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東ノ満碑  作者: Lien
巻之壱 シケンノ書
1/15

其之壱 丑三つ時の雑談

「ようし、今日はこのくらいにしておこうか」

 陽もすっかり沈み、町も完全に静まり返った時分。俺は机の上のノートをパタンと閉じ、愛用のシャープペンシルを無造作に置く。完全にフリーになった手を組み、背を反らしながら大きく伸びをした。それから俺は、ふぅ、と一息つき、達成感で心を満たされるのだった。

 今俺がいるのは、大体八畳ほどある自室。窓の下には一人用のベッド、更にその傍には、学校関連の物が収納された、棚がある。反対側には普段俺が使う勉強机と、オフィスにあるような、回転するイス。卓上には参考書の山脈が築かれ、俺が置かれている状況を手っ取り早く示してくれていた。

 そう、俺は受験生。東海地方にある某県内、ソウナ市内の学校に通う、高校三年生だ。季節は、凍てつく北風が駆け抜ける、冬。まさに、受験勉強真っただ中の時期である。もちろん、俺も例外ではない。俺は毎日、日付も変わった午前二時、丑三つの刻頃まで机に向き合っている。これが長いのか短いのかは、あえて触れないでおこう。俺が目指すのは、県外の四年制大学。理系の私立大学で、それなりに名が知られている。こんな状況だから、普段どんな風に勉学に励んでいるのかは、大体想像できるだろう。

 だが俺は、その定説を、敢えて覆させてもらおう。

 「ふぅ、二時かぁ。待たせたね」

 この日のノルマを達成した俺は、もう一度深く息をはき、左足で机の脚を軽く蹴る。作用・反作用の法則で俺を乗せたイスは、ゆっくりと回りだす。俺の計算通り百八十度進むと、その回転はピタリと止まるのだった。

 「キューン」

 と、俺の学習が終わるのを待ち構えていたかのように、一匹の動物が嬉しそうに甘え声をあげる。フサフサの尻尾をせわしなく振りながら、俺の方に駆けてくる。その動物は他に、三角形の耳を持っている。真っ白の毛並みの狐が、伸びをする俺に飛びついてくるのだった。

 ここで一つ。説明を加えさせてもらおう。俺達がいる世界は、あなた達のより、動物の生息数が多い。閑静な住宅街でも、ビルがそびえる大都会でも、数多く見かける。野生生物との共存をしている、と言っても過言ではないだろう。都市設計云々は俺にはまだ分からないが、戦後からの技術の結晶と聞いた事がある。経済発展の傍らで、そういった街づくりも行われてきたそうだ。その甲斐あって、街中には野良ネコやカラスなどだけでなく、リスや鷹、狼までも見かける事ができる。

 さぁ、そろそろ話に戻るとしよう。

 「あっ、アハハハ…。イヅノ、くすぐったいよ」

 「クゥーン」

 俺に飛びついたその狐、イヅノという彼女は、嬉しそうに俺の頬を舐める。普通の狐とは異なり、深紅の瞳をもつ彼女…。彼女は自身の白い毛並みに映える、その赤い眼を爛々と輝かせながら、俺に甘えるのだった。

 『シンヤぁー、わたし、ずっと待ってたんだからね』

 「ごめんこめん」

 『勉強も大変だと思うけど、もう少しわたしとも遊んでほしいなぁー』

 「俺もそうしたいけど、あと一か月。あと一か月だけ、待ってて」

 いかにも待ちくたびれた、という様子で、彼女はこう語りかけてくる。彼女の声は俺の耳を通して、ではなく、頭の中に直接響く。マイクにかかるエコーのように、ハッキリと俺の中に反響するのだった。

 ここでもう一つ、補足しようと思う。白い狐の彼女、イヅノについてだ。彼女の毛並みは白いが、確かに狐だ。何も知らない、普通の人が見たのなら。だが、知る人が見れば、そうではない。俺に飼われている…、いや、俺に憑りついている、と言った方が正しいか。ここまで言うと、粗方想像できるかもしれない。彼女は、俗に言う妖怪の類だ。だが、悪さはしない。憑りついている俺を、意のままに操る事もしない。俺から言わせてもらうと、善良なソレなのだ。正確には、逆のソレと区別して、一部の人には、彼女は憑獣ひょうじゅうと言われている。字の通り、人に憑依ひょういしている。いや、自身の妖力の大半が人に移っている、と言った方が正しいか。彼女の場合、彼女の妖力のほとんどが、何らかの理由で俺に入ってしまっている。そもそも妖力とは、全ての生き物が持っている、霊的な力。だがそれは、普通に人生を謳歌していれば、気付く事は無い。一つ例外を出すとしたら、霊感、だろう。ごく稀に、並の人よりも妖力が少し強い場合がある。その人は、いわゆる幽霊が、時として見えるのだとか。

 少し話が逸れてしまったので、話題を俺達の方に戻そう。さっき述べた対偶になるが、俺が持つ妖力は、強い、という事になる。その影響かは定かではないが、俺の体育の成績は上位、と担任は言っている。さらに俺は、駅伝部に所属していた。自分で言うのは照れくさいが、かなり活躍していた、と俺は思う。もう部活を引退して何カ月も経っているが、まだ走る速さと持久力の高さには自信がある。

 また話が脱線してしまったので、今度こそ妖力に話題を戻そう。妖力そのものは、いわゆる力の源のようなもの。これを媒体にする事で、様々な能力を使うことが出来るのだ。最も想像し易いのが、化ける、といった能力だろう。イヅノが言うには、能力を発動させる時に、妖力をエネルギー源にするらしい。それを消費する事で、自ら、あるいは任意の対象に、変化を及ぼす事ができるようだ。

 さて、そろそろ説明に飽きてきた頃だと思うので、物語に戻るとしよう。

 待ちくたびれた様子のイヅノに、俺はいつものように平謝りで応える。俺の返事に彼女は、まるで駄々をこねる子供の様に頼み込む。そんな彼女に申し訳ない、と思いながらも、俺は再び念を押すのだった。

 『えぇー、一か月もぉー。そんなにも待てないよ』

 「今日はなの…、じゃなくて、日付が変わったから八日か。前期が三十一日で終わるから。あと二十日とちょっとだけ待ってて」

 完全に俺に馬乗り…、いや、イヅノは狐だから狐乗りか。俺の上に乗っかっているイヅノは、目をウルウルさせながら訴える。そんな愛くるしい目、反則だ、と俺は率直に感じる。でも俺は、その反ばくを何とか心の中だけに押し留める。理性で平生を装い、こう主張した。

 『二十日もー。明日は? 明日ならいいでしょ。シンヤにとっても便利な妖技、おしえてあげるから』

 「よっ、妖技? 何、そのヤバそうなのは」

 俺の主張に、彼女はこう反論してくる。前足で俺のあばらのあたりをグイグイ押しながら、主張を続ける。俺の知らない単語を武器にして、再び頼み込んできた。

 当然俺は、初めて聴く単語に、首を傾げる。そのモノに対する第一印象を交えつつ、声を荒らげてこう問いただした。

 『一昨日言った、能力のことだよ。妖術、って言った方が分かりやすいかな。シンヤには折角わたしの妖力があるんだから、ねっ』

 「ねっ、って言われても」

 『シンヤが使えれば、わたしも勉強、手伝えるから』

 「受験勉強を? 手伝う、って言っても、イヅノは…」

 『うん。高校の内容なら、すぐ分かると思うから』

 彼女は、何故か得意げにこう言い放つ。軽く首を横に捻りながら言う彼女は、自信満々、といった様子。俺が気づいた時には、話の主導権を、彼女に話を持って行かれてしまっていた。

 キラキラの紅い眼で言う彼女に、俺は再三問いかける。「イヅノは狐だから、難しいと思う」と言おうとしたが、それは叶わなかった。俺の言葉を満面の笑みで遮ると、彼女はこう答えていた。

 「すぐに、って…、いくら何でも」

 『わたしはタダの狐じゃなくて、白狐びゃっこなんだから。フセンにいた時は、一番賢かったんだからね』

 いや、それ、自分で言うことじゃないでしょ、一番だ、なんて。俺の事はお構いなしのイヅノに、心の中でこうツッコむ。言っても同じか、と半ば開き直りながら、俺は「はいはい」と、軽く受け流した。

 「分かったから…。明日、学校が終わったらつき合うから。だから、今日はもう勘弁して」

 このままでは埒が明かない、そう俺は感じる。彼女と言葉で攻め合うも、明らかに俺の劣勢。ついに俺は、彼女の猛アタックに折れてしまう。眠気の援護射撃も入り、俺は彼女との戦いに白旗を振ってしまった。

 『やったぁー。明日だよ、忘れないでね』

 「はいはい」

 どうなのかは分からないけど、本当にイヅノ、賢いのかな? まだ会って五日しか経ってないけど。でも、ここまででは、全くそうとは思えないなぁ。何しろ、イヅノは幼い、って感じだし。

 俺の許しを貰った彼女は、明らかに嬉しそう。俺の上から跳び下り、ピョンピョン跳ねながら、自分の気持ちを表現する。大きな物音がしないかヒヤヒヤしながら、俺はその光景を見守った、「はぁー」とため息をつきながら。このため息には、無意識のうちに、彼女への疑問も混ざる事となった。

 「明日から学校が始まるから、そろそろ寝るよ」

 彼女が落ち着くのを見計らい、俺はこう呟く。同時に、眠い眼を擦りながら振り返り、ドアのノブに手をかけた。

 『うん。朝早い、って言ってたもんね』

 俺とは対照的に、イヅノは元気そう。前足を揃えて座り、大きく頷いていた。そんな彼女に、俺はノブを捻りながら目を向ける。さすが憑獣、夜遅くても平気そう。こう感心しながら、俺は寝支度をするべく、自室を後にした。


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