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ゴミ処理場の裏に 1

 下駄箱で革靴に履き替え、自転車置き場に向かう。

愛車備え付けの鍵とリング状の二重鍵を外していると、見覚えのある赤いジャージ姿の女子が一人こちらへ近づいてきた。


 以前、俺はほんの二ヶ月程卓球部に入っていたことがある。初めての大会でボロ負けして以来部活も休みがちになり、自然消滅に近い形で辞めた。そんな部の中で唯一俺より弱い女子、1年の坂井だった。


 卓球部の生徒を引き連れることもなく坂井は一人で俺の前までやって来た。


「先輩、お疲れさまです」

「あ、お疲れ」


 大抵辞めた部活の部員に会うのは気まずいものだが、この坂井には不思議とそれがない。噂では坂井は俺のことが好きだったらしいが、部員である時は何の進展もなかった。まあ二ヶ月で辞めたからな。


 むしろ坂井とは辞めた後のほうが親しくなった気がする。坂井はいつも長い髪を後ろで束ねてポニーテール状にしており、卓球でぴょんぴょん飛び回るとポニーテールが重そうに跳ねるのが印象的だった。


 ダブダブのジャージ、腕まくりと裾を巻き上げることでなんとか着てはいるが明らかにサイズ違い。卵のように丸い顔は地味で印象が薄く、大きめの眼鏡をかけているので地味さが際立ち、まるで昭和の時代から抜け落ちたような見た目だが肌は白くていつも清潔感があり、裏表のない真面目な性格が好印象だった。


「先輩、私ちょっとは卓球上手くなったんですよ?」

「マジで? 俺はもう駄目だよ」

「先輩バックハンドが下手ですからね~」


 坂井はフリスビーを投げるような手つきで右手を振った。


「こうですよ、こう」

「自分、不器用ですから」

「今度勝負しましょうよ」

「え~」


 俺は外で学校の奴と顔を合せるのが苦手だった。長い連休などに時折三井と遊ぶぐらいで他はほとんど誰かと会うなんてことは無かった。


「近くに市民体育館ありますよね? そことかどうですか?」

「悪い、考えとくわ、じゃ!」


 俺は逃げるように自転車に飛び乗って走り出した。後ろで坂井の呼ぶ声が聞こえたので振り返らずに頭の上で手を振った。自転車はそのまま砂利道を抜け、校門を出た。


 さっきまでの夕焼けはもう薄闇に覆われて暗さが際立っている。そろそろ冬の寒さがやってくるだろう10月、俺はいつものように家とは逆方向のゴミ処理場へ向かう。これは別にゴミを捨てに行くわけではなく、ゴミ処理場の裏の小高い丘から空を眺めるためだった。


 高校に入った時、父さんからゴミ処理場の空き地のことを聞かされた。父さんが高校生の時、よくそこで学校帰りに空を眺めたのだそうだ。

昔はゴミ処理場なんて無く、見渡す限り空き地だったらしいが今は半分ほどまで減ってしまい、ゴミ処理場の煙突が妙に空と調和して不思議な存在感を放っている。


 俺はいつからか毎日ここへ通うようになった。大して変わり映えのしない空を毎日眺めることの何が面白いのか、そう聞かれたら答えが浮かばない。ただ何かに呼ばれるように俺は錆びたチェーンをゴミ処理場に向けて回した。


 休日はわざわざここへ来ようとは思わないし、そんなわけで俺が空を眺めるのは放課後、空が夕方から夜に変わるギリギリのラインだった。

ごみ処理場の入り口付近で自転車を降り、狭い道を縫うように裏へ回る。脇道なので人が通るように整地されておらず、自転車のまま進むのは少々厳しい。


 小高い丘が視界に入ると一気にパノラマが広がる。

校庭よりも広い空き地だ。この瞬間の爽快感だけは他の奴らにも味わって欲しい。でも誰にも知られたくない、そんな場所。


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