何も知らない
こんにちは。
この話をあの日の人に捧げます
母の記憶しかない単純な事しかわからない少年の物語
生まれてからこれまで育ってきて、彼が知っていることは母というものが自分に存在していたという事だけ
そんな子供が唯一覚えていること。それはやはり母の事。
ある日も母と二人で暮らしていた。
何もない部屋。真っ白な部屋の中。母は口を喋ることをせず、静かにただ黙々と仕事をこなす。
母が何故喋らなかったのかなんてわからない。この部屋に何故何もないのかなんてわからない。ただ、少年にはそんな事を疑問に思うなんて事もしない。疑問に思うやり方を少年は知らないからだ。
ある日。母は外から取花という物を持ってきた。
その花を繋ぎ合わせてわっかを作り、それを少年の頭に乗っけて微笑んだ。
ある日。母は外から金属でできたと思われる銀色の棒と丸く一部が凹んでいるガラスを持ってきた。それに紐をくっつけてなにやら作っているようだ。
やがて出来上がったそれは、風邪に吹かれると綺麗な音を響かせた。
それは悲しいくらい日が光る日だった。
ある日。母は笑顔でやって来ると沢山の絵が描かれた冊子を持ってきた。
それに、キッチンに立ち美味しい臭いのする物を作り始めた。それは鍋といわれるものだ。母はその鍋の中身の物を小皿に分けると笑顔で差し出した。
風が強い日だった。ほんのりぬくぬくするものを感じた。
ある日。母は太い赤い紐を使って何かを作っていた。白いものが空から落ちてくる日だった。
出来上がった。長いもの。それはマフラーだった。少年の首に巻着付けて、母は微笑んだ。可愛く微笑んだのだ。少年は恥ずかしくなった。不思議な身体の震えは止まった。
そして、ある日
母は冷たくなった。
少年は不思議に思った。 何でこんなにひんやりしているのだろうと、初めて疑問に思った。その時少年は知った。これが疑問に思うやり方なんだと知った。 少年は母が冷たいのは身体が冷えたからと考えた。 冷たく横たわっている母の身体に暖かい毛布をかけた。それでも冷たい。
ならばと、布団もかけた。まだ冷たい。
ならばと、お湯をかけてみた。暖かくはならなかった。
少年は途方にくれた。
途方に暮れて初めてわかった。
母はもういないということに初めて気づいた。
少年は初めて泣いた。
泣くということもわからなかった少年は初めて泣いたのだ。
少年は何をしていいのかわからなかった。
少年は施設へと預けられた。
しかし、その夜。
少年の姿はなくなっていた
この少年は耳が聴こえません
それをふまえてもう一度読むと面白いかもです。




