一人の土曜日
案の定、その日の夜は雨になった。雨は翌日の明け方まで続いて、朝起きた時にはもう止んでいたが湿っぽい嫌な空気が雨戸を開いた瞬間に通勤ラッシュのように流れ込んできた。
休日は暇で仕方がない。バイトもしてないし、遊ぶ約束もしてないし、起きたら昼の12時だった。顔を洗い、インスタントのスパゲッティをレンジで温めて食べた。最近の冷凍食品は凄い。何度食べても飽きないような絶妙なテイストに作られている。人目に出せないような中毒性のある物質でも入っているんじゃないかと思うことがある。
食べ終わったらゲームをする、いつものパターン。なんていうことはなく2時間経った。今度は机の上で形式上の勉強を始める。日本史の場合はノートに暗記する単語をひたすら列記し、それが人の場合は適当な似顔絵を描く。俺なりの勉強に華を出すための努力だが、結局無駄な作業以外のなにものでもない。1時間で限界が来た。
湿った地面が乾き始めた頃、俺はベッドの上で『小学生の科学 宇宙』の分厚い写真集を眺めていた。
ベッドは自室の壁際に置かれ、仰向けになると左手に窓を望むことができる。
写真集の中には月や土星や銀河などの写真が数多く掲載されている。小学生用なので全ての解説などの漢字にルビが符ってある。
この写真集は小学生の頃、無理を言って母さんに買ってもらったものだ。当時は写真しか見ないで、端っこに書いてある難しい説明など読む気にもならなかったが今その文章を読んでみると驚いたことに、恐ろしく内容が薄いものだった。
懐かしさに少しセンチメンタルになるのは好きだ。窓の外はもう夕焼け、俺はベッドで宇宙を感じている。時代遅れの写真集の文字を目で追っていると、昔嗅いだ校庭の土の匂いや好きだった子の髪飾り、絵の上手い奴に頼んで自由帳に描いてもらった好きなアニメキャラクターの絵を思い出す。まだ高校生なのに、少し変だろうか。
空のオレンジが雨上がりの輝きで町のシルエットを照らす。屋根に残った小さい雨の滴の集合。キラキラと光っている様を見るとそこに宝石のような硬さを感じる。
1階のリビングに降りると買い物帰りの母さんがビニール袋の中の生ものをチルド室に移している最中だった。
「おかえり」
「ただいま」
ふうと一息ついてから母さんが言う。
「光輝、最近学校はどうなの?」
「何で?」
「だってこの間、何だか様子が変だったから」
坂井に告白された日の事を言っているのはわかったが、おせっかい者の母さんに話す気分にはならない。
「何でもないよ」
「ほんとに大丈夫?」
「寒かったせいだよ」
テレビをつけると夕方のニュース番組で美味しいらーめんを特集していた。特に興味があるわけでもないのだが俺は黙ってナレーションの声を聞いている。滑舌が良くユーモアのある語り口でついついチャンネルを固定してしまう。この時間帯の緩い番組は割と好きだ。