三井の場合
翌日も坂井は学校を休んだ。矢野は顧問から風邪だと聞かされているらしい。今日は金曜日なので返事は自動的に来週に持ち越される。さすがに嬉しいとは思わなかった。
俺が坂井の立場だったら好きな人の告白の返事を聞くとしたら多少熱があっても学校に行くだろう。坂井の風邪は結構重いものなのかもしれない。まさかこれが恋の病ってやつなのか?
坂井が来ないというだけで一日やる気が起きなかった。今の俺の最優先事項は坂井に返事をすることだ、それが出来ないとなると底がぬけたバケツのように今が無意味に思えた。高校生の仕事は勉強だろ、なんて言われなくてもわかっている。
今日のポマードは機嫌が良いらしく、いわゆるスケバン的立ち位置の小野寺が「木綿」を「こにしき」と読み違えたのを聞いて爆笑し、「今度から小錦って呼ぶぞ」とその授業中はやたら小野寺に話を振った。
小野寺は勉強はからっきしなのでポマードに振られた問題もこれでもかという程間違え、「お前じゃせいぜい幕下止まりだな」とよくわからないギャグをかまされていた。
授業後、小野寺は取り巻きに「あいつぜってー殺す」と厚化粧にヒビが入りそうなほど眉間に皺を寄せていた。もはや女の子のおの字も視認出来ない口の悪さだ。
金曜日の帰りは週末のせいもあり、活気で溢れている。皆楽しそうに明日の約束やこの後の寄り道の話で盛り上がる。
俺は三井と二人で自転車置き場へ向かっていた。三井はバス通学なので手前までしか一緒に帰れない。
「俺も自転車にすっかな~」
「お前それ一年前にも聞いたよ」
「はは、そっか。じゃあしねぇ」
「しねぇのかよ」
三井はなかなか良い奴だ。なんといってもそのあっさりした人柄に惹かれる。ルックスはまぁ普通ってところで、彼女はいない。二人して彼女が欲しい欲しいと口では何度も繰り返すが実際は別にいなくても良かった。
モテない男二人で「モテて~よ~」と力なく言うのがすっかり板について、そんな生活を心の底では楽しんでいた。
三井に坂井の件は話していない。なんとなく話してない。
隠そうとかそういうことじゃなく、もし聞かれたら話すつもりだった。
三井はあの工藤さんに惚れているので、俺の恋愛よりもそっちで大変なようだった。俺は三井の美女と野獣のような妄想話を聞くのが好きだった。純粋に応援したいと思わせるところに三井の人柄が表れていた。
以前三井が工藤さんに挨拶をして挨拶をし返されたというだけで大はしゃぎしたことがあった。ただそれだけのことなのに俺もはしゃいで「お前それ脈あるぞ!」なんて一緒に盛り上がってから二年近く、三井未だサクラサカズ……。
「じゃあな。バスあるから」
「おう、じゃあな。ちゃんと工藤さんリサーチしとけよ」
「やるやる! 工藤さんの家の前で見張ってさ~ってそれじゃストーカーだろ!」
三井は乗り突っ込みした後、猛ダッシュでバス停まで消えていった。最後までウケを取る奴だ。
「あ、まだいた」
声に振り返るとそこには立花がいた。
突然すぎて驚いたが立花の態度はいやに自然で、思わず「おう」と返してしまう程だった。