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コーヒーの香り 2

「え? まあ」

「どうして?」

「授業より楽しいからさ。特に国語とか。立花はどうなんだよ?」

「どうって?」

「学校楽しい?」


 立花は砂糖の入った丸い瓶の輪郭を指でなぞっていた。


「そんなこと思ったことないよ」


 そうだ、確か1年の頃、立花の周りにはもっと人が居た。いつも何人かの女子グループで行動していて、よく笑っていた気がする。いつからか変人キャラとして孤立し始めて、俺もそれが普通のことだと思っていた。俺は、立花のことをほとんど知らない。


「隣の席になったのって一年の終わりだったっけ?」

「そうだよ」

「ほとんど話さなかったな」

「うん」

「お待たせいたしました」


 コーヒーが運ばれてきた。金色の曲線で樹の蔦が描かれたコーヒーカップ、俺と立花のカップはそれぞれ少しだけ違う模様だった。コーヒーの色はほとんど変わらず、店員が前に置いてくれなければどちらがなんとかブレンドかわからなかった。


 コーヒーの他に白くて小さいクッキーが4つ乗せられた皿がテーブルの真ん中に置かれた。こんなもの注文したっけ? と疑問に思ったが立花が何も言わないのでおそらくサービスなんだろうと納得することにした。


 新鮮な豆の匂い、嗅いでいるだけで神経が研ぎ澄まされるようだ。


「ごゆっくりお楽しみください」


 店員の女性は45度の綺麗なお辞儀をすると一歩後ろに下がってから背を向けてカフェの入り口付近に立った。


「見て」

「え?」


 立花がコーヒーカップに乗せられた銀色の小さなスプーンを指差した。持ち手の部分に青年のような横顔が彫られている。


「それが何か?」

「高橋のほうも」


 よく見ると俺のコーヒースプーンにも同じような横顔が彫られているが、立花のものと比べるとより屈強そうに見える。


「カストルとポルックス、双子座の双子だよ」

「へえ、詳しいな」

「2人で来た時だけこのスプーンなんだって」


 なるほど、そのために俺を連れて来たわけか。


「じゃあ写メとか撮っておけば?」


 立花が首を振った。


「それじゃダメ。写真を撮ったって今は一瞬。この時だけを楽しむのが良いんじゃない」


 ほんの少しの砂糖を入れてから立花はスプーンでコーヒーをかき回した。香りがふわりと舞う。そのままカップを口に運んで満足そうに目を細めた。


「美味しい。ほら、高橋も飲んで。冷める前に」


 俺もなんとかブレンドを口に運ぶ。砂糖を入れなければさすがに苦い、でも缶コーヒーなんかとは香りもコクも全く違う。ブラックコーヒーなんて飲めたもんじゃないと思っていたがこれならいける。


「うん、美味い。コーヒーはよく知らないけど缶コーヒーとは違う……深みがある」

「良かった、不味いって言われたらどうしようかと思った」


 立花の笑顔、なんだ、よく笑う奴じゃないか。教室に居る時は静かで謎めいていて、絵ばかり描いて笑顔を見せない、そんな印象だった、つい最近までは。


「そうだ」


 俺の声にコーヒースプーンをマジマジ眺めていた立花の手が止まる。


「どうしたの?」

「靴を履き替える時にさ、つま先で2回地面を叩くだろ?」


 無言の間、立花は不思議そうに俺を見つめている。咄嗟に続けた。


「俺、立花のことあんまり知らないけど、つま先で2回地面を叩くとこ、何だか覚えてるんだ」


 自分がどうしてこんなことを言っているのかわからない、でも何故か今言っておくべきな気がした。


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