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逃げちゃえよ

 空はこんな日も晴天で、羊のような雲がゆっくり流れている。

ポマードの授業で眠った、あの時の夢のように清清しい空だ。


 また寝てしまわないように気を引き締めねば。

指名された生徒が羅生門を音読する。あまりに突っかかってしまうのでポマードに注意され、別の生徒が読み始めた。読んでいるのは工藤明美(くどうあけみ)、容姿端麗で頭脳明晰。この高校の2年生なら全員知っているんじゃないかというほどのアイドル的存在。


 ポマードもなんとなく工藤さんを贔屓(ひいき)している。ポマードは続けて配られたプリントの問一と問二をやるように指示した。


 ぼーっと問題を眺める。また退屈になってきた。

松田先生ならこんな時、もっと面白い問題を持ちかける。プリントの問題は適当に済ませて「登場人物の心情」とか「作者がどんなことを考えているか」など、それぞれに答えの違うような問題をだす。


 その点ポマードはプリントに沿って答えの変わらない問題を延々と続けるだけ。これで発想力が育つわけがない。


 授業は休み時間をおして続けられた。

チャイムが鳴っても平気で授業をするポマードを見ておいおい、まさか聞こえなかったんじゃないだろうなと心配したが数分するとそそくさと教材をしまい始めたのでほっとした。


 ポマードは教室を出て一旦廊下で立ち止まり、誰かに声を掛けてから職員室へ引き返して行った。おそらく立花だ、教室の後ろのドアからそろそろと入ってきた。


 明らかに表情が沈んでいる。それを見てコソコソ話をする生徒、心配そうに眺める生徒はいたが、直接声をかける生徒はいなかった。

俺はただ自分の机に突っ伏して立花のことは意識しない、ようにした。

三井がやってくる。


「高橋~、俺びびっちったよ。まさか2日連続だとはな」

「そうか? 俺はもう怒られたしな」

「ああ、そうか」


 三井は苦笑した。


「立花さん、可哀想だよな。俺だったら立ち直れないし」

「お前へタレだからな~」


 本当は俺も相当なヘタレなんだけど。


「あ、今日俺吹奏楽部の演奏見に行くけど?」


 三井は帰宅部だったが定期的に行われる吹奏楽部の演奏には必ず顔を出す。


「どうせ工藤さん見にいくんだろ?」


 三井は「馬鹿」と言いながら右手人差し指を口元で立てた。


「聞こえるだろうが」


 あの工藤さんが今の会話を聞いたところで何とも思わないと思うけど。


「お前は行く?」

「俺はいいよ」


 工藤さんは綺麗だとは思うが欠点が無さすぎてどうも惹かれない。非公式でファン倶楽部まで存在するというが俺にはそこまでする理由がいまいちピンと来なかった。昨日は放課後じっくり怒られたからな、今日は早く帰るか。いや、待てよ……。


 職員室前で立花が憂鬱そうにうろうろしていた。爪をいじったり深いため息をついたり、窓から外を見たり……。俺は気付かれないように立花に近づいたが急に振り返った立花とぴったり目が合ってしまった。

これは予想外、背中に嫌な汗が流れる。


「何してんの?」


 ぶすっとした表情で立花が聞く。


「えっ、別に。帰るとこ」

「ふうん……じゃあね」


 素っ気無い。


「ポマードに呼ばれたんだろ?」

「そうだけど? 笑いにでも来たの?」


 今度はあからさまに不機嫌そうな顔をする。


「なんでキレてんだよ」

「キレてないけど」


 何だ、この空気は。こんなはずではない、俺はただ「逃げちゃえば?」と一言立花に言ってやろうとしただけだ。


「……」


 立花は黙ってしまった。冗談が通じそうにない、ここは普通に話をしよう。


「なんでポマードの宿題忘れんだよ」

「じゃあなんで高橋は授業中に寝たの?」


 中々鋭い返しだ。


「あ~、それ聞いちゃ終わりでしょ」


 俺は馬鹿っぽく頭を掻く素振りをした。ウケない。相変わらずの苦い顔、今のは俺が滑ったのか?


「ポマードが出てけって言った後さ、立花がほんとに学校から出

てったんじゃないかって、心配だったよ」

「高橋はあたしのことどんな風に思ってんの? そんな馬鹿じゃな

いよ」

「逃げちゃえよ」


 何だか面倒くさくなったのと、もう言わずに取っておくのも仕方が無いので言ってしまった決め台詞。


「逃げられるわけないでしょ、馬鹿」


 よくわからないが立花が噴き出した。別に面白く言ったわけでもないのにツボに入ってしまったようで、声を殺しながら立花はくくっと笑い続けた。


「お前がこの間言ったんじゃんかよ。何笑ってんだよ」

「あれ? そうだっけ? 使い方が唐突だからさぁ……ふふ」


 立花に言われたことを言い返しただけなのに、何故か初めて俺が言ったかのような錯覚に襲われ、顔が熱くなる。


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