できた。また、エイソにある交通機関は、これだけではない。軌道敷に直交するように、ごく一般的な線路が延びている。どこに続いてるのかは分からないが、これも通学に利用されているのだろう。到着したらしく、駅の建屋から大勢の人たちが流れ出て来ていた。

 そんな中俺達が乗る車内に、終着駅に着いた事を告げるアナウンスが流れる。依然として俺の膝の上に座るイヅノは、待ちくたびれたかのように言葉を伝えてくる。俺の方を見上げ、視線でもこう訴えてくる。流石に二時間近く揺られているので、人混みに関する事は考えないようにしていたらしい。明らかに疲労の色を見せながら、苦笑いを浮かべていた。

 その彼女に俺も、空返事をする。朝が早かったので、若干ぼーっとしているが、とりあえず頷く。それなりに混み具合がマシになったので、足元から端に寄せていた荷物を抱え、こう答えた。

 『だよね。じゃないと透異の効果が切れちゃうから、本当に危なかったよ』

 「確かイヅノは、二時間半で元に戻る、って言ってたっけ」

 俺の返事に頷くと、彼女は俺の膝の上からぴょん、と跳び下りる。すぐに振り返り、「キュゥ」と声をあげると、安心したように俺を見上げた。

 その彼女に、俺は以前聞いた事を思い出し、こう言う。それから俺は、座っていた席から立ち上がり、鞄を提げて歩き始めた。そこにイヅノも続き、下車する。少し前に降りた学生の波に乗り、俺達も最後尾で彼らについていった。

 「あぁー、やっと着いた」

 『でもやっぱり、ソウナとは空気が違うなー。新鮮で気持ちいよー』

 「あっ、イヅノ、元に戻ったんだね」

 改札を抜け、俺達はロータリーに続く外へと出た。信号が赤だったため、学生で混んではいたが、乗った時よりはかなりマシになっていた。これは昨日の入学式の時に知った事だが、この駅から学内を結ぶ、直通のバスが運行しているそうだ。徒歩で十分ぐらいかかるが、それを利用すると五分ぐらいで着くらしい。どっちにしろバスに乗るのに並ばないといけないので、結局は同じような気もするが…。という事で、俺はとりあえず、大学まで徒歩で行くことにした。

 外に出た俺は、圧迫感のあった空間から解放され、大きく伸びをする。大きな独り言を自然の中に解き放ってから、彼女の方に視線を落とした。

 彼女も里の空気を楽しんでいるらしく、晴れやかな表情をしている。階段を下りている間に時間切れになったらしく、彼女の透け感はなくなり、ハッキリと目で捉える事が出来る。気持ちよさそうに一鳴きすると、溌剌とした調子で言葉を伝えてくるのだった。

 『うん! やっぱり自然っていいね』

 「そうだね。それからイヅノ、車には気をつけてね、それなりに交通量があるから」

 今にも走りだしそうな彼女の頭を、俺は優しく撫でてあげる。すると彼女は、満面の笑みで俺に応えてくれた。パッと見白い狐の彼女はテンションが上がっているらしく、フサフサの尻尾が勢いよく揺れている。動物らしい一面を見せてくれる彼女に癒されながら、俺は大学へと続く一般道を歩いていった。

 『ソウナで慣れたから、大丈夫だよ』

 俺の心配は杞憂だったらしい。彼女は心配しないで、とでも言いたそうに俺をチラッと見、こう言う。その声はとても楽しそうで、俺自身も同じ気持ちにさせてくれそうだった。

 「ニャ―ン? 」

 とそこに、道の脇の茂みから、一匹の黒猫が飛び出してきた。不思議そうに声をあげ、イヅノの方を見る。こくりと首を傾げながら、白狐のイヅノの素性を確かめるように目を向けていた。

 「キューン? 」

 「ニャー」

 突然の事にイヅノは、戸惑っている様子。誰がどう見ても戸惑い、あたふたしている。

 一方の相手はというと、満足したのか、明るく一鳴きする。その声は、何かを確信したような…、そんなニュアンスが含まれているような気がした。

 そこで俺は、この猫をもっとよく見てみる事にした。視神経を妖力に繋いだことで、格段に良くなった目で、黒猫を凝視する。そうする事で、この猫が自宅付近に住む野良猫とは少し違う事に気がついた。まず、この猫の色は黒と言ったが、漆黒、と例えたほうが良いかもしれない。真夜中の空の様に深い黒で、その闇に吸い込まれてしまいそうだった。次に、この猫の尻尾。イヅノよりも少し小さいぐらいの体長よりも、一・五倍ぐらいの長さがあるだろうか。先端がカールしていたので、正確な長さは分からなかった。

 「クゥーン」

 「ンニャーン! 」

 俺がこの猫を観察している間、二匹は互いに声をあげていた。それはまるで会話をしているかのように、交互に鳴きあっていた。動物同士だから、本当に何かを話しているのかもしれない。俺はこう思いながら、彼女達のお喋りを見守っていた。

 「ニャッ」

「キュン! 」

 話しきったらしく、黒猫は短く鳴くと、くるりと向きを変える。ぴょんと軽く前に跳び、チラッと俺の方に振りかえると、草むらの中に消えていった。

 弾けんばかりの声で答えたイヅノは、満足そうに黒猫を見送る。また会いたい、また話したい。そんな声が聞こえてきそうなほど、この声には希望が満ち溢れていた。

 「イヅノ、早速友達が出来たって感じだね。何話してたの」

 真っ黒の猫が去り、二、三歩ほど歩いてから、俺ははしゃいでいるイヅノに目を向ける。俺も早く新しい友達をつくりたい、そう思いながら、彼女に話の内容を尋ねてみた。

 『はなし? 何のこと』

 「何のことって…、あの猫と喋ってたことだよ。仲良さそうに話してたでしょ」

 しかし、俺が思っていた返事とは別のものが返ってくる。彼女は俺の方を見上げ、疑問符を浮かべながら首を傾げる。的外れだよ、と言いたそうに、彼女は俺に訊き返すのだった。

 それに俺は、思わず頓狂な声をあげてしまう。近くを同じ方向に歩いていた何人かに振り返られたが、構わず白い狐に訊き返した。

 『うん。話してたけど、言葉、わかんなかったもん』

 「えっ」

 『だって、系統が違うと言葉も違うし、そもそも、普通の動物は言葉、持ってないでしょ』

 これは知らなかった。動物の言葉は人には分からないのは普通だが、動物同士なら伝わるのだと思っていた。ならもしかすると、動物にとって、別の種類の獣の言葉は、人に例えるなら外国語のようなものなのかもしれない。彼女の言葉を聴いて、俺は率直にこう感じた。

 同時に、別の疑問も浮かんでくる。それを俺は、すぐに口にする。

 「確かにそうだけど…。なら、さっきは何してたの」

 『あれはちょっとした挨拶。それと、声のトーンとかで感情ぐらいは分かるから、どう思ってくれてるかの確認。あの子、わたしの事に興味を持ってくれてるみたい。わたしもそう思ってるから、また会いたいなぁー』

 彼女は当然、とでも言いたそうに真っ直ぐ見つめてくる。でもすぐにその視線を緩め、追加で説明する。よっぽどそう思っているのか、彼女は尻尾を左右に振りながら、嬉しそうにこう伝えてきた。

 「挨拶かぁー。イヅノ、また会えるといいね」

 『うん! あっ、シンヤ、あそこに見えてきたのが入口じゃないかな』

 「ええっと、うん、そうだね。他の人とバスも入ってくし、間違いなさそうだね」

 雑談に華を咲かせている間に、俺が通う事になる目的地が見えてきた。誰がどう見ても大学だ、と分かる佇まいに、まずイヅノが気付く。ビルの手前にある黒っぽいアーチを見つけると、こう推測していた。彼女に続いて俺も目を向け、首を縦にふる。三メートルほどの高さで、正面に大学名が書かれたアーチ…。それはまるで、今季からここの学生となる俺達をはじめ、通いなれている上級生達を歓迎しているかのよう。訪れる人物が誰であろうと悠然と迎え入れる…、堂々とした出で立ちに、俺は圧倒されてしまった。

 そんなアーチの下に目を向けると、学生や教授と思われる人たちがそこをくぐっていく。時々バスや二輪車が俺達を追い抜いていくので、近くに駐車場か停留所があるのだろう。信号機の指示に合わせて、せわしなく行き交っていた。

 『きっとそうだね。ええっとシンヤ? 確か話を聴くのって、二時間ぐらいで終わるんだよね』

 「たぶんそうだと思う。今日は履修登録のし方と施設の説明だから…、うーんと、そのはず」

 俺の言葉に頷くと、彼女は俺の前にまわり込む。顔を上げ、俺に目を向けると、彼女はこう尋ねてきた。彼女の問いに、俺は自身は無かったが、とりあえず肯定する。昨日聞いた事を思い出しながら、提げている鞄の中を漁り始める。数ある書類のうち一枚を手にとり、鞄から取り出す。すぐに今日の予定の欄を確認し、今度こそ質問に答えた。

 『ならその間、ヒマだからわたしは大学の中、見てくるね。同視を使えばシンヤも見れるし、丁度いいでしょ』

 確かに、イヅノの言う通りだ。俺が使える同視は、自分の憑獣と、互いの視界を共有する事が出来る。それを上手く使えば、広いキャンパス内で時間を有効的に利用できるという訳だ。

 「だね。…我、視権ヲ共ニス」

 アーチをくぐり、そこから坂を登る。小さい池を横目に三十メートル程進む。登り切ると、自然豊かな里には場違いなビル…、学科棟の一つに辿りついた。そこで俺は目を閉じ、内なる力に意識を向ける。独特な発音で唱える事で、例の妖技を発動させた。すると、俺の視界の黒い部分に、もう一つの視覚領域が現れる。イヅノの視界で俺が目を閉じているのを確認してから、自分のそれを黒の世界から解放した。

 『同視はさすがにもう慣れたものだね』

 入試後の練習のお蔭だね。彼女はそう言っているかのように、明るく声をあげる。にっこりと笑いかけ、同時に尻尾で嬉しさを表現していた。

 「三か月間も使ってるからね。さて次は…、我、虚空ニ記ス」

 あの時は成り行きで習得したけど、使えるようになって良かった。今こうしてここにいるのも、そのお蔭だし…。俺は彼女の言葉で、三か月前、入試当日の事を思い出す。会場の暖房が効きすぎて体調を崩したが、何とかなったのはいい思い出だ。

 この事をすぐに頭の片隅に追いやり、白狐に向けていた意識を自身の妖力に戻す。さっきとは別のセリフを唱え、別の妖技を発動させた。

 『軌視だね』

 「…よし、っと」

 発動のきっかけとなる言葉を聴いたイヅノは、確信と共にその名前を口にする。それに俺は、声とは違う、別の方法で答えた。

 右手の人差し指を立て、空中で左右に動かす。それは文字となり、文として意味を為す。だが、それだけではない。俺の人差し指が通った後に、白い軌跡が浮かび上がる。俺の視界では、確かにそれが認識できる。その通りだよ、そう俺は描いた。しかしそれは、イヅノの双眼では確認できない。その後、俺がまばたきをすると、空中に浮かぶ文字は、何事もなく姿を消していた。

 「これで、離れてても話せるね」

 『うん。じゃあ、また後でね』

 発動させた妖技の効果を確認してから、俺は彼女にこう話しかける。すると彼女も弾けんばかりの笑顔で頷いてくれる。その笑顔で、俺の顔からも笑みが漏れていた。

 彼女はそれだけ言うと、広葉樹がとビルが立ち並ぶ、学内のメインストリートを駆け上がっていった。


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