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東ノ満碑  作者: Lien
巻之壱 シケンノ書
2/15

其之弐 県立高校ドミノ倒し事件?

 「今日はこれで終了。それじゃあ諸君、センターまであと十一日、気を抜かないようにな」

 「はい、ありがとうございました」

 時は進み、今は一月の八日、正午過ぎ。場所は、俺が通う進学校の教室。四十人学級で、理系クラス。生徒のほとんどが、男子で占めている。この教室で、俺をはじめとした生徒や教師が、高校生活最後の学期を開始するのだった。

 ホームルーム終了のチャイムが鳴ると、担任の物理教師は教卓に手をつき、立ち上がる。教室全体を見渡し、こう締めくくっていた。彼の宣言に、俺を含む生徒全員が立ち上がり、一斉にこう言う。その直後、俺達は何かから解放されたように、教室の外へと散っていくのだった。

 言い忘れたが、今日は冬休み明け最初の登校日である、始業式があった。故に授業は無く、年始の大掃除と、少し長めのホームルームだけだ。始業式は、冬休み中にあった部活の大会の表彰式も兼ねていたので、それなりに長引いていた。…まぁ、いつもの事だけど。その中に自分が所属していた駅伝部のものもあったので、暇ではなかった。むしろ、自分の後輩の活躍が実感できて、嬉しかったくらいだ。

 「おぅシンヤ、折角だから昼飯でも行こうぜ」

 とそこに、一人の友人が親し気に話しかけてくる。彼は立ちあがって鞄を下げ、席を立とうとしている俺の肩を、ポンと軽く叩き、こう提案してきた。

 「あぁ、ごめん。今日は家で食べるつもりだったから、財布を置いてきてしまったんだ」

 そんな彼に俺は、申し訳ない、そう思った。鞄のファスナーを閉めてから彼を見、こう呟く。申し訳なさから、無意識のうちに俺の左手は、自身の後頭部を掻いているのだった。

 「んならしゃーないな。正月の駅伝の話しでもしようと思っとったんやけど、また明日やな」

 「そうだね。本当に、すまんね」

 「もうじきセンターやからな、気にすんなよ」

 俺の言葉を聞いた彼は、一瞬だけ渋い顔をする。でもすぐに明るい表情になり、こう取り繕っていた。そんな彼に、俺は再び同じ感情に満たされる。鞄を斜めに提げてこう言うと、彼は砕けた笑みを浮かべながら、返事するのだった。

 「うん、そうだね。じゃあ、また明日」

 「あぁ、またな」

 歩き始める前に、俺は彼に向き直る。彼の励ましに頷いてから、教室の出口に向けて歩き始めた。その彼は俺の背中に、こう言う。おそらく、振り返らずに右手をあげて手を振る俺を見送っていた、たぶん。

 「さぁ、イヅノが待ってるから、早く帰ってあげないと」

 教室を後にし、小走りで廊下を進む俺は、独りこう呟く。夜中に交わした約束の相手を思い浮かべていると、いつの間にか階段へとさしかかっていた。

 「本当は勉強しないといけないけど、気分転換だと思えばいいかな。軽く動くだけだろうし」

 一段飛ばしで駆け下り、俺はこう続ける。当然俺の言葉に返事する相手はおらず、ただ校舎内の空気を僅かに振動させるだけだった。誰に言ったものでもないから、当然と言えば当然だが。

 「一時間ぐらい遊んであげたら、きっと満足してくれるかな」

 合わせて四十八段を駆け下りた俺は、その終点近くの下駄箱へと直行する。上履きから学校指定の革靴に履き替えながら、こう推測した。推量だけでなく、一種の願いが込められていることに、俺は数歩歩いてから気づかされた、自分自身に。

 そのまま俺は、自転車が止めてある駐輪所へと歩みを進める。学校に通う手段としては電車もあるが、俺はいわゆる地元組。当然定期券の類は無いので、使っているのは自転車だけ。ここから三キロメートル足らずの所に自宅があるので、割と近い部類だと、俺は思っている。今更だが、三十分もあれば余裕で往復できるので、この学校にして良かった、こう実感する毎日を送っているのだ。思っているだけで、口には出さないが。

 「さっ、帰ろっか」

 俺はもう一度、分かり切った事を呟き、自転車のハンドルへと手をのばす。

 『帰ったら、わたしと遊んでね』

 「うぉッ」

 しかしその手は、目的の物を握る事は出来なかった。空を掴んだその手は、勢いよく二輪車のカゴにぶつかる。あまりにも強かったため、自転車そのものが左へと傾いていく。終いには、ガラガラと派手な音をあげ、同じ方向にあるそれをも巻き込みながら倒れていく。ドミノ倒しの様に連鎖しながら、雑音を響かせていった。

 あまりに急すぎる展開に、俺は驚きで声を荒らげる。結果こうなってしまい、慌てて修復作業に取り掛かる。「あぁ…、やっちまった」とため息をつく。幸い、俺が教室を出たのはピークを過ぎたタイミングだったので、人影は疎ら。強いて言うなら、吹奏楽部。彼らのバックグラウンドミュージックにかき消されたので、恥をかく事は無かった。彼らのウォーミングアップと、さっき話した友人に、心から感謝するのだった。

 倒れた自転車を半分ほど起こした俺は、ふと我に返る。突然俺に話しかけてきた声は誰なんだ、そう疑問に感じ始める。問いただしては否定し、記憶を辿ってはそれを掻き消していく…。そんな感じで、自問自答を繰り返した。

 いや、待てよ。確かに、誰かの声が、俺に話しかけてきた。でも、あれは本当に声だったのか、どこか、違う気がする。それも、最近聞き始めた声に似てる気がする。声? いや、普通の声じゃない。確かにあの時、俺の頭の中に声が響いた。楽器の大きい音があったのに、ハッキリと聞こえた。という事は、もしかして…、いや、そんなはず、ないよね。だって、ここの場所を、俺は伝えてない。だから、彼女がここにいるはずがない。でも、そう考えるしか…。

 思考を巡らせていた俺は、遂にある結論に至る。でもそれは一番あり得ないものだったので、真っ向から否定した。

 「まさか、イヅノ…」

 『あったりー。やっと気づいたんだね』

 「いっ、イヅノ。まさか本当に…」

 『しーっ、静かにして』

 俺は導き出した仮説を、ゆっくりと口にする。「まさか、イヅノじゃ、ないよね」と、自らに確認しようとした。でも、それは叶わなかった。どこからか聞こえてきた…、いや、響く声に、俺は遮られてしまう。ポップコーンのように弾けるその声で、姿を見ずとも、主の心情を推測する事ができた。

 ここで俺は、ドミノ倒し事件の真犯人を確認する。絶対の自信を持って後ろに振りかえると、そいつはいた。五日ほど前から俺に憑りついている、雌の白い狐。心なしか彼女の姿は、少し透けてるような気がした。この時初めて、彼女が言う事は事実なんだと実感した。

 それはさておき、まさかイヅノがいるとは思っていない俺は、驚きでとびあがる。大声をあげて、取り乱してしまった。

 前足を揃えてすわる彼女は、そんな俺を冷静に宥める。右の前足を口元に添えて、「静かに」のポーズをとっていた。

 『わたしの姿は他の人には見えてないから』

 「みっ、見えてない? でも、ちょっと透けてるだけで、ちゃんと見えてるよ」

 どうやら、気のせいではなかったらしい。彼女の言う通り、良く見てみると、彼女の後ろの景色がぼんやりと見える。言われるまで気付かなかったけど、確かに彼女と重なって校舎の白い壁が見えていた。

 『ええっと、それはたぶん、シンヤはわたしの妖力を持ってるから、じゃないかな』

 「そういえば前に言ってたような…。っと、そんな事より、何でイヅノが高校に? 場所の事は一言も話してないのに」

 彼女に言われて、俺は慌てて声を潜める。止めていた修復の手も再開させる。作業をしながら、俺は彼女の説明を聴くことにした。

 そうこうしているうちに、俺は全ての自転車を起こし終える。初めのうちは、原因になったイヅノにも手伝わせようかと思ったが、断念した。クドイかもしれないが、彼女は狐。起こすだけの背も無ければ、前足では物を掴めない。体格から考えて、俺は早々に諦めた。

 『うーんと、一匹でいるのも暇だったから、かな。ちょっとシンヤん家のパソコンを拝借して調べさせてもらったよ。シンヤのお母さん達がみんな留守の間に使ったから、安心して! それにしてもグーダルって、本当に便利だよねー。だって地名とか建物の名前を打ち込んだら、すぐに検索できるから。おまけに、航空写真付きでね! さすがにわたしもビックリしたなぁー。人間の技術って、こんなにも凄かったんだね』

 「…」

 この時、俺は思った。イヅノ、君は何者なんだ、と。

 得意げに話す彼女に、俺は言葉を失ってしまった。




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