コーヒーの香り
立花に連れられてたどり着いたのは飲食店の連なるモールの一番奥にある静かなコーヒーショップだった。店内には世界各地のコーヒー豆がクリアケースの中に分けて詰められていて、銀色のスコップが刺さっている。
それぞれを好きなだけ詰めて計量後に会計をするらしい。詰めるための銀色の袋は好きな数だけ店員から受け取ることができるようだ。
「ここ?」
「そうだよ。あっちで食事もできるんだ」
香ばしいコーヒーの香りが店内に漂っている。数人のお客が店内のカフェでコーヒーを満喫していた。
「美味しいんだよ、ここのコーヒー。コーヒーなんとかっていう資格を持ってる人しか働いてないんだって」
「でもここが入り辛い店なの?」
「いいからいいから」
コロンビア、キリマンジャロなどラベルの貼られたケースがルービックキューブのようにずらっと壁にはめ込まれている。高い位置にあるものは脚立でも無いととても取れそうにない。
立花と2人でカフェのの手前まで進むとショップの店員とは別のエプロンを付けた店員が現れた。
「いらっしゃいませ、お2人様ですか?」
「はい。あ、窓際の席に座ってもいいですか?」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
窓はモールの外に面していて、巨大な噴水が丁度目線に入る位置だった。立花は迷うことなく一番端の、丸くて小さいテーブルを中央に、2つのウッドチェアーが向かい合った席を選んだ。足の運び方から立花はこの店に良く来ていることが窺い知れた。
「ただいまメニューをお持ちいたします」
小奇麗で人のよさそうな女性店員はにこりと笑って奥へ引き返していった。
「ここよく来るの?」
「ううん、3回目ぐらいかな」
店員が持ってきたメニューを見る。コーヒーの種類だけで数十の銘柄があり、普段からそれほどコーヒーに思い入れの無い俺はどれがどんな味なのかさっぱりだった。
「立花、どれが美味しい?」
「うーん、そうだね。苦いのが好き? 酸っぱいのが好き?」
「甘いのが」
「ふふ、じゃあ……ファクトリーブレンドかな。酸味も苦味も弱めなやつ」
「それにしよう」
オッケー、と言うと立花は銀の呼び鈴をチリンと鳴らした。
「お決まりですか?」
「はい、ファクトリーブレンドとマンデリンをホ……ホットで」
ホットかアイスかを確認するための立花の目配せに小さく頷く。こういう何気ないやりとりは好きだ。店員が去ると立花はその姿を目で追いながらぽつりと呟いた。
「結構綺麗な人だよね」
「そう?」
「そうだよ。絶対そう」
窓の外の噴水に老夫婦が腰かけている。カップルが大きい袋を腕から下げて楽しそうに歩いている。子供が窓の前を颯爽に横切っていく。日常の風景、昨日流れずに残ってしまった雲が時折太陽の前に停滞して地面を暗くした。
「高橋はさ、私のこと変だと思う?」
ベビーカーに乗った一歳ぐらいの子供が窓の向こうからこっちを見つめる。立花はその子に軽く手を振った。
「急にどうした? まあ、ちょっと変わってるとは思うかな」
「そう」
「でも楽しいよ。退屈しない」
立花は軽く髪を掻き上げた。
「前に一回席隣になったよね?」
立花がそのことを覚えていてくれたのは意外だった。俺が頷くと立花は続けた。
「高橋外ばっかり見てたよね?」




