処分と空席
先任班長の処分は、掲示で知らされた。
紙一枚。
理由は簡潔だった。
判断の過早。
手順未了のままの武装行為。
二名の死亡に対する責任。
名は書かれている。
弁解も、補足もない。
それを見たとき、彼は立ち止まらなかった。
読む速度も、変えなかった。
――読めば、戻れなくなる。
そう思った。
空席は、すぐにできた。
会議室の奥、壁に近い椅子。
いつも先任が座っていた場所だ。
誰も、そこに触れない。
代行役が前に立ち、短く言った。
「正式な任命までは、班は流動とする。
だが――」
一拍、間が置かれる。
「現場判断は、彼が出す」
視線が集まる。
彼は、立ち上がらなかった。
呼ばれたわけではない。
名も出ていない。
だが、前に立てと言われたのは事実だった。
最初の現場は、小さかった。
第十一二区。
崩落の可能性がある通風路の確認。
危険は低い。
だからこそ、言葉が多くなる。
「副……」
斧使いが口を開きかけ、止めた。
呼び方が決まっていない。
班長ではない。
副官でも、もうない。
彼は、布を見たまま言った。
「止」
一語。
全員が、足を止める。
誰も文句を言わない。
呼称の不在が、逆に静けさを生んだ。
彼は思う。
(役職は……言葉を増やす)
だから、今は要らない。
現場では、
誰が言ったかより、
何語で言ったかの方が重要だ。
確認は順調に終わった。
問題も起きなかった。
だが戻ったあと、空気が重くなる。
報告室。
空席の椅子は、そのままだ。
代行役が言う。
「……班長の件だが」
誰も反応しない。
「処分は覆らない。復帰もない」
それだけだった。
彼は、胸の奥が静かに沈むのを感じた。
怒りではない。
悲しみでもない。
理解してしまったことへの重さだ。
判断は、正しかった。
剣を抜くのは、あの場では合理的だった。
だが、合理的であることと、
生き残ることは、同じではない。
夜、彼は一人で装備室にいた。
空席の椅子が、そこにもある気がした。
壁に掛けられた剣。
先任のものは、もうない。
代わりに、
自分の剣がある。
抜かれていない。
だが、抜かれなかった理由が、まだ言葉にならない。
彼は、椅子に腰を下ろした。
あの空席と、同じ高さ。
初めて、そこに座った。
重い。
椅子そのものが、ではない。
判断が、重い。
誰かの代わりに立つということは、
誰かの失敗も、
誰かの正しさも、
引き受けるということだ。
彼は、短く息を吐いた。
「……命令は、短く」
誰に向けた言葉でもない。
空席に、言った。
この椅子では、説明は許されない。
残るのは、拍と語数だけだ。
彼は立ち上がり、椅子を元の位置に戻した。
まだ、正式ではない。
だが、空席はもう空ではなかった。




