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四語では足りない

失敗は、派手には起きなかった。


 だからこそ、重く残った。


 第十五区、枝分かれの多い通風帯。


 毒濃度は低い。


 だが風が細く、流れが分断されている。


 彼は前に立ち、布を見る。

 揺れは弱い。

 だが、一定だ。


(問題は……“重なり”か)


 通風帯は、音が回る。

 声が反響し、拍が遅れる。

 彼は、短く指示を出す。


「止」


 全員が止まる。

 ここまではいい。


「右」


 斧と弓が、右へ。

 術師が、半拍遅れる。

 彼は、眉をわずかに動かした。


(揃っていない)


 だが、修正の言葉を足さなかった。


 足すと、長くなる。

 それを恐れた。


 奥で、低い音がした。

 風が、壁を叩く音だ。

 小規模な逆流。

 致命的ではない。


「退」


 三語目。


 班は下がる。


 だが、退き方が揃わない。

 右に寄った者と、真後ろに下がった者。

 わずかなズレ。

 そのズレに、酸が入り込んだ。


「……っ」


 術師が咳き込む。


 軽い。


 だが、確実に吸った。

 彼は、一拍遅れて言った。


「数」


 四語目。


 縄が出され、体勢は立て直される。

 致命傷ではない。

 誰も倒れなかった。


 だが――


 完了ではなかった。

 現場を抜けたあと、術師が言った。


「今の……

 右、だったよな?」


 彼は答えられなかった。


「退く方向が、分からなかった」


 弓も、静かに言う。


「揃えようとしたけど、

 拍が……」


 言い訳は、できた。

 通風帯の反響。

 風の重なり。


 だが、それは本質ではない。

 夜、彼は一人で布を広げた。

 今日の指示を、書き出す。


「止」

「右」

「退」

「数」


 四語。


 確かに短い。

 確かに揃いやすい。


 だが―


 足りない。


 何が、足りなかったのか。

 彼は、今日のズレを思い返す。


 方向。

 距離。

 量。

 退く量が、共有されていなかった。


(半歩か、一歩か)


 それが、言葉に含まれていない。


 四語では、

 「どれだけ」が消えている。


 彼は、歯を噛みしめた。

 短くすることに、囚われていた。

 短ければ正しい。

 そう思い始めていた。

 それが、危険だった。


 翌日、報告室で、代行役が言った。


「昨日の件だが」


 彼は、目を上げる。


「大事にはならなかった。だが――」


 一拍。


「揃っていなかったな」


 否定ではない。

 事実確認だ。

 彼は、頷いた。


「……足りませんでした」


 代行役は、少しだけ意外そうな顔をした。


「何が?」


 彼は、答えた。


「語です」


 説明は、しない。


 その夜、彼は布と石を並べながら、

 新しい語を探した。


 方向でもない。

 動作でもない。

 量を示す語。


 半歩。

 一歩。

 刻み。

 だが、どれも長い。


(数……)


 口に出してみる。

「数」


 数。

 拍。

 量。

 それは、すでに使っている。


 だが、位置が違う。


 彼は、順を入れ替えてみた。

「止」

「数」

「右」

「退」

 違う。


 拍が乱れる。

 何度も並べ替える。

 布が、わずかに揺れた。

 彼は、そこで気づく。


 語は増やすものじゃない。

 語順で意味が変わる。


 四語では、足りないのではない。

 四語を、まだ使えていない。


 彼は、深く息を吐いた。


 答えは、近い。


 だが、まだ形になっていない。

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