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無打という誤解

噂は、判断より早く広がった。


「剣を抜かない班長がいる」


「危険域でも、声だけで済ませるらしい」


「――無打、だってさ」


 最後の言葉には、笑いが混じる。


 無打。

 打たない。

 戦わない。


 それは臆病の言い換えとして、便利だった。


 彼は、それを否定しなかった。

 否定する言葉が、長くなるからだ。


 ――合同現場。


 第十四区、換気層の再開通。


 毒は薄いが、構造が複雑で、班が三つ入る。

 他班の班長が、事前打ち合わせで言った。


「救助優先で行く。

 敵影が出たら、前衛が処理する」


 彼は頷いた。

 異論はない。


「そちらは?」


 問われ、短く答える。


「同じ」


 説明は、しない。


 現場に入ると、すぐに違いが出た。

 他班は、剣を抜く。

 構え、間合いを測り、声を飛ばす。


「前へ! 左を警戒しろ!」


「弓、準備!」


 声が多い。

 悪くはない。


 ただ――


 音が、場を押している。

 彼の班は、静かだった。


 布を見る。

 石を見る。


「止」


 一語。


 全員が止まる。

 他班の斧使いが、振り返った。


「何だ? 敵か?」


 彼は首を振る。


「違う」


 二語目は、使わない。


 次の瞬間、天井の隙間から、煤が落ちた。


 酸ではない。

 だが吸い込めば厄介だ。

 他班が慌てて距離を取る。


「危険だ、下がれ!」


 声が重なる。

 人の動きが、ばらける。

 彼は、短く言った。


「退」


 拍が揃い、

 班が半歩、同時に下がる。


 煤は空振りし、

 床に落ちた。

 他班の班長が、眉をひそめる。


「……今の、何だ?」


「合図です」


「説明しろ」


 彼は、首を振った。


「後で」


 不満が、空気に残る。


 だが作業は続く。

 換気層の奥で、小規模な逆流が起きた。

 敵影はない。


 だが、足場が崩れやすい。

 他班が、前に出る。


「押すぞ!」


「前衛、踏み込め!」


 その瞬間。


 彼は、風の違和感を感じた。

 布が、わずかに伏せる。


「止」


 他班の剣が、止まらない。

 一拍遅れて、床が沈む。


 叫び声。

 だが致命傷にはならない。


 幸い、浅かった。

 彼は駆け寄らず、

 声を張らない。


「数」


 三拍目。


 自班が動き、

 縄と楔で足場を固める。

 落ちた者は、引き上げられた。


 無事だ。


 沈黙が落ちる。


 他班の班長が、剣を鞘に戻す。


「……剣を抜かないのは、楽だからか?」


 真っ直ぐな問いだった。

 彼は、答えた。


「違います」


「なら、なぜだ」


 少し、考える。

 言葉を選ぶ。


「抜くと……

 場が、急ぐ」


 それだけ言った。


 理解されたとは、思っていない。

 だが、その日はそれで十分だった。


 帰還後、報告室で誰かが言った。


「無打は、危険だ」


 別の誰かが言う。


「いや、今日の現場は助かった」


 評価は割れた。


 彼は、どちらにも与しなかった。


 夜、装備室で、剣に触れる。


 抜かない。


 だが、拒絶もしない。

 無打は、逃げではない。


 だが、それを説明するには、

 まだ語が足りない。


 彼は、布を畳みながら思った。


(……誤解は、仕方ない)


 言葉を増やせば、拍が乱れる。


 なら――


 結果で示すしかない。


 そのために、

 もっと短くする必要があった。

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