表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

平凡な国語の授業

 翌日、俺はいつも通り登校して、いつも通り授業を受けた。

英語の佐野先生は居眠りする生徒がいても起こさない。

私語する生徒がいても大して注意しない。ポマードよりはいいが、これもいけない。


 授業がつまらない。俺は外を眺めていた。グラウンドではキャッチボールが行われている。体育系の生徒たちは球が速いのですぐわかる。

球が相手に届かなかったり、行き過ぎて他の生徒に当たりそうになる生徒も居る。時には眩しがってる途中で落ちてくる球に当たる生徒もいる。割と退屈しない。


 俺が居たらどうだろうな、と思ってすぐに考えるのをやめた。見ていてもなんら面白くない連中、それが俺だ。


 英語が終わって次は国語、ポマードだ。

俺は国語自体は好きだが、ポマードの授業になってから急に嫌いになった、というか一気に熱が冷めた。1年の時は松田という少し太った教師が国語の担当だったが、俺は松田先生の国語が好きだった。


 松田先生は授業中に生徒一人一人に活躍の場を与えた。そして俺も初めて活躍した。俳句と短歌の授業で、俺の作った俳句が黒板に書かれたのだ。


「高橋はいるか?」

「はい」

「お前は詩人だなぁ~」


 ただその一言が嬉しかった。初めて教師と親しくなった。

先生は俺が二年になって間もなく学校から転勤した。短い間だったがそれまではたくさんのことを教わった。

標語の選考会に応募して佳作に選ばれたりもしたし、定年になった数学の先生に贈る詩を頼まれたりもした。国語という授業を通して人間的にも大きく成長できたと思う。


 ポマードが教室に入ってきた。さっきまでうるさく騒いでいた男子生徒も、ポマードの悪口をマシンガンのように話していた女子生徒も、あっという間に静かになる。ポマードは今日も相変わらず不機嫌そうな顔をしている。そもそも開始時から不機嫌になられてはこちらもたまったものではない。


「起立、礼、着席」


 ポマードはまだ一言も発さない。教壇に教材を放りなげるように置いてからやっと顔を上げる。


「前回の課題、やってきたか?」


 生徒は無言だ。


「やってきた奴は持って来い」


 一斉にガラガラと椅子を引く音が響く。俺も立ち上がる。高校生だというのに仕様もない漢字練習をしたノートを出す。

何なんだこの光景、近代アートか何かか?


 席に戻って頬杖をつく。一単語につき百回練習するのだが俺は九十回しかしていない。これまでもそうしてきた。あのポマードが一字一字数えるようなことはしないだろう、その前に血管が切れそうだ。


「やってこなかった奴は立て」


 いつもそう言うが立つものなどいない。皆律儀に課題をやってくる。これはお前を尊敬しているからではない、満足そうなポマードにそう叫んでやりたい。


「立花、やらなかったのか」


 思わず振り向く。立花が一人、俺から大分離れた斜め後ろの席で立っていた。ぞっとした。同情か、それともただのポマードへの恐怖か、よくわからなかった。


「どうしてやらなかった?」

「……時間が無くて」

「は?」


 ポマードが見たことは無いが歌舞伎町のチンピラのような顔をする。


「時間が無いじゃないだろ。皆やってきてんだよ」


 語尾を荒げながらポマードの怒りのボルテージが上がる。さすがの立花もだんまりを決め込んでいる。説教時間が無駄なことは誰もが知っているが、意外とそれを楽しんでいる者も居た。人の不幸はなんとやら、俺にもその気はあったはず、でも今回はいつもと違う心境だった。


「やる気ないなら出てけ」

「すいませんでした」


 立花はそう言って頭を下げた。

ポマードは軽く舌打ちして黒板へ向かった。立花がゆっくりと席に座る。

俺が隣にいたら絶対に止めた。ポマードは自分の許可なく何かをされることを異常に嫌う。ポマードの怒りはまだ収まっていない、ここは立ったまま様子を見るのがベスト。


「おい」


 立花は声にぴくっと反応した。


「何勝手に座ってんだ」

「すいません」

「お前、ナメてんの?」


 ポマードのテンションがどんどん悪い方向へ向かっていく。テレビだったら緊急警報のテロップが出ているだろう。ナメているわけが無い、立花はちょっと空気が読めなかっただけだ。もう許してやってくれ。


「もういいよ。出てけ」


 打って変わってポマードがさざ波のように囁いた。


「……」

「出てけっつってんだよ!」


 さざ波からの津波のコンボにクラス中の生徒の身体が僅かに反応する。

立花は一度ポマードに頭を下げると教室から出て行った。立花を嫌っている女子が顔を見合わせてニヤけている姿が目に入り、少し気が滅入った。


 教卓に引き返したポマードは何事も無かったかのように冷めた目線を教科書に落とした。


「えー、じゃあ教科書50ページ開けて」


 教室内はいつも以上の緊張感に支配されていた。ポマードが黒板に物語の題名を書き始める。羅生門、芥川龍之介。

俺はまだ落ち着かない胸の鼓動を抑えようとした。立花はどうしているだろう。廊下で黙って待っていればいいが、もし本当に学校から出て行っていたら大変なことだ。普通そんなことはしないが立花の場合は油断できない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ