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東ノ満碑  作者: Lien
巻之壱 シケンノ書
3/15

其之参 はじめての妖技

 我に返った俺は、ひとまず場所を変えようと、自転車をこいだ。傍から見ると、誰もいないところで、独りでペラペラと話していることになるからである。自転車のペースにイヅノがついてこられるか心配だった。何故なら、俺は引退したものの元駅伝部。故に脚の持久力、力が強い。そうであるから、当然ペダルをこぐスピードも速くなる。具体的な速度を出すとしたら、時速三十キロメートル、と言ったところだろう。しかし、俺の心配は杞憂に終わってしまう。何しろ、彼女はタダの狐ではなく、憑獣。俺の想定をいとも容易く打ち破って見せたのだ。姿を消すための妖技の効果が切れたのか、彼女の身体の透け感は、校門を出たところで無くなった。そこまでは、粗方想像できた。しかし、次からがそれだ。彼女は狐の言葉で一声挙げる。俺には何て言ってるのか分からなかったが、彼女曰く、別の妖技を発動させたらしい。その事を気にする事なくこぎ始めたのだが、彼女はそれなりの速さでこぐ俺の自転車を、軽々と追い抜いたのだ。その時、俺は思わず、流石憑獣だ、と感心したのだった。

 そんな感じで彼女と競争じみたことをしながら、帰路に就いた。息抜きついでに彼女につき合う約束をしていたので、荷物を置いてから、すぐに家を出た。近所の河川敷まで降りていき、そこでする事にした。河川敷といっても、綺麗には整備されていない。なので、雑草の茂っていない橋の下を選ぶ。そこなら人目につかないので、そうする事にした。理由は、流石にもう想像できるだろう。なので、割愛する。

 『じゃあシンヤ、はじめよっか』

 「うん。…で、何をすればいいの。何かを教えてくれる、って言ってたけど」

 前足を揃えてすわる彼女は、にっこりと笑いながら、こう言う。明らかに満足、と言った様子だ。その彼女の様子に、俺はホッと一息つく。すぐに動き始めないところを見ると、彼女は何かを考えている、俺はそう思った。大雑把な事しか聞いてなかったので、俺は首を傾げながらこう訊ねた。

 『うん。シンヤって視力、どれくらいあるの』

 「えっ、視力? うーん、詳しく測った事は無いけど、一・五以上はあると思う」

 彼女は徐に、こう訊いてくる。一瞬戸惑ったけど、俺はすぐにこう答えた、頭上に疑問符を浮かべながら。

 確かに俺は、視力には自信がある。身の回りにメガネやコンタクトレンズを使う友人が増える中で、俺はずっと裸眼だ。両親や姉も揃って視力がいいので、おそらく遺伝だろう。しかし、良い事ばかりではない。視力が言い人は、老眼になるのが早い、と言われている。実際、俺の両親はまだ四十代だが、老眼がき始めているらしい。最近、老眼鏡を買おうか、と話している場面に出くわしたばかりだ。

 『やっぱりね。この何日かで診させてもらったけど、シンヤは視覚系の妖技と相性がいいみたい。視力はいい方、って分かったから、安心したよ』

 俺の事を診る? いつの間にそんな事を…。俺は思わず、こう心の声を漏らしてしまった。一方のイヅノは、俺の言葉に納得したのか、うんうん、と何回も頷いていた。

 「相性? 視覚系? って事は、他にもあるの」

 『うん。人間が使えるのは限られてるんだけど、耳で聴いたり匂いに敏感になったり…、色々あるんだよ。中でもシンヤは視覚…、視る事が特化してるみたい』

 「へぇー。視覚って事は、透視したり未来を視たり出来るようになるってこと」

 『すぐには無理だけど、そう言う事かな』

 大きく首を縦にふった彼女は、一度空…、じゃなくて、橋を見上げる。一つ一つ挙げていきながら、俺に例を示す。上げていた視線を俺に戻すと、彼女はもう一度こう言うのだった。

 それに俺は、分かったような分からないような…、有耶無耶な返事を彼女に返す。でもその直後にハッと閃き、以前テレビで聞いた事が頭に浮かぶ。どれも非現実的な事だったが、イヅノを見てきた俺にとっては、そんな事はどうでもよくなっていた。

 『いきなり透視はレベルが高すぎるから、シンヤにはまず、同視っていう妖技を教えるよ』

 「同視…、何なの、同視って」

 元々考えていたのか、彼女はそのモノの名前をすぐに挙げる。俺には何なのかさっぱり分からなかったが、彼女なりに俺に合うモノを選んでくれたらしい。当然俺は初めて聞いたので、即行で訊き返す。彼女が言う視覚系、ということは分かったが、それ止まりだった。

 『うーんと、同じ妖力を持ってる誰かと、同じものを見る事が出来るの。シンヤだと、わたしとだね。それも片方だけじゃなくて、わたしとシンヤ、両方のが見えるんだよ』

 なるほど、それは便利だ。俺は真っ先にそう思った。同時に、そんな事もできるのか、と驚きもした。そんな魔法じみた事が出来るようになるかもしれないと思った時、俺は自分の鼓動が高鳴っているのに気がついた。

 一方イヅノは、そんな俺をチラチラと見ながら、話しを続ける。

 『だから、シンヤが使えるようになれば、わたしも同じものが見えるようになる。そうすれば、シンヤの勉強の効率も良くなるでしょ。それに試験の時だって、バレずにカンニングが出来る。シンヤには見えていても、他の人から見れば、カンニングはもちろん、妖技を使ってることもバレない。要は使い方次第でいくらでも便利になるんだよ』

 「いや、でも、さすがにカンニングは…」

 『折角使える妖技があるんだから、使わないとね』

 確かに、効率の面では一理ある。誰がどう頑張っても、人が持っている視界は一つ。それ以上は不可能。それこそ、二つも三つもあったなら、文字通りの妖怪になってしまう。そんな中で、自分以外の誰かと視覚を共有する、かぁ。もし出来るようになれば、今更だが、一度に二つの問題を見る事が出来る。自分自身では問題を読み、イヅノには参考書に目を通してもらう、という訳か。カンニング、というのは聞き捨てならないけど…。

 一部彼女の説明に疑問符が付くところもあったが、俺はその能力に心惹かれていった。その後、自分なりに使い方を考え、その姿をイメージする。すぐに浮かんだ自分にも驚いたが、それ以上に、ぜひ使ってみたい、という強い思いが俺を支配していた。

 『どう、使ってみたい、って思ったでしょ』

 「うん。勉強のため以外にも、使えそうだね。じゃあ、教えてくれる」

 『そうこなくっちゃね』

俺は意を決し、こう言い放つ。それに彼女は、待ってました、と言わんばかりに、嬉しそうに声をあげた。気のせいかもしれないが、俺には彼女の紅い瞳がより一層輝いて見えた。

 『じゃあまずは…、視神経を妖力に繋げて』

 「はい? 」

 『だから、視覚に使ってるシナプスを妖力源に繋げるの。簡単でしょ』

 「何言ってるのかさっぱり分からないんだけど」

 何を言い出すかと思えば、突然そんな無理難題を…、そんな事、出来るはずがない。俺はそう言いたくなった。

 『シナプスは…』

 「そこじゃなくて、繋げる、っていうあたりが…」

 『あぁーそっかぁー。人間にはそこから話さないといけなかったね』

 俺達は次々に相手の言葉を遮る。最終的に白い狐が勝り、何かを思い出したように声をあげる。揃えていた右の前足で、彼女はこめかみにあたる部分を押さえていた。

 『いくらわたし達の能力だって言っても、生まれつき使える訳じゃないの。一度できたら早いんだけど、初めてその系統…、視覚系とか聴覚系とか…。慣れない事をするから、身体を造りかえないといけないの。感覚器官への伝達経路、神経系を新しく造らないと、妖技を発動させられないから。練習もしないといけないし』

 それは意外だ。俺はてっきりそういう能力の類は、生まれつきあるのだと思ってた。何か、ロールプレイングゲームみたいだ。俺は率直にそう感じた。

 『で、話に戻ると、うーんと、何て言ったらいいのかなぁー。イメージ…、みたいな感じなんだけど、体の中のエネルギーを強く意識するの』

 「体の中、の」

 『うん』

 一通り話が終わると、彼女は説明に話題を切り替える。上手い言葉が見つからないのか、彼女は目線を明後日の方向に向けながら考える。二、三秒考えた後、思いついたらしく、こう続ける。本当にイメージだね、と俺は心の中で呟いた。

半信半疑のままだけど、俺はこう訊ねる。すると彼女は、頷きながら、俺の頭の中に語りかけてくるのだった。

 『それから、シンヤは視覚だから、目を意識するの。ちょっと目の奥が痛くなるけど、シナプスが増えてる証拠だから、我慢してね。シンヤは視力がいい、って言ってたから、多分、すごーく細いのが繋がってると思う。だから、それを太くすれば大丈夫かな』

 「そんな覚え、ないんだけど」

 『無意識、って感じじゃないかな。視神経と妖力を繋ぐと、目が良くなるみたいだし。だからたぶん、シンヤが目がいいのは、そのせい、かな』

だからか。俺は彼女の言葉で、自身の視力が良い理由が分かった気がする。言われてみれば、俺の視力は一・五以上あるような気がする。学校の定期健診で視力検査をするのだが、どれもハッキリ見える。本当はまだまだ小さいのを見れると思うのだが、その前に検査が終わってしまう。故に、俺の視力は形式上一・五なのだ。

 『こんな感じだね』

 一通り終わったらしく、彼女はふぅー、いや、キュゥーと一息つく。狐はこんな風にするんだ、と感動にも似たものを感じた。可愛いな、と思ったのは、ここだけの話しだが。

 「なるほどね」

 『とにかく、イメージが大切だから。じゃあ早速やってみよっか』

 「あっ、うん」

 『目を閉じたほうがやりやすいかな』

 俺がこう言うと、彼女は物は試しだ、と言わんばかりに提案する。上の方からする車の騒音が煩わしかった。が、この瞬間から何故か気にならなくなった。

 彼女の提案に、俺はとりあえず頷く。もうするの、と思わずこう言いだしそうになったが、その前に彼女に先を越されてしまった。その彼女は、頷いた俺を見るなり、こう言葉を伝えてくる。アドバイスだろう、と思ったので、彼女の言う通りにしてみた。

 俺の景色が、橋下の河川敷から、黒一色に染め上げられる。たまたま今日の天気は曇り。なので、瞼の隙間から漏れてくる光はほとんどない。文字通り、黒が支配している。心なしか、遠くの方から、乗用車の走行音が聞こえてくる。この重低音は、十トントラックだろうか…。別の方に意識を向けると、それほど離れていない場所から、川のせせらぎが聞こえてくる。幼い頃友人と遊んだ河川敷が、今日はいつもとは違うように感じられた。

 『この感じなら良さそうだね。そのまま目を強く意識して』

 黒く広がる景色の中に、イヅノの朗らかな声が響き渡る。集中しているためか、いつも以上にエコーがかかっている。いつの間にか、ありとあらゆる雑音が聞こえなくなっていた。

 目を強く、意識する、か。俺は心の中で、こう復唱する。有言実行とまではいかないが、試しにその通りにしてみる事にする。彼女が言うには、そうすると視神経が太くなっていくらしい。目が少し熱くなってきたような気がしたが、感じるものは特には無かった。

 『シンヤ、もっと、もっと集中して、何も考えずに』

 ここまでくると、イヅノ、コーチみたいだな。俺はそう思ったが、すぐにかき消す。おそらく妖力を通して、俺の状態を感じ取っているのだろう。彼女は俺の様子を伺いながら、こうアドバイスする。その声はいつもとは違い、とてもまじめな印象を受けた。

 「…うぅッ、目が」

 すると突然、俺の両目が急に熱を帯び始める。そうかと思うと、眼球から後頭部にかけて、強烈な痛みが駆け抜ける。もし例えるなら、身体のいたるところを刃物でズタズタに切り刻まれる…。そう表現してもしきれない…、今までで感じた事ない場所に痛みを感じ始めた。あまりの痛さに、俺は思わず言葉にならない悲鳴をあげてしまう。無意識のうちに屈みこみ、両手で強く目を押さえる事しか出来なくなっていた。

 『ここまで来たら、あとは耐えて! 少ししたら痛みは引いてくから』

 そう言われても、痛いものは痛い。少し痛むだけ、っていったじゃないか。俺はこの時、初めて彼女を恨んだ。でもそれは叶わず、激痛の前ではひれ伏すしかなかった。

 あまりの痛さに、涙が滲む。

 『もう少し、もう少しで終わるから』

 このセリフ、どこかで聴いたような、気のせい、かな。痛みが引いてきたのか、ただ慣れただけなのか、そのどちらでもないのかは、分からない。時間という作用のためか、イヅノの言葉を聞く余裕が出来てきた。その事に一瞬驚いた。が、痛い事には変わりない。さっきからと同じ体勢で、俺は悶絶する。

 「くっ…、いっ、イヅノ、こんなに、痛む、もの…、なの」

 だがやはり、痛みのピークは過ぎたようだ。僅かではあるが、痛みの波が引いてくのを感じる。気のせいでは、ないだろう。心なしか、声を発する余裕も生まれてくる。切れ切れにではあるが、俺はうっすらと目を開け、こう呟く。意識が朦朧としているため、前が霞んでいたが、彼女は心配そうに俺を見つめていた。

『視覚系は目だけだから、そうみたい。変化系だともうちょっとマシなんだけど…』

 彼女はそう言うと、俺から視線を逸らす。彼女も俺がここまで悶えるとは思ってなかったらしく、後ろめたい、と思っているようだ。彼女はいつもとは異なり、暗い表情をしていた。

 『わたしは変化系だから全身だった。全身だから、痛みが分散してたの。だから、ごめんね』

 俯いて言葉を伝えてくる彼女は、目に涙を浮かばせていた。三角形の耳を下がり、落ち込んでいる様子。彼女の足元が、瞳から溢れる光で湿りはじめていた。

 「ううん、イヅノ…、君が謝る事は、ないよ。能力を使うには、こうしないといけないんでしょ。だから、イヅノは、悪くないよ」

その彼女に、俺はこう声をかける。治まりつつある痛みに耐えながら、喉に力を込める。押し出すように力を解放し、落ち込む彼女をこう慰めた。それと同時に、俺は目を押さえていた左手を放し、彼女の背中に添える。ポンポンと軽くたたき、「だから、心配しないで」と、優しく声をかけてあげた。

 「キュゥ…」

 彼女はこう鳴くと、右の前足をゆっくりと上げる。何て言ったのかは分からないが、おそらく俺の言葉に答えたのだろう。俯いていた顔をあげると、上げた前足で、涙で濡れた顔を拭っていた。

 「うん。だからイヅノ、元気出して。らしくないよ」

 俺はこう続け、彼女の頭を撫でてあげる。

 「クゥーン」

 「それに、痛みも大分マシになってきたから、もう大丈夫だよ」

 さらにこう笑顔を浮かべ、彼女を安心させようとする。その甲斐あってか、彼女の表情に少しだけヒカリが戻ったような気がした。

 『そう、だよね。うん、そうだよね』

 彼女は、俺にこう伝えながら、一度頷く。まるで自分に言い聞かせるような行動を、俺に示してるようだった。これは気のせいではないと思うが、痛みに襲われる前よりも、彼女の表情の変化が豊かになっている。いや、俺の目が、表情の変化に敏感になった、と言った方が正しいのか…。どちらかは分からないが、白い狐の姿をしている彼女の表情を、俺は事細かに認識する事ができていた。これが、視神経を妖力に繋いだ効果なのか…。そう実感するのに、あまり時間はかからなかった。

 「うん。その通りだよ。ええっとイヅノ、次、何をすればいいのか、教えてくれる」

 『えっ、うん』

 確かめるように訊いてきた彼女に、俺は大きく頷く。イヅノが立ち直ったのを確認すると、俺は彼女から妖技を教わってる最中、という事を思い出す。彼女を正面から見、こう訊ねた。

 イヅノもすっかり忘れていたらしく、「クゥッ」と声をあげる。人の言葉にすると、おそらく「あっ」と言っていたのだろう。その証拠に、彼女の白くてフサフサな尻尾、耳が共にピンと立っていた。

 『じゃあ今度は、わたしの目に意識を向けて』

 「イヅノの、目に? 目を見ればいい、ってこと」

 『ううん、そうじゃなくて…』

 響く声に活気が戻った彼女は、パッと明るい表情を見せながらこう指示を出す。俺は自分なりにこう理解し、それを口にする。でもそれは的を外していららしく、彼女は首を横にふる。早い動きだったが、それをしっかり目で追う事が出来た。

 『わたしの目を、妖力を通してイメージするの』

 「妖力で? 」

 『うん。シンヤの妖力は、もう視神経と繋がってるはずだから、簡単に出来るはずだよ』

 ここで早速、激痛に耐えて繋いだ視神経を使うという訳か。俺は即座に、こう悟る。もうあんなに痛い思いをしたくない、と思いながらも、彼女の説明に頷く。

 その彼女はというと、俺の方を見上げてこう伝えると、徐に目を閉じる。

 「クゥッ…」

 そして、彼女は何かに耐えるように声をあげる。その表情は、まるでほんの数分前の俺を見ているかのように、苦痛で歪んでいる。おそらく、俺にさせた事と同じことをしているのだろう。目を瞑ったまま俯き、痛みで涙を浮かべていた。

 「イヅノ、大丈夫」

 「キュゥゥッ」

 『なっ、何とか。目の細胞の核に、ちょっと補っただけだから』

 それでも彼女は、慣れた様子でそれに耐える。『気にしないで』と言わんばかりに、目を閉じたまま口元を緩める。それがより一層、俺には辛そうに見えて仕方が無かった。

 「いや、大丈夫じゃないでしょ! 核に直接…」

 『わたしの事はいいから、続けるよ! シンヤ、わたしが言ったこと、イメージしながら真似して』

 むしろそっちの方が、辛いでしょ! 俺は彼女にそう言おうとする。しかしその前に、力強く響く彼女の声に遮られてしまった。荒々しく響く声は、表情とは正反対であったため、俺は思わず驚きで声をあげてしまう。それでも彼女は構わず、俺に檄を飛ばしてきた。

 「えっ、あっ、うん」

 いつもとは違う彼女の一面を垣間見た俺は、慌ててこう返事する。言われるままにイメージを膨らませ、集中する体勢に入った。

 確かイヅノは、『わたしの目を意識して』って言ってた。それも、ただ意識するだけじゃなくて、さっき繋いだ妖力を通して。決して、目を見る訳じゃない…。

 そんな中で彼女は、俺にこんな言葉を伝えてくる。

 『我ラ、視権ヲ共二ス』

 抑揚が無い、呪文めいた言葉…。それが発動のきっかけになる文句だと、俺はすぐに分かった。

 「我ら、視権を…」

 『唱え方も真似して』

 何かが違っていたのか、彼女は再び声を荒らげる。

 ここで俺は、ある事に気がつく。彼女が俺に伝えてきた声には、声の強調の度合い…、アクセントが無かった。例えるなら、山間部ではなく、平地。傾斜が一切なく、水平であった。それに対して、俺が言いかけたものは、それがある。無意識のうちに、「我」を強調してしまった。もしかすると、イヅノはそこを指摘したのかもしれない。なら、そこを直せば…。

 「我ラ、視権ヲ共ニス」

 そこで俺は、指摘された部分を修正して、再び唱える、彼女が伝えてきた通りに、アクセントをフラットにして。

 「…ん? 何も、起きないけど、これでいいの」

 しかし、何も起こらない。特に感じるものは無く、橋上の騒音しかそこには無かった。

 当然、俺は頭上に疑問符を浮かべながら、彼女にこう問いただす。

 『…うん、出来てる。シンヤ、出来てるよ! 』

 俺の問いを聴いた彼女は、二、三秒ほど考える。その後、何かを確かめるかのように頷いたかと思うと、弾けんばかりの声量で俺に言葉を伝えてきた。相変わらず目を閉じたままだが、彼女は嬉しそうに俺に跳びつく。勢いよく尻尾をふって、喜びを表現していた。

 「えっ、これで」

 『うん。だって今、目瞑ってるのにわたしが見えるんだよ』

 「いっ、イヅノが? 」

 『うん、本当に見えてるよ。それにシンヤ、本当に目、いいんだね。わたしの毛の一本一本までハッキリ見えるよ』

 どうやら本当に、彼女は俺と全く同じものを見ているらしい。彼女の言う通り、俺にはイヅノの体毛を、事細かく認識できている。長さだけでなく、色の違いまで…。それを、彼女は寸分たがわず言い当てたのだ。

 『わたしが見れてるから、もしかすると、シンヤもわたしが見てるものを、見れるんじゃないかな? 同視出来てる訳だし』

 そう彼女は、自分自身の姿に目を向ける。いや、俺の視界で視る、と言った方が正しいか。推測を交えながら、俺にこう伝えてくるのだった。

 「そう、なのかな? イヅノはまだ目、閉じてるから分からないけど」

 『あっ、そっか。わたしの事なのに、すっかり忘れてたよ』

 いや、俺の目を通して見てるから、気付くでしょ! 俺はつい、そうツッコみたくなった。でもそれをあえて言わず、彼女にその後を任せてみる事にした。

 「俺は未だ体験してないんだから」

 『アハハハ、ごめんごめん』

 それと、まだ勉強もしないといけないから。俺はこう、心の中でも訴えた。そう、心の中で。何故なら、その事を俺自身も忘れていたからだ。こんな大切な時期に勉強という事を忘れる、というヘマをやらかしたので、俺は心の中だけに留めておいたのだ。

 『じゃあ、いくよ』

 それはさておき、彼女はこう言い放つ。同時に、俺に緊張という名の荒波が襲いかかる。橋上の走行音よりも騒がしいぐらいの心音が、俺の聴覚を支配し始めていた。

 イヅノはこう言った後、ずっと閉じていた瞼をゆっくりと開ける。彼女の白い毛並みに映える深紅の瞳が、数十分ぶりに姿を現した。

 しかし俺が見たのは、それだけではなかった。

 「おっ、俺が…、俺が見える。これが、同視の、妖技…」

 どっ、どれから先に説明したいいのか…。だからとりあえず、俺が今見ているものから説明、しよう。

 まずは、俺が意識して見えるもの。さっきまでと変わらず、屈む俺に抱えられている白い狐。白狐のイヅノだ。ここまでは、問題ない。だが、次が問題だ。俺が見ているもの以外に、別のものが映像として認識できている。一言で例えるなら、俺が使っている視覚の画面が、一つから、二つに増えている。その二つ目のビジョンに、俺の目が捉えていない映像が映し出されていた。それには、下から見上げるように、一人の青年…、驚きを顕わにしている俺の顔が映し出されている。まばたきをしているのか、時々黒いストロボが入り込んでいる。この時ようやく、これはイヅノが見ているものだ、と理解する事が出来た。

 次に、その映像が映し出されている場所。表現し辛いので、俺のものを基準に説明させてもらおう。それがあるのは、俺の視界の対面…。黒い領域に区切られて、そこに映像がある。身体の部分で表すなら、大体後頭部の辺り。その位置に、イヅノの見ている光景が、リアルタイムで映し出されていた。

 『うん。わたしも初めてだけど、シンヤ、これが、同視の妖技だよ』

 「こっ、これが…」

 まるで後頭部にも目ができたような錯覚を覚えながら、俺はこう呟く。彼女の視界で視ると、俺の表情は、驚いているような、戸惑っているような…、複雑な顔をしていた。

 『そうだよ。最初のうちは十分ぐらいしか視れなんだけど、回数を重ねれば、五時間ぐらい効果が続くようになるんだって』

 どこでその事を知ったのかは分からないが、彼女は伝え聞いた事を俺に話す。眩しいぐらい明るい表情で、俺の方を見上げるのだった。その彼女につられて、俺からも笑みがこぼれる。何ともいえない達成感に満たされながら、俺は彼女に笑いかけた。同時に、この妖技があれば、数日後に控えるセンター試験、入学試験を突破できるかもしれない…。そのように、俺は強く確信するのだった。











 『あっ、そうそう。シンヤ、今までずっと言えなかったんだけど、本当はわたし、この姿じゃないの』

 「えっ? 」



                 ~シケンノ巻~  完  


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