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東ノ満碑  作者: Lien
巻之参 カヘンノ書
10/15

其之参 同学科の二人


 「少し早いですが、今日はここまでにします」

 「ふぅ、やっと終わった」

 教室前方の黒板の前に立ち、講義をする教授がその言葉を口にした途端、広い講義室は一気に騒がしくなる。三階に位置するこの部屋に、暖かな光が差し込む。見計らったように明るくなった事もあり、教授が言ったセリフも合わさって、ここまでの疲れが一瞬のうちに吹き飛ぶ、そんな気がした。俺はこの講義では毎回、前から三列目辺りに座っている。それでも、後ろの方に座る人達の解放感が、手に取るように伝わってきていた。

 そんな中、俺はせわしなく走らせていたシャープペンシルを止め、それを机の上に置く。手を組みながらイスの背にもたれかかり、体を思いっきり逸らす。腕と足でも大きく伸びをして、講義で強張っていた身体を解していた。

 「本当にやっとだよー。高校の時と長さも違うし、朝から連続だったから、本当に疲れたぜ」

 「あははは…。思いっきり寝てたけどね」

 そんな俺に、隣の席に座っていた青年が、出かけた欠伸を押し留めながら話しかけてくる。彼の前髪は、寝オチしていたことを物語るように、明後日の方向に乱れていた。

 「んだからシンヤ、後で今日やったとこ、教えてな」

 「わかったよ」

 はぁ…、昨日夜遅くまでゲームをしてるから、眠くなるんだよ…。喉元まで出かかったぼやきを、辛うじて腹の方に押し返す。それでもため息だけは防ぐことが出来ず、騒がしい講義室内へと解き放たれてしまった。

 「恩にきるぜ」

 「まぁ、いつもの事だからね。…そういえばエムさん、今日はサークルに寄ってく? 」

 隣の彼は右手で会釈し、こう言う。その手で卓上のペンを筆箱に放りこみ、同じくテキストも鞄の中に片付け始めていた。

 その間に俺は、数式がびっしり書かれたルーズリーフをファイルに綴じ、それをパタン、と閉じる。すぐにそれを同じようにしまい、ファスナーと閉めながらこう訊ねた。

 「おぅ! もちろん行くぜ。早く行ってみったんとあんな事をしたり、こんな事をしたり…」

 「はいはい、分かったから。…じゃあ、行こっか」

 俺にあだ名で呼ばれた彼は、当然の様に大きく頷く。少し的外れな気もするが、彼は待ちきれない、と言った様子でこう続ける。が、今度は完全に話題の矢は虚空を捉える。止まる事なく突き進み、自分の世界へと旅立ってしまった。

 そんな彼を、俺は全く気にせず、軽くあしらう。いつもの事なので、適当に受け答えする。テキストを仕舞い終えた鞄を持ちながら言う事で、半ば強制的に彼の妄想を終わらせたのだった。

 ここで、少し遅くなったが、彼の事を紹介するとしよう。彼の名前は辻戌つじゐミナト。彼はいわゆる内部進学組で、高校時代は軟式野球部に所属していたそうだ。彼のポジションはセンターで、レギュラーメンバーである。附属高校は硬式野球部が全国的な強豪校として知られているが、彼の所属していた軟式野球部もそこそこ強かったらしい。彼の年は惜しくも決勝で敗れ、全国大会出場を逃したのだとか。話をミナトに戻すと、彼とはサークルを通して知り合った仲である。専攻は俺とは異なるb専攻であるが、俺のc専攻とは学科が同じだ。そのため、講義で一緒になる事が多い。なので俺は普段、彼とタケル、それからもう一人の友人と、近くの席で講義を受けている。そのもう一人も、のちほど紹介するとしよう。

 「おぅ」

 俺よりも一歩遅れたが、彼も荷物をまとめ終えたらしい。講義のテキストやノートパソコン、その他諸々が詰まった紺のリュックサックを背負っている。俺の呼びかけに大きく頷いてから、俺達は人口密度が減りつつある講義室を後にした。




 「あぁー、今日はきてるかなぁー」

 「ミチルさん、確か今日は四限目は無い、って言ってたから、いるんじゃないかな」

 場所は変わり、今俺達がいるのは、講義棟と講義棟を繋ぐ連絡通路。奥まったところにあるので、陽の光はあまり射していない。その代りに、数メートル感覚で設置されている蛍光灯が、ここを照らしている。別の所に目を向けると、ここの人通りはかなり多い。今は丁度、講義と講義の間時間であるからだ。それだけでなく、ここの通路は分岐し、食堂や学内の書店にもつながっている。食堂には有名チェーン店も入っているため、そこを利用している学生は多い。もちろん、俺もそのうちの一人だ。流石私立の大学だ、と実感する毎日だ。

 さて、そんな中で、俺達も目的の部屋へと移動している。移動といっても、この後に講義は入っていないので、向かう先はサークルの部室。この通路を抜け、終点にある棟を出た先の小さなクラブハウスに、その部室はある。通路も半分以上進んだ地点で、ミナトはボソッと呟く。あぁ、またか、そう思ったが、これはいつもの事。俺が言ったミチル、という人物は、ミナト曰くガールフレンド。誰がどう見ても一方通行の恋なのだが、当の本人はそれに気付いていない様子。だから時々独り言のように呟き、例の彼女に関する妄想を膨らませているのだ。

 そんな彼の事を気にせず、俺はこう言う。たまたま午前の講義の間時間にすれ違い、彼女から直接聞いた事を、推測混じりに伝えたのだった。

 「やっぱりそうだよな。あぁー、早くみったんに…」

 「おいおい、お前はやっぱりミチルさんの事しか頭にないんだな」

 早く会いたい、彼はおそらくこう言おうとしたのだろう。黒縁のメガネをかけた顔に笑みを浮かべながら、ミナトはこう言おうとした。だがそれは、俺達が歩く後ろの方、通過しきった分岐点の辺りからの一声に遮られてしまった。

 突然の奇襲にミナトはもちろん、俺も驚きで声をあげてしまう。ビクッ、と痙攣みたいな反応をした後、俺達は揃って後ろに振り返る。するとそこには、にやりと笑みを浮かべた青年が、満足そうに歩み寄ってくる、その瞬間であった。この場には、彼が大事そうに抱える、テイクアウトしたものと思われるカレーの匂いが漂っていた。

 「ケイちゃん、エムさんだから仕方ないよ」

 「まぁな」

 「貴様、誰奴」

 「お前こそ誰だ」

 その彼に、俺はいつもの事だから、と苦笑いを浮かべながら返事する。サークルに入ってからあまり期間は立ってないが、ミナトが俗に言うリア充、と言う事は割と知られている。なので、俺にケイちゃんと呼ばれた彼も、やっぱりか、と納得した様子で頷くのだった。

 そんな彼に、ミナトは若干強めにこう話しかける。口調は強いが、目は笑っている。強さに威勢を乗せて、呼びかけているようだった。

 売り言葉に買い言葉、と言った様子で、もう一人の彼も対抗する。直接言ってはいないが、ハァ? というニュアンスを含ませている。何も知らない状態で見ると、これは喧嘩の始まりかもしれない。だがこれも、いつもの事。二人は顔を合わせると、いつもこのやり取りをする。なので、俺はこのやり取りを、ふたりの挨拶だと思っている。

 少し遅れたが、俺にケイちゃんと呼ばれた彼も、友人のうちの一人だ。彼の名はうやまいカズキと言い、俺と同じc専攻。タケルやミナトと同じく、講義が同じの時はいつも近くの席で受けている。ミナトとも親しく? 話している所を観ても分かると思うが、彼も俺と同じサークルに所属している。ちなみに彼は、高校時代は化学部に所属していて、部長だったらしい。自宅は俺が大学に通過するカイコウに住んでいる。これは後で知った事なのだが、彼とミナトは中学は違うが、家はかなり近いらしい。

 「あははは…。ところでケイちゃん、タケルは? 区分同じだから、一緒のはずなんだけど」

 この二人のやり取りはどうでもいいとして、まずはタケルの居場所を訊いておかないとね。イヅノに訊いておく、って言っちゃったし。いつもの件が繰り広げられている間に、俺はある事を思い出す。それは、イヅノの遊び相手に、タケルと月猫のルーナを誘う、と言う事。それを訊ねるべく、彼らのやりとりに割って入った。

 「あぁ、タマか。タマならさっき、調べたいものがあるって言って、メディアセンターに行ったけど」

 たっ、タマかぁ…。ルーナは猫だし、名字にも「猫」を使ってるから、あながち間違いじゃない気もするけど…。俺に尋ねられ、カズキは思い出したようにこう呟く。だから一緒じゃないよ、そう言いながら、彼は後ろの方に目を向ける。目線でも彼の居場所を示し、俺達に伝えるのだった。

 「んでもすぐ戻る、って言ってたから、そのうち部室に来るんじゃないかな」

 「まぁ、メディアセンターなら近いし、そうだろうな」

 「だね」

 調べもの、といっても、二時間も三時間もかかりはしないだろう。カズキが言った言葉で、俺はそう感じる。それはミナトも同じだったらしく、俺よりも先に思った事を口にする。先を越された俺は、開きかけた口を慌てて噤み、出かけた声を喉元まで押し返す。一通り聞いた後で俺は頷き、彼の発言に便乗すことにした。

 「じゃあとりあえず、部室に行こっか」

 「そうだな。部室にみったんもいるはずだし」

 「お前の目当てはやっぱりミチルさんか」

 話がひと段落したところで、俺はこう提案する。元々俺とミナトはそのつもりだったので、結果的に止めていた足を再び進める事となる。それにミナトが続き、相変わらずの調子で言葉を連ねる。最後にカズキがツッコみ、お決まりの漫才は閉幕した。


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