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理科室の窓から

「立花はもう帰るの?」


 俺は百二十円を手のひらで弄びながら立花に聞いた。


「理科室の鍵閉めないと、一緒に来る?」


 立花はピンクの札と一緒にリングに通された銀色に光る理科室の鍵をポケットから取り出した。


「ああ、行くよ」


 雲行きは怪しく今にも雨が降り出しそうで、俺と立花は足早に校舎の中へ引き返した。下駄箱まで来ると湿気を帯びた外の空気が懐かしくなった。

細い足でのろのろと俺の前を歩く立花の後姿、1年の頃の立花の髪は今より少し長く、肩まであった。今は襟足までしかないが毛先が整えられていて思わず撫でたい衝動に駆られる。


 突然訪れた2人きりの時間、もう少し立花のことを知りたいと思った。理科室の鍵を閉める前に中に入って誰もいないか確認する。そのまま帰るかと思いきや立花はふと理科室の窓を開けた。


「どうした?」


 立花は何も言わずに窓から上半身を乗り出した。薄い茶の入った髪が風になびく。サラサラの髪が羨ましい。生まれつき天然の俺はサラサラストレートに人一倍憧れがある。それは同姓に対してもそうだが、異性に対してもそうであったりする。


 立花の髪は風に揺れても軽く手で整えれば跳ねが一本もなくなる。

きっとシャンプーやリンスも良いものを使っているんだろう。

天然の俺は窓から頭を出すと風で髪が絡まり、ほとんど寝起きのような状態になってしまう。


「高橋もやらない?」

「やるって何だよ。俺はそんなことしたら髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃうんだよ」

「私さ~好きなんだよね、こういう天気。今から雨が降りますよ、みたいな?」


 空はさっきよりも分厚い雲で覆われていた。所々がピンク色に光って見える。


「何で?」

「なんとな~く……よくない? 匂いとか。明るい夕焼けとかよりもさ、曇り空がいいんだ」


 曇りの日の匂い、立花にもわかるんだ。妙に風が強くて、あと数分もすれば雨が降りそうな日はいつも懐かしい匂いがする。

子供の頃は台風が好きだった。物凄い雨で雨合羽も意味が無くなるような日、小学生の俺は友達と全速力で帰り道を走った。

次の日に風邪をひいても、激しく打ち付ける台風の雨風は気持ちよかった。水滴が地面に落ちて跳ねる音以外の全てが遠くなる。そんな思い出が蘇ってくる。


 今となっては台風は好きではないが、あの時のような曇り空は俺の冒険心をくすぐった。雲が空を覆って、見えなくなったその向こうでは普段現れないような天使や悪魔が飛び回っている、誰もそんなこと信じるわけはないのだが、見えないのだから100パーセント否定することなんてできない。


「俺も好きだよ、曇り空。何かが起きそうな気がする」

「でしょ!」


 立花は思いのほか俺の同意を喜んだ。


「地上の匂いも変わってきてさ、日常から抜け出したみたい」

「雲の向こうに何があるかとか、考えるほう?」

「むしろそういうことばっかり考えてるよ、私」


 いつの間にか俺は立花の隣で窓から顔を突き出していた。時々強い風が来て、竜の鳴き声のような音を置いていく。


「立花らしくていいんじゃない?」


 それからしばらく俺たちは窓の外を眺めていた。特に会話も無く、あるのは一面に広がる曇り空だけ。それでも居心地は良かった。

5時のチャイムが鳴ったことに気付いて俺たちは理科室を出て4組の教室へ戻った。立花の鞄を取ってくるためだ。


 鞄を持った立花が廊下で待つ俺のほうへ走ってくる。二人で階段を降りて下駄箱へ向かった。立花は革靴を履く時必ず二回、つま先で地面を叩く。これは初めて立花を見たときから深く印象に残っていた。きっと癖になっているのだろう、俺が動きを止めて見ているのに気付くと立花がキョトンとした顔でこちらを見てきたが、靴の事は何も言わなかった。


「じゃあね」

「おう、また何かあったら手伝うよ」

「うん、お願い」


 立花と校門前で別れた後、俺は無心で自転車のペダルを漕いだ。

雨が降る前に早く帰ろう。


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