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東ノ満碑  作者: Lien
巻之参 カヘンノ書
13/15

其之陸 化異

この話しには、軽度の変身描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。


 「タケル、お待たせ」

 一メートルほど前を行くイヅノ、ルーナと進むこと、およそ五分。雑木林の斜面を下っていた俺達は、斜面に足を取られないよう、慎重に下っていた。住宅街育ちで不慣れな俺はそうだったが、夜双猫のルーナ、憑異が発動したことにより伍白となったイヅノは、そうではないらしい。四足歩行という事もあるかもしれないが、彼女達の足取りに迷いはない。恐る恐る一歩を踏み出す俺とは対照的に、スタスタと、軽い足取りで下っていた。

 そうこうしている間に、俺達は傾斜の無い平坦な場所へと降りてきていた。歩いた距離からすると、おそらくここは大学の敷地内。そうではあったが、妖技を習得するための場所としては最適かもしれない。辺りは静まり返り、草木がそよ風に吹かれる音だけが、この場を支配していた。

 そんな静の空間の真ん中に、俺は一つの人影を捉える。座禅を組み、集中しているらしく、俺達の登場に気付いていない様子。彼は妖力を聴神経に繋いでいるらしいのだが、それでも全く反応が無かった。

そんな彼、自身の妖技師であるタケルに、ルーナはこう話しかける。依然として反応は無いが、彼女は全く気にしていないらしい。彼女も黙っているので、この場に再び静寂が戻る。これは俺の予想でしかないのだが、彼女はリンクしている妖力を通してタケルに語りかけているのかもしれない。なので、遅れて着いた俺達は彼女のそれを待つことにした。

 ここで一つ補足を入れる事にする。雑木林に入る前、猫であるルーナは狐のイヅノの声に答えていた。これでは異種族間で会話できることとなり、矛盾が生じる。なのでルーナは、ある妖技を発動させていたらしい。イヅノが言うには、翻聴はんちょうという、聴覚系の妖技なのだそうだ。習得するのにかなりの時間と労力がいるらしいのだが、これを発動させれば、例え基となる動物が違っても、言葉が理解できるようになるのだそうだ。

 「たっ、タケル君、凄く汗かいてるけど、大丈夫なの」

 「本当に、尋常じゃない量だけど」

 いや、どう見てもこの量、普通じゃないでしょ! ルーナ達が妖力を通して話している間に、醒位となっているイヅノはある事に気付く。彼女は正面で座禅を組むタケルを見るなり、こう声を荒らげる。心なしか彼女の心情を表すかのように、この雑木林を強い風が一つ、駆け抜ける。イヅノとルーナのものを合わせて、七本の尻尾にぶつかりながら通り過ぎていった。

 彼女と同じく俺も気になっていたので、続けてこう口を開く。こう思いながら俺は、ついある事と照らし合わせてしまう。中高六年間の職業病なので仕方ないのだが、いつしか自分ならこの量をどれだけ走れば書くことが出来るか、計算を始めていたのだった。

 大型連休が済んだとはいえ、今日はまだ五月の初旬。初夏で最高気温は上がってきてはいるが、汗ばむほどではない。せいぜい体が火照るのが限度だろう。木陰で風通しが良いにもかかわらず、タケルは汗だくなのである。真夏に三千メートルを全力で走った直後の様な…、いや、夏に冬の装いでいる…。もっと分かりやすく言うと、文字通り滝の様に、彼の全身から汗が流れ落ちているのだ。

 「見ての通り、タケルは今、ちょっとした修行中で…」

 「パッと見では分からないかもしれないが…、ワテは今…、ある妖技を発動させていて…」

 「その妖力の流れを無理やり変えている、っていう状態かな」

 修行かぁ。大分昔からしてきたっていうタケルでもこうなってるって事は、もしかすると相当難しい妖技なのかもしれない。彼の状態を見た俺は、率直にそう思った。以前タケルは、高校に入学する少し前から妖技を習得をし始めた、と言っていた。まだ半年にも満たない俺よりも扱いなれているはずなので、それは間違いない、俺はこう確信した。

 俺達の問いに、すぐにルーナは答えてくれた。依然として座禅を組むタケルをチラチラ見ながら、解説し始める。だがそれは、その当事者によって遮られてしまった。

 見た感じ意識を集中させているタケルは、目を瞑ったままこう口を開く。途中で言葉を区切り、瞑っていた目を開く。相当過酷らしく、話し続ける彼の声は切れ切れになっている。肩で荒く呼吸をし、辛うじて話をしている、まさにそんな状態だった。

 そんな彼の説明に、双尾の黒猫がさらに補足を加える。今度は俺達の方に完全に向き、右側の尻尾でタケルを指さす。割り込まれたために彼は不服そうな表情をしていたが、ルーナは構わず言の葉を紡いでいた。

 「流れを、変える…? 無理やりって事は、結構難しい…」

 「ううん、タケルが練習している妖技は、発動させる事自体は簡単だから。それだけでも十分使えるんだけど、完璧に習得した方が使い勝手がいいの。だからタケルは今、その段階だね」

 どういう事かさっぱりわからないけど、要はマスターするのに時間がかかる、そういう事なんだね。彼女達の説明で、少なくとも俺はこう理解した。だけどまだ疑問が残っていたので、首を傾げながら俺はこう尋ねる。明らかに難しそうな事だったので、彼女は俺の問いを肯定する、そう思っていた。だが彼女は俺の予想に反し、その首を左右に二往復させた。

 「ルーナ…、シンヤ達に教える妖技は…、これだよね? 憑異も…、発動出来ている…、みたいだし」

 「うん。イヅノ、シンヤ君、今から発動のさせ方を説明するから、よく聴いてて」

 「えっ」

 「いっ、今から」

 妖技を教えてくれる、とは聞いてたけど、もう始めるの? まだ心の準備が出来てないよ。唐突に話をふられたので、俺は思わずこう訊き返したくなった。だがそれは、俺と同じく驚くイヅノによって遮られてしまった。

 この間にも修行を終えたらしく、タケルは組んでいた足を崩す。だが相当疲れているらしく、立ち上がるまでには至らない。ゼェゼェ言いながら手、膝をつき、何とか声を絞り出している…。何か彼に違和感を感じたが、それが何かを探るのが申し訳なくなるほど、彼は疲れ果てていた。

 「うん。同じ変化系の妖技なんだけど、憑獣と妖技師は方法が違うから…、まずはシンヤ君の方から言うね」

 「俺から? 」

 「憑獣の方はどうなのか分からないけど…、ワテらの方が簡単に出来るらしい」

 変化系なら、イヅノの方が早く出来ると思うんだけど…。イヅノ、変化系は得意だって言ってたし。頷く彼女は一度、俺とイヅノの方を見ながら、うーん、と何かを考える。すぐに考えがまとまったらしく、今度はパッと俺の方に目を向ける。相変わらず疑問の輪廻に囚われている俺を気にする事なく、彼女…、いや、彼女達は説明を続ける。途中から、息が整ってきたタケルも加わり、揃って俺に視線を向けてきた。

 俺の隣のイヅノは、ルーナの変化系、という言葉を聴き、えっ、と短く声をあげる。直接見てはいないが、彼女は嬉しさのあまり五本の尻尾をブンブンと振っている。彼女は前足を揃って座っているため、俺のすねや膝のあたりを柔らかな風が撫でていた。

 「シンヤの方が? 」

 「そう。じゃあ初めに、リンクしているイヅノの妖力を強く意識して」

 「俺の、じゃなくて? 」

 「うん」

 一応俺も妖力を高めてはいるけど、自分のは使わないんだ…。俺と同じく、イヅノもこくりと首を傾げる。それにルーナが大きく頷く。そうかと思うと、彼女は真っ直ぐ俺に向き直る。真剣な表情で、彼女は俺にこうするよう訴えてきた。

 てっきり俺は憑異や軌視のように、自分の妖力を使うと思っていたので、本日何十回目かの疑問符を彼女に投げかける。それに猫又の彼女は、当然の様に首を大きく縦に振った。

 イヅノの妖力を意識するのなら、同視と同じようにすれば上手くいくかもしれない。そう思った俺は、早速ルーナの言う事を実践してみることにする。今現在の俺は、憑異を発動させている状態なので、普段よりもイヅノとのリンク率が高い。妖力を通して繋がっている彼女を強く意識する事で、彼女のそれに流れを委ねる。次第に、七割リンクしている彼女の妖力が、勢力を増しながら共鳴する…、そんな錯覚を、俺は感じ始めた。

 「その状態で、我、他を欺く者なり、って唱えて」

 「我、他ヲ欺ク者ナリ」

 立て続けにルーナは、こう口を開く。発動のきっかけとなるセリフを並べ、それを言って、と目で訴えてきた。

 なので俺は、その言葉通り実行する。他の妖技と同じように、抑揚のない声でそれを唱える。

 「うぅっ…」

 「しっ、シンヤ? 」

 どうやら、発動する事ができたらしい。意識していた妖力が覚醒し、それが俺を満たしていく。すると突然、俺は得体のしれない浮遊感に襲われ、少しだけ意識が曖昧になる。そのせいで俺はふらつき、前のめりになる。終いには前に倒れ、手が地面につく。すぐに起き上がろうとしたが、何故か身体に力が入らない。まるでその方法を忘れてしまったかのように、俺は自分の体を全く動かせなくなってしまった。

 「えっ、もっ、もしかして、この妖技って…」

 俺の身に何が起きているのかは分からないが、イヅノはこの状態に心当たりがあるらしい。あっ、と声をあげ、そのモノの名前を口にしようとしていた。

 この間にも、俺の意識は鮮明さを取り戻していく。次第に謎の浮遊感も治まり、あらゆる感覚がハッキリしてくる。言いようのない違和感が、それと入れ替わるように俺を満たしていく。同時に尋常じゃない程の疲労感が、妖技を発動させた直後の俺にのしかかってきた。

 「化異げい? 」

 「流石イヅノ…」

 「でも化異って、黄狐しか使えないんじゃなかったの」

 化異? それが、この妖技の名前かもしれない…。さっきまでのタケルと同じように、ハァハァ…、と肩で息をする俺。疲労で顔を上げれない俺は、彼女達の会話からこう推測した。

 何かを確かめるように、イヅノはルーナに尋ねる。おそらく頭の上に疑問符を浮かべ、それを彼女に投げかけていた。

 それに応えたのは、ルーナではなくタケル。彼はたぶん、流石イヅノだね、こう言おうとしていたのかもしれない。だがそれは叶わず、驚きで声を荒らげる五尾の狐に先を越されてしまっていた。

 「ううん、確かに化異は使える種族が限られてるけど、黄狐の専売特許っていう訳じゃないんだ」

 「常支にはあまり知られてないと思うけど、化異は黄狐だけじゃなくて、イヅノの狐、狸、それからわたしの猫も使えるの」

 「わっ、わたしも? 」

 「そう。憑獣だけでなくて、妖技師…、白狐の妖力を持ってるシンヤ、月猫とリンクしてるワテもな」

 化異っていう妖技が、俺達にも使えるって事は分かった。分かったけど、結局どういうものなんだろう。ああだこうだ言い合っている間、俺はこんな事を思っていた。いつの間にか落ち着いたらしく、俺の疲れは最初から無かったかのように抜けていた。なので俺は、タケル達の言い合いに、途中から耳を傾ける。彼らの方を見上げ、重要と思われるその情報を仕入れる事にした。

 「まさかとは思ったけど、今タケル君が発動させてるっていう妖技も、化異なの? 」

 「そういうこと。タケル」

 「うん」

 この様子からすると、イヅノはずっと半信半疑だったらしい。表情を疑問一色に染めながら、彼女はタケルに問いかける。ちょっと前にタケル本人が言っていた事を思い出し、こう尋ねていた。

 彼女の問いに、今度はルーナが答える。直後、隣のタケルを見、何かの合図を送る。それにすぐ彼が応え、頷く。下から見る限りでは、ふぅー、と一息つき、気持ちを落ち着かせる。入れていた力を抜き、リラックスする…、そんな感じだった。

 「やっ、やっぱり、本当だったんだね」

 するとタケルの身に、とんでもない事が置き始める。現実味の無い事が目の前…、しかも大学の友人がそうなっているので、俺は思わず言葉にならない声をあげてしまった。それはイヅノも同じだったらしく、彼女も頓狂な声をあげていた。

 彼は体中の力を抜くと、突然その場に崩れ落ちてしまう。発動させた直後の、俺と同じ体勢になっていた。かと思うと、彼の姿は黒い霧がかかったように曖昧になる。それはタケルごと規模を小さくしていき、やがて治まっていった。

 「なっ? 言った通りでしょ」

 「っ !? 」

 変化を終えた彼は、俺の予想とは全く異なる姿をしていた。真っ先に目に入ったのが、漆黒。長さの短い毛が彼の全身を覆っていた。それから彼の頭には、それを表すような三角の耳。木が茂っていて見にくいが、青い空に向けてピンと立っている。さらに彼の背後には、全身の短毛と同色の、細長くてしなやかな何か。先端がカールしたそれが、尻尾だと気付くのに、あまり時間はかからなかった。追撃ちをかける様に、彼の顔立ちも変わっていた。彼がそれであることを表すように、彼の瞳は金色に輝いている。何本かの髭が生え、突き出た口で彼はこう言う。ここまで話せば粗方想像できたかもしれないが、長い尻尾を持つ黒猫が、タケルの声でこう言ったのだ。

 「シンヤ、もう分かったよね。ワテらが教えた妖技、どういうものか」

 うっ、うん。もしかして、動物に姿を変えること? 月猫に姿を変えたタケルに、俺はこう言おうとした。だが俺の口から出たのは、俺が思っているものではなかった。

 「クゥン。キューン? クゥッ? 」

 俺の口から発せられたのは、いつもの声ではなく、動物の鳴き声。確かにこう言ったのだが、どうしても狐の鳴き声になってしまう。視界が低くなり、タケルの変化も見ていたので予想はできたが、それでも俺は、信じる事が出来なかった。声では分かっていても頭では受け入れていない俺は、慌てて自分自身に目を向ける。だが、発達した俺の眼が捉えたのは、タケルやルーナとは対照的な白…。伍白のイヅノと同じ、純白の毛並みが、そこにはあった。そこに清々しい風が吹き抜け、そ真っ白な毛、それからいつもの俺には無い部分…、尻尾をふわりと靡かせていった。


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