其之肆 個性派揃いの…
「こんにちはー」
「ちわーっ」
あれから歩くこと数分、俺達はある扉の前で立ち止まり、ノブを反時計回りに回す。それを開けたカズキが始めに入り、その後にミナト、俺の順に続く。軽く会釈しながらこの一室に入り、同時にこう声をあげる。すると部屋の奥から五、六つほどの声が重なり、俺達を出迎えてくれる。心なしかこの声によって、講義の疲れが一気に吹き飛んだような気がした。
今俺達が入室したのは、さっき通り抜けてきた講義棟の裏にある、小さなクラブハウス。外観は、やや古くて小さなアパート、と言ったら分かりやすいかもしれない。コンクリート製で冷たい造りではあるが、中の賑やかさからそれがあまり感じられない。俺達が所属しているサークルの他にもいくつか入っているので、より一層そう感じられるのだ。
共同で建屋を使っているサークルのうち、俺が入部したのは、動物愛好会、というもの。読んで字の如く、動物好きのひと達が、自分の好みを語り合ったり、実際にふれ合ったりする。俺は一度も参加した事は無いのだが、学祭の時には、移動動物園などを呼んで、来てくれた人にも楽しんでもらうのだそうだ。俺はこのサークルにはタケルに誘われて入部した。入部した、とはいうが、流れに身を任せていたらいつの間にかこうなっていた、と言った方が正しいかもしれない。成り行きで入ったも同然なのだが、俺はこのサークルに入部して良かったと思っている。元々動物は好きだったので、それに関して話す事が出来る。それも理由の一つなのだが、県外から通っている俺にとっては、これが一番の要因だろう。大学での友達が増え、彼らと充実したキャンパスライフを過ごせている。別の言葉で表すなら、ボッチにならずに済んだ、という訳だ。
「みったーん、会いたかっ…、あれ、みったんは? 」
「いないね」
話しを元に戻すと、挨拶が済んだ直後、真っ先に靴を脱いで上に上がったミナトは、こう声をあげる。彼は周りに無数のハートを漂わせ、お目当ての人物の姿を捜しはじめる。会いたかったよー、そう言おうとしていたが、自称ガールフレンドの姿が無かったらしい。ハートマークが不可逆的に反応を起こし、彼の感情を疑問符で埋め尽くしていく。確かにいなかったので、彼の疑問符の横から、俺はこう呟いた。
「五分ぐらい前までいたんだけど、バイトがある、って言って帰ったよ」
「まっ、マジかよ」
「ハッ、ざまぁ見ろ」
「ったく、何で止めてくれなかったんだよ。これだから幹事は…」
「バイトなら、仕方ないっていう話しだね」
お目当てのミチルさんがいなかったことに落胆しているミナトに、部室に居た人物のうちの一人が声をあげる。ハンチング帽を被った彼は、コンビニのコーヒーを片手に語り、それを一口すする。コトッ、とそれをテーブルの上に置き、ミナトの方に目を向けた。
おそらくミナトは、ミチルさんは少しの間だけ席を外している、そう思っていたのだろう。まさか、と言う感じで声を荒らげていた。そこにカズキが冗談交じりにこう言う。だがそれを聴いていなかったのか、ミナトは目の前の彼に対してぼやく。仕方ないなぁー、というニュアンスを含ませながら、こう呟く。最後に俺が、諦めたら? と付け加えた。
ちなみにハンチング帽がトレードマークの彼は、弓馬ヒロミチという名だ。彼の専攻はa専攻。俺とはサークルの新歓の時のじゃんけん大会で知り合った。その時に出したものが連続で同じであり、その事がきっかけで意気投合。以来、趣味も同じだったこともあって仲良くしている。また、幹事、というのは彼のあだ名。これには少し逸話がある。手短に言うと、このサークルで俺達と同じ学年に、かなりおしゃべりな友人がいるのだが、その彼を黙らせた。丁度その時、サークルのメンバーで何かしよう、そう言う話し合いをしていたのだが、その事と、彼が率先して計画していた。その状況で彼の様子からカズキが、お前はまるで宴会の幹事みたいだな、と言った。それがその場にいた誰もが納得し、幹事というあだ名が定着したという訳だ。これは蛇足なのだが、彼もメイヤ市内に住んでいて、附属高校の出身だが、この大学には受験して入学したのだとか。
「そうだな。…そういえば幹事」
「ん? 急にどうした」
「来週タマん家でするバーベキュー、何人来るか分かるか」
俺の言葉に頷いたカズキは、何かを思い出したようにヒロミチに尋ねる。急に話題をふられた事もあり、彼は拍子抜けした声をあげてしまう。頭の上にハテナを浮かべながら、こう訊き返す。それにカズキ本人が言の葉を続け、本題へと入る。
「俺が知っているのは、十一人だけど」
「あれ、九人じゃなかったのか」
「みっちゃんも行くって言ってたから、私も行くことにしたんだよ」
ん? 先週話した時は、九人じゃなかったっけ。訊ねたカズキはもちろん、俺もこう疑問に思う。表情から推測すると、もしかするとミナトも同じことを考えているのかもしれない。俺を含めた同専攻の三人は、揃って首を横に捻った。そこに部室にいるもう一人が、溌剌とした様子でこう宣言する。揚々とした声で彼女は、昨日決めたから、と付け加えていた。
彼女の名前は昨日カヲル。k専攻で附属高校の出身。ミナトと同じく、内部進学で入学したそうだ。彼女もメイヤ市内在住なのだが、彼女は市の東部。それに対し、ミナトとヒロミチは西部だ。彼女は女の子らしく、絵を描くのが趣味。俺はまだ見た事は無いのだが、彼女は時々ウェブ上に、描いた絵を載せているらしい。高校時代から彼女の事を知る友人から聴いたのだが、カヲルの絵のタッチはポップ調。やんわりとした雰囲気の絵を描くのが得意なのだそうだ。
「マジか! みったんもくるのかぁー。あぁー、早く来週にならないか…」
「これだからリア充は…、浮かれるなよって幹事が言って…」
「誰が幹事じゃい! 」
あぁ、また始まったよ。彼女の一言で、またしてもミナトの妄想が暴走し始める。完全に目がハートマークになり、辺りもそれ一色に染まっている。それに思わず俺は額に手をあて、呆れの吐息をはいてしまった。
それはカズキも同じだったらしく、ハァー、とため息を一つつく。それから彼はヒロミチの方をチラッと見、こう続ける。そう言ってたぞ、と言おうとしていたところに、その本人が食ってかかる。彼は威勢よくこう言い放ち、彼に思いっきりツッコんでいた。
『シンヤ、もう講義は終わってるよね』
「ん? シンヤ君、どうかした」
「いっ、いや、何もないけど」
と、このタイミングで突然、俺の頭の中に元気な声が響き渡る。何の前触れもなく聞こえたので、俺は思わずビクッ、と身体を硬直させてしまった。その声の主がイヅノだとすぐに分かったが、今彼女はこの場にいない。なので急に不自然な反応をしたことを、俺は一瞬不安になった。だがそれは杞憂に終わり、辺りは相変わらずコントじみた空気に満たされている。仲が良いのか悪いのかよく分からないが、カズキとヒロミチの絶妙はショートコントが繰り広げられていた。
あぁよかった、バレてないみたい、俺はこの状況を見、ホッと肩を撫で下ろす。だがそれを表には出さず、平生を装おうとした。よし、何とかなったかな、そう思ったのもつかの間、俺の仮面はある一声によって儚くも崩れ落ちてしまう。俺の装いを見破ったのは、この中で唯一の女子メンバーであるカヲルさん。彼女は何気なく俺に尋ね、答えを待っていた。
予想外の事態に、俺は小さく言葉を乱してしまう。何とか誤魔化そうとしたが、見た感じ彼女の前では空振りに終わった。
『タケル君とルーナが、わたし達だけに伝えたい事があるんだって。だから、クラブハウス裏の茂みに来て』
「そっか、なら、いいや」
あれ、そういえばタケルって、メディアセンターで調べものをしてるんじゃなかったっけ。さっきカズキから聞いた事、それからイヅノからいわれたこと、この二つの矛盾に俺は気づく。表情に出さないように注意しながら、俺は自分の中だけで首を傾げた。それが功を制したのか、今度は勘づかれなかったらしい。俺に疑問を投げかけてきたカヲルさんは、何事もなく頷いていた、何か意味ありげな表情をしてたが。
「ごめん、ちょっとだけ席、外すわ」
「コンビニか」
「うーんと、そんなところだね」
この場では同視と軌視をは続させる訳にはいかないので、イヅノに訊き返したくてもそれが出来ない。だから俺はやむを得ず、適当な言い訳をして退出する事にした。これだけど言うと、ヒロミチが気づてくれて、俺に尋ねる。言い訳をする前に言ってくれたので、俺はとりあえず、彼の口述の通りにしておくことにした。
その後、俺はアリバイ? 通りに行動するために、荷物の中から財布だけを取り出す。それを掴んでドアノブに手をかけ、サークルの部室を後にした。




