並んだ自転車 2
「いや、俺はそういう趣味じゃないから。純粋に音楽を楽しみに行ったわけですよ」
「ほんとですか?」
坂井はふふっと笑って大きい眼鏡の奥のそれほど大きくはない瞳を三日月の形にした。癒される笑顔、坂井は眼鏡を取ったほうが随分可愛くなるのだが部活でその話題になると「コンタクトが恐い」の一点張りで頑なに眼鏡をやめようとはしなかった。
「こうやって帰るの、部活の時以来ですね」
鍵が外れる乾いた音が鳴る。
「そういや坂井は一緒に帰る奴いないの?」
「ほとんどの部員がバス帰りなんで」
「ああ、そうだっけ? じゃあ今日は久々に一緒に帰ろう」
坂井は少し遠くに自転車を置いていたので俺は先に校門で待った。
坂井が身の丈に合わない大きめの自転車をぐいぐい引きながら懸命に向かって来たので思わずこっちも坂井の傍まで近付いた。漕いでくれば良いのに、と坂井の天然な部分が少し可笑しかった。
「じゃ、行きますか」
「は~い」
坂井の速さに合せ、二人並んでゆっくり自転車を走らせた。
坂井は気を使わせないように急いでいるようだったがそれでもやはり遅かった。
いつもなら立ち漕ぎをして通り過ぎてしまうような道だが、こうしてゆっくり走るとまたいつもと感じが違って見えた。途中途中の雑談はどうでもいいような内容だったが坂井が楽しそうにしているので俺も嬉しかった。
「あんまり急がなくてもいいよ?」
「え、急いでませんよ~!」
坂井は顔の前で手を左右に振りながら答えた。もうすぐ坂井の家への曲がり角がある、そこでお別れだ。
道路を行き交う車のライトで道は明るく、自転車のライトを付け忘れていることに気付かなかった。カツっと音を立てて歩道の小石が跳ねる。石は道路へ飛ばされ、今度は車に轢かれた。自転車で通り過ぎる一瞬では石がその後どうなったかまではわからなかった。
曲がり角を少し進んだところで自転車を止める。坂井も止めた。
車の音がここまで来ると静かになる。部活帰りはいつもここで談話して別れたものだ。風が少し強いので俺はブレザーを羽織りなおす。
「う~、寒い」
「ほんとに寒いですね~」
「風邪引くから坂井も早く帰れよ」
「はい……」
そうは言ったが坂井はまだ動こうとしなかった。
俺は鞄に常備しているカイロを取り出して坂井に渡した。
「え?」
「あげるよ」
「だ、大丈夫ですよ! もう家すぐそこですから」
「知ってるよ。でも持ってって。まだ暖かいから」
「先輩は?」
「大丈夫、まだ一杯あるし。じゃ! またな」
俺は自転車をUターンさせ坂井に背を向けた。
「あの」
いつもと調子の違う坂井の声、俺は首だけ後ろを振り向いた。
「先輩は好きな人とかいるんですか?」
一瞬言葉の意味が理解できなかった。
心の中で何度か反芻し、確認する。心臓が高鳴りだした。