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東ノ満碑  作者: Lien
巻之弐 シギョウノ書
4/15

其之壱 通勤ラッシュ

 シケンの書では、俺のイヅノとの日常、俺にとって初めての妖技習得までを伝えた。時期的にも、文字通り、「試験」と「視権」という訳だ。「センター試験」という、学生生活最重要とも言える分岐点からも、俺達の世界とあなた達の世界の類似点を感じ取って頂けただろう。

 さて、続いては、俺の大学生活、最初の一日から物語が始まる。物語全体を通して、主な舞台となるこの場所で何が起こるのか。そして、誰と出逢い、何を感じるのか、見届けてほしい。ありきたりで、ありきたりで無い、俺の日常を…。


 『ねぇシンヤ、本当にこの大学で良かったの』

 「うん。学力的にもここが一番近かったからね」

 騒がしい人混みの中で、俺は一つの声を正確に捉える。耳ではなく、頭で直接感じ取った声には若干の疲れが混じっていたが、俺はその声に頷く。自分が下した判断は間違っていない、と彼女に確認すべく、横目で背後をチラッと見、小声でこう述べるのだった。

 この声の主の姿は、俺以外に確認する事は出来ない。憑獣の彼女、白狐のイヅノが言うには、透異、という妖技を使っているらしい。そのため、結果的に俺に背負われている彼女は、視覚では捉える事は出来ない。完全に存在を出来る訳ではないので、ぶつかったり、彼女自身が鳴けば、話は別だが…。

 さてここで、今俺達が置かれている状況を説明しよう。今俺達がいるのは、ビチョウ地方にある、公共交通機関の乗り場。地下にあるため、この場を照らすのは蛍光灯などの照明しかない。人の数は、この閉鎖された空間から溢れるほど多く、ただならない圧迫感を与えている。通学に初めて交通機関を使う俺にとっては、目が回ってしまいそうなほどだ。地下鉄に乗った時もこうだったので、粗方想像は出来たが…。そう、それだけ言うと、想像に難くないだろう。今現在の時刻は、午前八時過ぎ。俗に通勤ラッシュと言われている時間帯だ。そのため、見かけるのは家族連れではなく、サラリーマンなどの社会人、俺みたいな学生がほとんどだ。おそらく彼らは、大都会のメイヤ市内から郊外に赴くのだろう。ここにいる誰もがそうであるとは限らないと思うが。

 その中の一人が、俺という訳だ。これから最低四年間はこの生活が続くと思うと、気が滅入るが、慣れ、という作用がどうにかしてくれるだろう。そう思うと、心なしか人混みの煩わしさが軽減されていくような気がした。

 しかし、イヅノはそうではないらしい。俺に伝わってくる声には、明らかに疲労の色が感じられる。自宅からここまで一時間半費やしているので、分からなくもないが。俺でもこうなので、活発な憑獣のイヅノなら尚更だろう。

 『でももうちょっと近い大学もあったんじゃないの? 大学に通うのに二時間かかるって、いくら何でも…』

 「まぁ、そこは慣れ、じゃないかな? 駅伝部の先輩も、慣れれば何とかなる、って言ってたし」

 俺の肩にしがみつく彼女は、不思議そうに俺に訊ねてくる。おそらく彼女は、首をこくりと傾げながら、疑問を投げかけるのだった。

 去年のインター杯、俺にとっての引退試合の時に、そう聴いた。その彼が言うには、一か月間同じ生活を続ければ、身体が順応してくるらしい。かつて聞いた事を思い出しながら、俺はこう答える。小声なので聞こえてるかは分からないが、自分への言い聞かせを含める事になった。

 『そうかなぁー。わたしはそうは思わないよ。携帯の電波か何かは分かんないけど、さっ

きから頭、痛くなってきたし』

 そう呟く彼女は、おそらく顔を歪めている。発言から推測すると、多分そうだろう。案の定彼女は、俺の肩から右前足を放し、左で体を支える。斜めに提げている鞄の上に乗っているらしく、彼女は安定している。放した前足を頭に添えて、痛みを俺に訴えてきていた。

 「そっか。イヅノは動物だから、人よりも電波とか磁気に敏感なんだっけ? 」

 『人間が鈍感すぎるだけだよ』

 彼女から聞いた事なので、俺は半信半疑のまま、こう訊ねる。これに対しイヅノは、俺の耳元で「キュゥー」と小さく声をあげる。おそらくため息をついたのだろう。彼女は呆れたように、こう言葉を伝えてきた。

 「イヅノ達からすると、そうかもしれないね。街中は緩波処理されてるくらいだし」

 イヅノが言う事も、納得出来る。俺はまだ生まれてなかったが、三十年ほど前は町中から電波が溢れていたらしい。そのせいで頭痛や健康障害が多発、街中に住む動物たちも、その被害を被ったそうだ。そこで開発されたのが、波長の長い電波の緩衝技術。電波の振幅を小さくすることで、軽減に成功した。でもそのままだと電波の性質が変わってしまうので、同時に電波の復元技術も開発された。各端末の受信機にそれを内蔵することで、電波公害を解消したそうだ。

 『じゃあ何で? 何でこんなに痛むの、弱くなってるはずなのに』

 彼女は家のパソコンを使えるのだが、この事に関しては調べてなかったのだろう。矛盾してるよ、とでも言いたそうに、俺に訊ねてきた。

 それに俺はこのように解説する。

 「友達から聞いた事なんだけど、今から乗るこれは、磁力で動いてるらしい」

 『磁力で? 』

 「そう。磁力で車体をレールから浮かせて、摩擦を無くしてるらしいよ。…さぁ、列車も来たみたいだし、一杯になる前に乗ろっか」

 伝え聞いた事だが、そう言う事らしい。その友人曰く、十年ほど前に開催された万国博覧会に向けて、開発されたそうだ。この技術は最終的に、リニア鉄道にも採用される。まだまだ課題は残っているようだが、それも快方に向かっているのだそうだ。

 そうこうしている間に、乗る予定の列車がホームに入ってくる。ラッシュの時間帯であるため、当然人でごった返す。押しつ押されつで自らの向かう方向へと抜け出す。ある人は地上へと出る階段を目指し、人混みをかき分けていく。またある人は、並んでいる列に続き、一瞬だけ空になった車内に滑り込んでいく。もちろん、ホームで待っていた俺達は後者だ。俺は前にいた背の高いサラリーマンの後に続き、すし詰めになる空間へと乗車した。幸いタイミングが良かったので、何とか座る事が出来た。

 『磁気、かぁー。なら、何とかなる、かな』

 「クゥーン、キューン」

 一方のイヅノは、俺の背中から跳び下り、しなやかに着地する。俺が座るのを確認すると、周りに注意しながら跳躍し、俺の膝の上に乗る。自信は無いけど…、そう聞こえてきそうな雰囲気で言葉を伝えると、彼女はこう声をあげる。俺にこの意味は分からないが、その声は早くも満員になった車内へと溶け込んでいった。

 俺は数秒ほど様子を伺ったが、何も起こらない。そこではただ、閉鎖された空間に犇めく騒音が、人々の聴覚を支配しているだけだった。

 「イヅノ、何かした」

 『うん。できるかどうか分かんなかったけど、ちょっとね』

 いくら考えても分からなかったので、俺は首を傾げる。膝に座る彼女に、俺はこう訊ねた。

 それにイヅノは、何故か悪戯っぽく笑みを浮かべる。満足げにこう言うと、俺の方を真っ直ぐに見上げていた。

 『障波、っていう妖技をね。まだコントロールできないんだけど、音波の壁を作って、電磁波とか衝撃波…、いわゆる波動を和らげるの』

 「波動? 」

 『うん。高校の物理で習ったはずの、光とか音。サインとかコサイン…、波のことだよ』

 そう言葉を伝えてくる彼女は、自信満々、と言った様子で俺を見る。周りの雑音が増したような気がしたが、構わず疑問を投げかける。すると彼女は、俺が教えてないはずの知識を羅列し、解説をしてくれた。それでもなお、彼女は言葉を伝えてくる。

 「それは知ってるけど、どうしてそんな事を」

 『だって、磁力も波動の一種でしょ? フレミングの法則で表せるぐらいだし。だから、磁力も防げるんじゃないかなぁー、って思ってね。電波も遮るから、周りの人には悪い事、しちゃったけど』

 彼女はこう伝えると、暗めに「キュゥン」と声をあげる。どういう事か理解できなかったが、彼女は何かを申し訳なく思ってるらしい。まるでその心情を表すかのように、彼女の耳は力なく下がっていた。

 「でも、気にする事は無いんじゃないかな、何も起きてないみたいだし」

 『ううん、人間には何も感じないかもしれないけど、ちゃんと起きてるの。スマホ、見てみて』

 「スマホを? うん」

 沈んでいる彼女を励まそうとするが、それは叶わなかった。俺の膝の上で首を横にふる彼女は、そのままのトーンでこう伝えてくる。座ったまま前足で俺のデニムのポケットの辺りを軽く叩き、そうするように促した。

 彼女の頼みに、俺は半信半疑のまま頷く。隣に座っている人に当たらないように注意しながら体を捻り、ポケットに手を突っ込む。指先に硬いものが触れるのを確認すると、それを掴み、引き抜く。そのままの流れで電源を入れ、俺はその画面に目を向けた。

 「あれ、圏外? 地下から出てるから、受信できるはずなのに」

 画面の上の方に表示されていたのは、受信出来ていない事を表すアイコン。アンテナの横に表示されているはずの、電波を表す縦線が、一本もない。唯一あるのが、その場所に表示された、小さなバツ印、それだけだった。

 まだ街の中を走行してるから、そのはずはない。俺は一瞬そう思った。でもすぐにイヅノが言った事を思い出す。そこでようやく、俺は彼女が伝えてきた意味が分かった気がした。

『お蔭で頭痛、無くなったけど、ちゃんと起きてるでしょ』

 少し立ち直ったのか、彼女の表情に、若干だが明るさが戻っている。本人の言う通り、痛みが引いたのか、食いしばっていた顎の力も、いつの間にか緩めていた。

 「圏外になってるし、そうかもしれないね。でもイヅノ? 妖技って事は分かったんだけど、何でイヅノにこんな事ができるの」

 理由は分かっているが、俺はこう訊かずにはいられなくなる。別の妖技の効果で透けている彼女に、こう訊ねてみた。

 『わたしの種族、白狐とその系統はね、波動と衝撃を操る事が出来るの。操れる、って言っても、みんながみんな、全部を使えるわけじゃないの。光を操れるけど音はできない、とか、衝撃を司ってるけど音はムリ、って感じでね。その中でも、わたしは音。変化系の方が得意なんだけど、種族の中ではこれかな』

 彼女の解説を聴き、俺はこう思った、イヅノ、音を操れるなんて、君は本当に妖怪の類なんだね、と。系統、という言葉も気になりはしたが、それ以上に人間離れならぬ、動物離れした彼女の能力に、俺は唖然とした。


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