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並んだ自転車

 職員室の前まで来た。

中から物音は僅かしか聞こえなくなっている。もしかして俺がトイレに隠れている間に帰ってしまったのか、さすがにもうポマードからは解放されただろう、きっとそうだ、俺も帰ろう。


 ガラッ


 突然開いたドアから立花が飛び出してきた。廊下で鉢合わせる俺と立花、立花は一瞬体を強張らせたが目の前に居るのが俺だとわかるとふっと肩の力を抜いた。対する俺は何とかこの状況を誤魔化そうと無意味に頭を掻いたり職員室を覗き込むような素振りをした。傍から見れば挙動不審だっただろう。


「まだ帰ってなかったの?」

「ああ、まあ……ね」

「じゃあね」


 立花はあっさり俺の横を通り過ぎた。


「あ、ちょっ」


 何呼び止めてるんだ俺。


「何? 急がないとバスが行っちゃう」


 そうだ、立花はバス通学だった。それを聞いたら何も言えなくなるだろう。


「そっか、何でもない」

「……ごめん。待っててって言ったの私だね」

「いや、別に。急げよ、バス来るんだろ」

「ごめん、また明日!」

「じゃあな」


 立花は早足に教室へ戻って行った。後ろ姿がやけに遠く見える。

さあ、俺も帰ろう。


 頭の中では、帰ると言ったのに実は教室で待っていたというサプライズの後、凹んでいる立花を励ましてしばらく教室で談話して、二人で並んで歩いて帰るという薔薇色な妄想が膨らんでいたのだが、今の状況を見るとほとほと悲しくなる。俺はあいつに何を期待しているんだ、いかんいかん、切り替えて行こう。


 一人、下駄箱へと向かう。作業化している動作で革靴を下駄箱から取り出し履き替える。俺の革靴は自分の足より僅かに大きく、歩くたびにカツカツと音を立てた。履きにくいのは嫌だったがその音自体は割と好きだった。


 道行く生徒達はバス停に急いだり、校門を自転車で走りぬけたりとやけに慌ただしかった。サラリーマンで言えば帰宅ラッシュだ。

もやもやと胸に残る煙を外に放つように俺はブレザーの前ボタンとシャツのボタンを二個開けた。ネクタイは取り外して鞄に入れた。

もうすっかり暗い。風は無いが空気は冷たく頬を撫でていく。


「先輩!」


 後ろから肩を叩いてきたのは坂井だった。俺は急いでポケットに突っ込んでいた左手を出して、胸の開いたシャツを押さえた。これではまるで生活指導に見つかった不良生徒のようだ。


「ああ、よう」

「先輩、イメチェンですか?」


 坂井には既にバレていた。


「ああ、まあね。かっこいい?」

「似合ってないですよ~」


 無垢な笑顔でさらっと言ってくれる。


「そっか」


 結局俺はシャツのボタンを一個閉めてブレザーの前ボタンも全て閉めた。


「坂井は今帰り?」

「大体いつもこのぐらいですよ。先輩はどうしたんですか?」


 俺達は自転車置き場へ続く砂利道を歩いた。坂井も自転車通学だ。


「いや、俺はさ、吹奏楽を見てて……」

「え~、もしかして工藤先輩を見に行ったんですか~?」


 坂井は疑うように目を細めたが視線は柔らかかった。工藤さんは後輩の間でも有名なんだな。


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