工藤さん!
「何? どうしたのその制服!」
家に帰ると想像通り母さんがかな切り声を上げた。
「ちょっと転んじゃって」
「大丈夫? 怪我は?」
「大丈夫だよ。先に風呂入っちゃうわ」
「光輝」
風呂場へ歩いて行こうとする俺の肩を母さんが掴んだ。
「何かあったら相談してね」
「……母さんと父さんってどっちがプロポーズしたの?」
えっ、と言いながら母さんは怪訝そうな目をした。
「急にどうしたの?」
「いや、なんとなく。じゃあ」
洗面所の扉を閉める時、呟くような声が聞こえた。
「お父さんよ」
夜中の10時過ぎ、俺の携帯が鳴った。三井からのメール、ではなく着信だった。
「もしもし?」
電話に出た俺に三井はいつも通りの調子で答えた。
「あ、高橋? 悪いな今日は待たせちゃって」
「全くだ。そっちは工藤さんと楽しい時間を過ごしてたんだろ?」
「いやぁ、それなんだけどさ」
三井の様子が少し変だ。
「え、駄目だったのか?」
俺はあくまで軽いトーンで尋ねた。
「それがさ」
その後三井は今日あった出来事を細かく教えてくれた。
三井は図書室に入っていった後、意外に人が多いことに驚き、とりあえず様子を見ることにした。工藤さんは相変わらず1人だったが、なかなか人が減らず意を決して工藤さんの隣に座ろうとした時だ。
「よしっ」
図書室の入り口から何やら気合の入った声を出しながら2人組の男子生徒が入ってきて、三井の隣を通り過ぎて工藤さんのところへ一直線に進んでいく。
「ちょっと待てよ、俺20分ぐらい待ってたけどそんな奴ら見なかったぞ?」
三井の話の腰を折る。
「だって1時間ぐらい経ったころだもん」
1時間も工藤さんの様子を窺っていたことに驚きだ。三井の話は続く。
2人組は工藤さんの後ろで歩みを止め、深呼吸した。
「あの、工藤さん」
男子生徒の1人が話しかけると工藤さんはペンの動きを止めて顔だけ振り向いた。会話内容を聞き取るためにすぐ後ろの本棚の裏に三井は身をひそめた。
「吹奏楽の演奏会、素敵でした」
工藤さんはじっと男子生徒を見つめている。
「僕、初めて見た時から」
「ごめんなさい」
「え?」
三井は思わず男子生徒と一緒にえ、と言ってしまったらしい。工藤さんは眼鏡を外して座ったまま大きく伸びをした。その時伸びた長い指先がセクシーだったらしい、がそんなことはどうでもいい。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、あなたとは付き合えない」
確かにその男子生徒は特にイケメンでも無く、自分の立場でも断るだろうなとは思ったが、告白の言葉を最後まで聞かずに遮るのはやりすぎだと三井は思った。
「もしかしてもう彼氏とか居るんですか……? やっぱり……」
「いいえ、私恋愛に興味が無いの。ごめん」
男子生徒はまだ何か言いたげだったが、これだけあっさりはっきり断られたのではどうしようもなく、もう1人の男子生徒に肩を支えられながら音も無く図書室を後にした。




