ポマード先生 1
『オレンジボレロ』ですが以前にモバゲー、その他小説投稿サイトに投稿させていただいた経緯があります。
今回投稿させていただくにあたり表現、言葉使い、登場人物等大幅に改変させていただきました。以前どこかで読んだよ、という方でも楽しめる内容になっていると思います。
それでは前置きが長くなりました、『オレンジボレロ』本編。
どうぞお楽しみください。
空が高い。雲が流れる。鳥が飛んでいる。
声が聞こえる……誰かが呼んでいる。どこか遠いところで。
俺はどこにいるんだろう。とても気分がいい。
鳥の鳴き声が俺の耳を通って全身に流れる。血が暖かくなる。
目の前が揺れた。カメラがブレルように。
それは一度ではなく二度、繰り返された。
「何寝てんだお前は!」
「はいっ! すいません!」
飛び起きた。
頭を襲った衝撃で、一瞬目の前が真っ白になった。
「そのまま立ってろ」
自分の机の前に立つ。まさか俺がよりにもよって「ポマード」の授業中に寝てしまうなんて思ってもみなかった。きゅっと側頭部を手のひらで押し上げるあの感じ、ナルシストめ。
俺の姿を見て笑う生徒はいなかった。触らぬ神に祟りなし、触らぬポマードに祟りなしだ。
ポマードとは4組の国語担当の教師で、頭をいつもポマードでガチガチに固めていることからそのあだ名が付いた。ポマード以外に「ジェル」と呼んでいる生徒も居る。ポマードの授業中は普段から教師をなめ腐っている不良生徒も私語を一切しない。学校に対しては反発するくせにポマードに対してはしゅっと静かになる様、ああいうずる賢さが将来役に立つこともあるだろう。
ポマードは残りの30分間、本当に俺を座らせなかった。30分間直立していただけで辛いのは運動不足のせいもあるが、ポマードとクラス中の視線を一身に背負うことになった心労によるところが大きい。
「高橋、お前放課後職員室に来い」
授業終わり、ポマードはそんな捨て台詞を吐いて教室から出て行った。凹んだ。普段教師から怒声を浴びせられるような経験がほとんど無い上、相手が悪すぎる。怒られ耐性が無い俺は果たしてこの窮地を乗り越えられるのか。
「高橋、大丈夫かよ?」
三井が話しかけてきた。
「はぁ……泣きたい気分だよ」
本心だった。
「なんでポマードの授業で寝るんだよ」
「寝るつもりじゃなかったし……」
視線を感じる。大して目立つ生徒でもない俺が今日の件で一気に有名人だ、笑えてくる。
窓際の席になったのは間違いだったろうか。普段から空が見えるし冬でも日差しが強くて暖かい。夏は少しきついがカーテンを引けばなんとかなる。何よりこの教室という箱の中で唯一非現実的な気配がある場所、何かから逃げ出せるような気がする。
ホームルーム終了後、生徒達は帰っていく。三井も俺に一言言って帰っていった。部活もやっていないのに校内に残る生徒なんてあまりいないだろう、テストが近いわけでもなし。
俺は一人で廊下に出た。音も立てず夕焼け色に染まる廊下を歩く。
隣をジャージを来た女生徒が走りぬけた。ふわっと長い髪が揺れて、うっすら汗の匂いがした。
窓の外の焼却炉では何かが燃やされて煙が立っていた。煙は空に溶けて透明になったが消えきれない焦げ臭さが窓の僅かな隙間から俺の鼻まで届く。職員室の前まで来た。
早く行って済ませてしまおう、そう自分に言い聞かせるがなかなか足が動かない。ポマードにとっては教室だろうが職員室だろうが校外だろうが関係ない。号泣する女生徒を怒涛のように叱りつけるポマードを見て他の教師が止めに入った、なんて事件があったぐらいだ。
教育……なんだろうか。俺には単なるドS教師にしか見えない。
いや、きっと学校内の全生徒がそう思っているはずだ。誰かが怒られている状況には何度も立ち合ったがポマードが何を言っていたのか思い出そうとしても思い出せない。
俺は窓の外を眺めながら、この後起きるであろう惨事を想像した。
教師の誰からも愛されるように真面目一筋でやってきた俺。
そんな俺が初めて味わう恐怖、そしてその相手があのポマードだとは。