最後の魔王の最期
こことはちがう、どこかの世界。
幾百万という戦士が魔物の軍と日々戦っていた。
戦いの理由は色々。魔物の所為で果物が不作になったとか、魔物の所為で新しい風邪が蔓延したとか、魔物が人間を倒して世界を支配しようとしているとかそんなものだ。
最近、魔王の軍勢に人間が加わるという事が増えているらしい。
その事態を危惧した王様達は数多くいる戦士たちに調査を依頼した。
そして今、戦士の一人であるジルは魔王の住む城、そこを囲む巨大な塀の前に来ている。
そしてそこには、身の丈五メートルを超える魔物の番兵が立っている。
巨大な番兵は一人ではない。見える限りでもざっと百人。物陰や塀の裏側にいるのを合わせるともっといるだろう。その中でもひときわ風格のある番兵長らしき魔物が声を掛けてきた。
「なんだ、お前。魔王様を倒しに来たのか?そんなら俺らが相手になるぞ」
ジルは怖がる素振りを見せず、慎み深い態度で
「私は魔王様を倒しに来たわけではありません、もちろんあなた方を倒しに来たわけでも」
「じゃあ、なんの用だ?」
「見ての通り、私は武器や武具を一切持っていません。格好も普段着です。持って来たと言えばこの魔術適性表だけです」
「どれどれ。お前魔術適性ゼロじゃないか。魔法が使えないのか。ハハハ」
「お恥ずかしい限りですが、私は魔法が使えません。それでなぜ私がここに来たかというと、実は魔王様とお話しがしたいと思いまして」
「魔王様に直接会いたいというのか?」
「はい、無理なお願いということは分かっていますが。そのために武器を持たず魔法が使えない事を示し、こちらに敵意がないことを証明したのです」
「……うーん、わかった。魔王様に取り次いでみる。少し待ってろ」
数十分後、許可が下り案内人が来た。ジルは番兵長に礼を述べた後、案内人に着いて行き巨大な塀を越え、マグマの流れる掘りを越え、城の中に入った。
長いこと城の中を歩き、一番奥の大きな扉が開かれた。するとそこに一人の人間がいた。歳は四十後半、白髪がちらほら混じり始めていた。
「私に会いたいというのは君かね?」
「ということは、あなたが魔王様で?」
「そうだ。ちなみに私は六代目の魔王でね。魔王などと呼ばれているが、人間だ」
「そうですよね、もっと恐ろしい姿をしてると思ってたので少し拍子抜けしてしまいました」
「ハハハ、だろうな。それで話というのは?」
「お聞きしたいことがあるのですが。その前に私の意見を聞いていただけませんか?」
「わかった。話してくれ」
「ありがとうございます。
人々はあなたのことを諸悪の根源と言っています。
ですが私なりに調べた結果、魔王様が出現する前から世界の犯罪や戦争、食糧危機等はありましたし、魔王様が出現してそれらが急に増えたということもありません。
それに魔王様の軍は残虐非道で人間を滅ぼそうとしているという噂がありますが調べた結果、魔王様の軍は一度足りとも攻撃を仕掛けたことがありません。どれも人間側から仕掛けたものです。そして今日で確信しました。
噂は全くの嘘です。大きな番兵長も話を聞いてくれる方でしたし、魔王様自身も人間の私と実際会ってくださいました」
「つまり私は諸悪の根源ではないと?」
「そうです、今こうして話していてもわかります。穏やかな口調ですし残虐どころか平和な雰囲気しかありません」
「ありがとう、君みたいな人間が世界に増えればいいんだがね」
「魔王様、教えてください。なぜあなたは人々からの中傷をほっておくのですか?その理由が私にはわかりません」
「君は今何歳だい?」
「十六です」
「なら世の中のことはイマイチわからないだろう。
色々調べてくれたようだけど、魔王が現れる前の世界がどんな世界か調べたかい?」
「一応調べました。ですが魔王出現以前の世界については資料が少なくて」
「やはりな。では話してあげよう。
先ほど私は六代目の魔王だと言った、つまり私の前に五人の魔王がいたということだ。
そして初代魔王がまだ魔王と呼ばれる前、魔物は人間に虐げられていた。罵られ嘲られ、気色悪がられ奴隷として扱われていた。
だから初代魔王は魔物達を助けるため、平和的な働きかけをした。様々な王国へ行き、魔物を奴隷とするのではなく人間と同じような暮らしができるよう求めた。
だが結果はどの王国も聞き入れなかった、それどころか虐げを強めた王国さえあった」
「そんなことが……」
「魔物達が苦しむ姿をこれ以上みたくない。そう思った初代魔王は奴隷だった魔物を解放し新たな王国を作った。魔物が奴隷としてではなく、人間と同じように暮らせる国を作ろうと。
だが労働力だった魔物を奪われた諸国は怒り、その新しい王国へ戦争を仕掛けた。そして今の世界の状態となっているのだ。
王たちにとっては、国内の悪い事柄全て魔王の所為にすれば済むのだから楽なものだろう。それに戦争は経済を回す。今となっては戦争が無くなると困る輩も多くなってるようだしな。
魔物という呼称も彼らには相応しくないものだ、私は彼らにそのような偏見の呼称はつけていない。彼らは私のパートナーなのだから」
「私は恥ずかしいです。そのような事をしてきたことすら知らず、噂を鵜呑みにして魔王軍=悪といく方程式を作り出していたことに……」
「そんなに自分を責めなくていい。第一君はこうやって見方を改めてくれたじゃないか、それが一番嬉しいことだよ」
「ならば、なおさらなぜあなたは中傷をほっておくのですか?事実を人々に告げたほうがいいに決まってる!」
「魔王である私が言ったところで信じてくれる人はいないよ、それに王たちが黙ってはいないだろう。魔王の嘘に騙されるな、などと言うにちがいない。
悪い事を全部背負ってくれる便利な魔王という存在が無くなるのを恐れてな」
「そんな王たちならいなくなった方がいい!!!私も、みんなが平等に暮らせる世界を作りたい。魔王様、ぜひ私をあなたの仲間にしてください!」
「わかった。私と志を共にしてくれる人がいて嬉しいよ。では少し別の部屋で待っていてくれないか?皆を集めて、君の入隊を祝おうと思うんだ」
そしてジルは他の部屋へ行った。一人になった魔王は、不敵な笑みを浮かべながら酒を一口。そしてほろ酔い気分で
「私が王たちと裏で繋がっていて、わざと戦争をし経済を回しているなんて誰が想像するだろうか。汚名を着せられる代わりに膨大な報酬が手に入るのだから、とてもいいビジネスだ。しかも戦うのは魔物たちだけ、私にはなんの被害もない。本当にいいパートナーだよ」
魔王の後ろに、呼ばれて来た番兵長が立っているのを魔王は知らない。
そしてその後魔王の姿を見た者はいない。