命令は短く
その現場は、深層ではなかった。
第十二区。
毒濃度は黄止まり。
差圧布も、はっきりと揺れている。
安全と言っていい条件だった。
だからこそ、
彼は前に立たされた。
「副官、指示を出せ」
先任の代行役が言った。
処分が確定するまでの、空白期間だった。
班は四人。
斧、弓、術師、そして彼。
彼は一歩前に出て、布を見る。
揺れは素直だ。
石の色も落ち着いている。
(問題は……ない)
だが、そう思った瞬間、
胸の奥が小さく軋んだ。
問題がない場ほど、言葉は冗長になる。
彼は、それを経験で知り始めていた。
「……進行。
前列は壁沿い、後列は――」
言いかけて、止まった。
言葉が長い。
彼自身の声が、場を押している感覚があった。
斧使いが、一歩踏み出す。
弓が、半拍遅れる。
揃っていない。
「待て」
彼は言い直した。
たった二語。
四人の足が、止まった。
――今のは、偶然か?
自分でも分からない。
だが、空気が静まったのは確かだった。
術師が、小声で言う。
「……今の指示、短かったな」
彼は答えない。
布を見る。
揺れが、乱れていない。
音も、濁っていない。
(長いと、ズレる)
理由はまだ言えない。
だが、確信に近い感覚があった。
通路を進む。
途中、床石が欠けている場所があった。
弓が足を止める。
「回るか?」
問いかけだった。
彼は、反射で答えそうになり――
飲み込んだ。
説明は、いらない。
「右」
一語。
弓は右へ。
斧と術師も、揃って半歩ずれる。
拍が、合った。
誰も速くならない。
誰も遅れない。
そのまま通過できた。
通風路の奥で、小規模な逆流が起きる。
致命的ではない。
だが、足を取られやすい。
「下がって、角を――」
言いかけて、止める。
語が多い。
彼は、短く切った。
「退」
それだけ。
四人が、同時に下がる。
逆流が空振りし、
酸が壁に沿って流れていく。
術師が、息を吐いた。
「……分かりやすいな」
斧使いも、短く頷く。
彼は、自分の喉に残る違和感を感じていた。
短くすると、不安になる。
説明していない。
理由も言っていない。
それでも、場は崩れない。
むしろ――
静かだ。
現場を抜けたあと、代行役が声をかけてきた。
「さっきの指示だが」
彼は身構える。
短すぎる、と言われると思った。
「悪くない。
いや……早いな」
評価ではなかった。
観測だった。
「長い命令は、聞き返しが起きる。
短いと、体が先に動く」
彼は、ゆっくり頷いた。
「……意識しています」
嘘ではない。
だが、理屈でもない。
夜。
彼は一人で、布と石を並べた。
揺れを見る。
色を見る。
そして、今日出した言葉を思い返す。
「待て」
「右」
「退」
三語。
どれも、説明ではない。
合図だ。
(命令は……説明じゃない)
説明は、後でいい。
現場では、拍を揃えることが先だ。
彼は、布を畳みながら呟いた。
「……短くしろ」
自分に言い聞かせるように。
まだ四語には、届いていない。
だが、確かに一歩進んでいた。




